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政宗
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「だって暇だったんだもん」
少し吊った大きな瞳を瞬かせ、楓が甘えたように笑った。
「だったらピアノ室、付き合ってやれば良かっただろ?」
「やだよ。あんな狭い部屋に聖と二人っきりでいたら、絶対妊娠するし」
「ひでぇな」
眉間の辺りをポリポリ掻きながら、「同じ男としてリアクションに困るんだけど……」政宗が薄く笑った。
「あはは。政宗は聖とは違うよ」
楓が明るく笑い飛ばす。
「そりゃどうも」
政宗が小さく頭を下げた。
「でも良かったじゃん。城之内さんと交渉成立できて」
「まあな」
「きっと今頃あの二人……」
組んだ両手に顎を乗せ、楓が遠くへ視線を流す。
「想像すんなよ」
苦虫を噛み潰したような顔で、政宗が下を向いた。
「ふふっ。政宗って意外と純情」
「うっせー。意外って何だよ。意外って」
ほんのり染まる頬の赤みを隠すように、政宗は調理台を拭き始めた。
そんな政宗の姿にくすりと笑みをこぼしたあと、楓はじゃがチーズに箸を付けた。
「あんな顔でするのかなぁ?」
「ああ?」
調理台を拭く手を止め、政宗が視線を上げる。
「聖……。あの時もあんな顔してんのかなぁ?」
楓が鉄板の上のチーズを箸で掻いた。焦げたチーズがガリガリと音を立てた。
「あの時って?」
政宗が不思議そうに首を傾げた。
「だからぁ……」
視線を鉄板に貼り付かせたまま「女抱く時」楓が小さく呟いた。
「はぁ?」
政宗が素っ頓狂な声を上げる。
「だって城之内さんを見つめる聖の目、すっごくエロかったと思わない?」
楓が上目遣いに、政宗を見つめた。
「いや……、俺、男だから、そういうの、あんまり……」
「え? 何も感じなかった?」
「感じるも何も……」
先程よりも力を込めて調理台を拭きながら、「男同士だからわかんねぇよ、そんなこと」政宗は吐き捨てるように言った。
「ふぅん」
軽く笑みを浮かべた口にチーズを含むと、楓は丁寧に巻かれたロングヘアを左手でサイドに掻き集めた。
「政宗も、あんな目……するの?」
「え?」
「お楽しみ中のところ悪いんだけど、これ、六卓に頼む」
揚げたての天ぷら盛り合わせを手に、店長が厨房から顔を出した。
「ああ、店長。すんません」
政宗は軽く頭を下げると、店長から皿を受け取った。
店長が意味深な笑みを浮かべ、二人を見比べる。
「じゃ、よろしく」
ポンと政宗の肩を叩くと、再び店長は厨房へと戻って行った。
「悪りぃな」
小さく右手を上げ、政宗がカウンターから出てくる。その背に「政宗!」楓が声を掛けた。
「今日、何時まで?」
「十時」
チラリと振り向き、政宗が答えた。
「了解」
楓は前に向き直ると、ドリンクメニューを手に取った。
「お疲れ」
バイトが終わり裏口から姿を現した政宗に、楓が冷たいお茶を差し出した。
「サンキュー」
ボトルキャップを開けると、政宗はゴクゴクと喉を鳴らしながら美味しそうにお茶を飲み下した。
「うめぇー!」
政宗が大袈裟に天を仰ぐ。その姿に楓は思わず吹き出した。
「ビールじゃなくてごめんね」
「お前、ケンカ売ってんの?」
政宗は下戸だ。酒を飲むとすぐに具合が悪くなる。
「あはは。酒屋の長男なのにお酒飲めないって、ウケる」
政宗の実家は、新潟では名の知れた老舗の酒蔵だ。
「あのなぁ……」
「しかも、お酒飲めないのに居酒屋でバイトって……」
「うっせー。たまたまアパートの近くで時給が良かっただけだよ」
腹を抱えて笑う楓を政宗が横目で睨んだ。
「卒業したら地元に戻るの?」
ようやく笑いを治めると、楓は駅に向かって歩き始めた。
梅雨間近の湿気を含んだ夜風が楓の火照った頬を撫で、ほろ酔いの熱を僅かに冷ます。
「やっぱり、いずれは後継ぐんでしょ?」
真っ直ぐ前を見つめたまま、楓は静かに訊いた。
二人の足音が、狭い路地に鳴り響く。残りのお茶を飲み干したあと、「いや……」政宗の声が喉の奥から転げ落ちた。
「だって、一応、長男なんでしょ?」
「一応ってなんだよ……」
不貞腐れた顔で自分の爪先をぼんやり眺め、「俺なんか、いない方がいいんだよ……」政宗は、消え入りそうな声で呟いた。
