きんだーがーでん

紫水晶羅

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政宗

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「そんなことより……」
 政宗は視線を空に移した。
 ビルの間から小さな夜空が覗いている。所々切り取られた漆黒のキャンバスに、幾つか星が煌めいていた。
「あいつ、大丈夫かな?」
「あいつって?」
 つられて楓も夜空を見上げた。
「聖。明日のテスト大丈夫かなって……」
「政宗……」
 なんだかんだ言いながら、政宗はいつも聖のことを気にかけている。素直じゃないその横顔に、楓はそっと笑みをこぼした。

「大丈夫っしょ? 城之内さんがついてるし」
「だから心配なんだよ」
「確かに」
 二人顔を見合わせ、眉をひそめた。
「でもまあ、さすがの聖も、ピアノ室なんかで変な気起こしたりしないっしょ」
「そう信じてぇけどな」
 眉間に皺を寄せたまま、政宗は皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「きっと真面目に練習して、今頃はお礼にたっぷりサービスしてんじゃない? あのエロい顔して」
「お前なぁ……」
 呆れたように溜息をつくと、政宗は腕組みをして足を止めた。

「そんな気になる? 聖のエロい顔」
「べ、べつに気になんて……」
 楓は顔の前で大袈裟に両手を振った。左手に握られているペットボトルが、シャバシャバと音を立てた。

「そんなに気になるなら、試してみりゃいいじゃん」
「え……?」
「あいつは基本、来るもの拒まずだし。楓なら案外喜んで飛びつくんじゃね? お前結構、男共に人気あるし」
 政宗は、目鼻立ちの整った楓の顔を覗き込んだ。

「こないだも告られてただろ? ちょっと年上っぽい奴に」
「ああ……」
 見てたの? とバツが悪そうな笑みを浮かべ、楓は肩をすくめた。
「あれは四年制だいがくの人で……」
「ふぅん。付き合うの? そいつと」
「まさか。全然知らない人だし」
「別に知らなくてもいんじゃね? これから少しずつ知ってけば」
 俺がとやかく言うことじゃねぇけどな、と政宗は再び前を向いて歩き始めた。
 その後ろ姿を「政宗」思い詰めたような楓の声が呼び止める。
「ん?」
 きょとんとした顔で、政宗が振り返った。

「あの……。あたし……」
「楓?」

 二人の視線が絡み合う。楓が口を開きかけたその時。突然、政宗のスマホが震え出した。
「あ、わりぃ。電話」
 申し訳なさそうに、政宗がパンツのポケットに手を入れる。取り出したスマホの画面を見た瞬間、政宗の顔が強張った。

「母さん……」
「え?」

 楓の顔をチラリと見たあと、政宗は背を向け通話ボタンをタップした。
「はい。ああ、うん」
 政宗の声に緊張が走る。
「今バイト終わったとこだから。うん。帰ったら電話する。……わかったよ。じゃ」
 通話を切ると、はぁぁぁっ、と政宗は大きく息をついた。

「お母さん?」
「ん……」
 顔を強張らせたまま、政宗はポケットにスマホを戻した。
「大丈夫?」
 心配そうに楓が訊く。
「ああ」
 一旦目を閉じ深呼吸したあと、「大丈夫だ」政宗は笑顔で答えた。

「あ、そう言えば話の途中だったな」
「え?」
「さっき、何か言いかけてただろ?」
「ああ……」
 楓は一瞬視線を宙に泳がせたあと、ゆっくり静かに目を伏せた。
「ううん。なんでもない」
 丁寧にマスカラを塗った長いまつ毛が、きめ細かな楓の頬に影を落とした。

「そっか。じゃあまた明日、学校で」
「あ、ああ……。うん」
 気がつくと大通りに出ていた。
 右に折れてすぐの所に駅が見える。政宗のアパートは逆方向だ。

「気を付けて帰れよ」
「ん。政宗もね」
「じゃあな」
「じゃあね」
 二人は軽く手を振って別れた。

 いつものように大股で十歩進んだところで、楓は足を止め振り返る。
 街の灯りに照らされた政宗の後ろ姿が、笑いながら歩く会社員らしき集団の波に呑まれ、やがてすっかり見えなくなった……。

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