きんだーがーでん

紫水晶羅

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政宗

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「政宗、ピアノ室付き合ってあげられないの?」
 眉間に皺を寄せ、美乃里が訊いた。
「わりぃ。俺、今からバイトなんだ」
 政宗は居酒屋でバイトしている。
「そっかぁ。私もこれから造形室に……」
 申し訳なさそうに美乃里が言った。
「また篠崎のとこ?」
 いぶかしげに楓が訊いた。
「うん。今度の実習で、紙で遊べる玩具おもちゃ作ろうと思って、その相談にちょっと……」
「ふぅん。相変わらず好きだねぇ。篠崎」
「し、篠崎先生が好きなんじゃなくて、絵画とか造形とかが好きなの!」
 慌てて否定する美乃里に、「何もそんなムキにならなくても……」からかうように楓が笑った。

「じゃあ、楓は?」
 聖からの突然の指名に、「あたしっ?」楓は素っ頓狂な声を上げた。
「うん! 楓、予定ないでしょ?」
 琥珀色の瞳が輝く。
「ないけど……」
「んじゃ、決まり!」
「ええぇぇ……」
 楓が諦めかけた時。

「私が付き合ってあげようか?」
 ふいに甲高い声が割り込んできた。
「城之内さん……」
 楓の言葉に、全員の視線が講義室の入り口に集まった。

 城之内と呼ばれたその女生徒は、ふんわりパーマのかかったショートヘアを掻き上げながら、ヒールの踵を大きく響かせ近づいて来た。

 城之内夏樹は、B組の学生だ。
 クラスは違うが、バッチリメイクに派手な服装の彼女は、保育科内で知らない者はいない。

「さっき通りかかったら話し声が聞こえて……」
 夏樹は聖に身体を寄せると、「一緒に行こ。私も練習したいし」するりと腕を絡ませた。
「マジで? 助かる」
 政宗のデイパックを掴んでいた手を離し、聖は夏樹の方へ身体を向けた。
 ようやく解放された政宗は、安堵の息を一つ漏らし、デイパックを担ぎ直した。

「その代わり……」

 夏樹は少し背伸びをすると、紅く濡れた唇を聖の耳元にそっと寄せた。肩に羽織っていたライダースジャケットがずり落ち、透け感のあるレースのブラウスが露わになった。

「今日、アパート行ってい?」

 上目遣いに夏樹が見つめる。その目を見つめ返し、「もちろん」聖が妖艶な笑みをこぼした。琥珀色の瞳が熱を帯び、妖しく光った。

「……てことで」
 三人に向き直った聖は、いつもの見慣れた人懐っこい甘えん坊の顔に戻っていた。
「じゃあね、みんな」
 にっこり笑うと、聖はメッセンジャーバッグを肩に担ぎ、夏樹と共に講義室を出て行った。


「ええっとぉ……。無事解決ってことで、いいのかな?」
 呆気に取られている政宗と楓に、美乃里がおずおずと確認した。
「あ……ああ。いいんでない?」
 ようやく政宗も我に返る。
「聖のあんな顔、初めて見た」
 楓がゴクリと喉を鳴らした。

「……じゃ、俺、そろそろ行かねぇと」
「あ、私も」
 政宗と美乃里がぎこちなく視線を交わす。
「待って! あたしも!」
 慌ててペンケースをバッグに突っ込むと、楓も二人に続いて講義室を後にした。


***


「それにしても凄かったね」
 レモンサワーで喉を潤すと、楓は大きく息をついた。
「何が?」
 洗い終わったビールジョッキを食洗機から取り出しながら、政宗が忙しなく訊いた。

 あれから楓は一人でウインドーショッピングを楽しんだあと、政宗がバイトしている居酒屋にふらりと立ち寄ったのだ。
 開店直後にはまばらだった客も、七時を過ぎたあたりから徐々に混み合い始めてきた。
 楓の座っているカウンター席も、十席のうち半分は埋まっている。

「ちょっとびっくりしちゃった。あんなに間近で見たの初めてだったから」
「だから何が?」
 冷蔵ショーケースにジョッキを戻す手を休めず、再び政宗が訊いた。
「聖が女を誘う時の顔」
「あれは誘ったんじゃなくて、誘われた方だろ?」
「あ、そっか」
 新規客に料理を出し終えひと段落した政宗は、それほど広くはない店内を軽く見渡し、ふうっと一つ息をついた。

「そもそも、あいつが女を誘うことなんてねぇよ」
「へっ? どういうこと?」
「誘わなくても勝手に寄ってくんだよ。女の方から」
「ああ、なるほど……」
 ジョッキの水滴を指で拭いながら、楓が納得したように首肯した。

「てかお前、何でこんなとこで飲んでんだ?」
 涼しげな目元をスッと細め、政宗が楓を横目で睨んだ。

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