「え? 何か言った?」
楓の大きな瞳が目一杯見開かれる。
その瞳をじっと見たあと、「なんでもねぇよ」寂しそうに政宗が笑った。
少し吊った大きな瞳を瞬かせ、楓が甘えたように笑った。
「だったらピアノ室、付き合ってやれば良かっただろ?」
「やだよ。あんな狭い部屋に聖と二人っきりでいたら、絶対妊娠するし」
「ひでぇな」
眉間の辺りをポリポリ掻きながら、「同じ男としてリアクションに困るんだけど……」政宗が薄く笑った。
「あはは。政宗は聖とは違うよ」
楓が明るく笑い飛ばす。
「そりゃどうも」
政宗が小さく頭を下げた。
「でも良かったじゃん。城之内さんと交渉成立できて」
「まあな」
「きっと今頃あの二人……」
組んだ両手に顎を乗せ、楓が遠くへ視線を流す。
「想像すんなよ」
苦虫を噛み潰したような顔で、政宗が下を向いた。
「ふふっ。政宗って意外と純情」
「うっせー。意外って何だよ。意外って」
ほんのり染まる頬の赤みを隠すように、政宗は調理台を拭き始めた。
そんな政宗の姿にくすりと笑みをこぼしたあと、楓はじゃがチーズに箸を付けた。
「あんな顔でするのかなぁ?」
「ああ?」
調理台を拭く手を止め、政宗が視線を上げる。
「聖……。あの時もあんな顔してんのかなぁ?」
楓が鉄板の上のチーズを箸で掻いた。焦げたチーズがガリガリと音を立てた。
「あの時って?」
政宗が不思議そうに首を傾げた。
「だからぁ……」
視線を鉄板に貼り付かせたまま「女抱く時」楓が小さく呟いた。
「はぁ?」
政宗が素っ頓狂な声を上げる。
「だって城之内さんを見つめる聖の目、すっごくエロかったと思わない?」
楓が上目遣いに、政宗を見つめた。
「いや……、俺、男だから、そういうの、あんまり……」
「え? 何も感じなかった?」
「感じるも何も……」
先程よりも力を込めて調理台を拭きながら、「男同士だからわかんねぇよ、そんなこと」政宗は吐き捨てるように言った。
「ふぅん」
軽く笑みを浮かべた口にチーズを含むと、楓は丁寧に巻かれたロングヘアを左手でサイドに掻き集めた。
「政宗も、あんな目……するの?」
「え?」
「お楽しみ中のところ悪いんだけど、これ、六卓に頼む」
揚げたての天ぷら盛り合わせを手に、店長が厨房から顔を出した。
「ああ、店長。すんません」
政宗は軽く頭を下げると、店長から皿を受け取った。
店長が意味深な笑みを浮かべ、二人を見比べる。
「じゃ、よろしく」
ポンと政宗の肩を叩くと、再び店長は厨房へと戻って行った。
「悪りぃな」
小さく右手を上げ、政宗がカウンターから出てくる。その背に「政宗!」楓が声を掛けた。
「今日、何時まで?」
「十時」
チラリと振り向き、政宗が答えた。
「了解」
楓は前に向き直ると、ドリンクメニューを手に取った。
「お疲れ」
バイトが終わり裏口から姿を現した政宗に、楓が冷たいお茶を差し出した。
「サンキュー」
ボトルキャップを開けると、政宗はゴクゴクと喉を鳴らしながら美味しそうにお茶を飲み下した。
「うめぇー!」
政宗が大袈裟に天を仰ぐ。その姿に楓は思わず吹き出した。
「ビールじゃなくてごめんね」
「お前、ケンカ売ってんの?」
政宗は下戸だ。酒を飲むとすぐに具合が悪くなる。
「あはは。酒屋の長男なのにお酒飲めないって、ウケる」
政宗の実家は、新潟では名の知れた老舗の酒蔵だ。
「あのなぁ……」
「しかも、お酒飲めないのに居酒屋でバイトって……」
「うっせー。たまたまアパートの近くで時給が良かっただけだよ」
腹を抱えて笑う楓を政宗が横目で睨んだ。
「卒業したら地元に戻るの?」
ようやく笑いを治めると、楓は駅に向かって歩き始めた。
梅雨間近の湿気を含んだ夜風が楓の火照った頬を撫で、ほろ酔いの熱を僅かに冷ます。
「やっぱり、いずれは後継ぐんでしょ?」
真っ直ぐ前を見つめたまま、楓は静かに訊いた。
二人の足音が、狭い路地に鳴り響く。残りのお茶を飲み干したあと、「いや……」政宗の声が喉の奥から転げ落ちた。
「だって、一応、長男なんでしょ?」
「一応ってなんだよ……」
不貞腐れた顔で自分の爪先をぼんやり眺め、「俺なんか、いない方がいいんだよ……」政宗は、消え入りそうな声で呟いた。
「え? 何か言った?」
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