きんだーがーでん

紫水晶羅

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政宗

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「政宗。ピアノ室付き合ってくんない?」
 午後の講義が終わり帰り支度を整えている政宗に、聖が甘えた声で訊いた。

「ピアノ室くらい一人で行けよ」
 デイパックを肩に担ぐと、「じゃあな」と政宗が片手を上げた。
 背中に背負われたばかりのデイパックを聖が掴む。その拍子に身体が仰け反り、「おいっ!」と政宗が聖を睨んだ。

「やだよ。お化け出るし」
 琥珀色の瞳を潤ませ、聖は縋るように政宗を見つめた。
「はあっ? お前、あんな噂信じてんのかよ?」
 口をあんぐり開けながら、政宗は呆れた顔で聖を見つめ返した。

 ピアノ室とは、ピアノの練習室の事で、畳二畳分くらいの小部屋に、アップライトのピアノが一台とスツールが二脚あるだけの簡素な部屋だ。
 部屋には入り口と小さな窓が一つずつ。わかりやすく言うなら、刑務所の独房のような部屋だ。

 そこに、昔自殺した女生徒の霊が出るというのだ。

 なかなか課題曲をクリアできないことを苦にした一人の女生徒が、ピアノ室で首を吊ったという話が、代々まことしやかに語り継がれているのだ。

 ピアノ室は全部で二十室。
 噂によると、自殺した部屋は九号室とも十三号室とも言われ、はっきりしない。

「九か十三に入らなきゃいいだろ?」
「そこしか空いてないかも知んないじゃん。それに、もしかしたら自殺したの違う部屋かも知んないじゃん」
「知るか」
「もう夕方だし。暗くなると怖いじゃん」
「まだ四時過ぎだろ?」
「でも……」
「だったら、午前中の空き時間に練習すれば良かっただろ? どうせ今日なんて二限からだったし」
「そんなん、今更言ったって……」

 二人の進展しない押し問答に痺れを切らし、「明日の授業中に練習すれば?」美乃里が横から助け舟を出した。
「無理。だって明日テストだろ?」
 政宗のデイパックを掴んだまま、聖が美乃里の提案をバッサリ斬り捨てた。
「しかも、明日は女帝が来る」
「女帝かぁ……」
 ご愁傷様とばかりに、三人揃って肩を落とした。

 港北短大のピアノ授業は、一人一台電子ピアノが与えられる。
 マイク付きのヘッドホンを付け、出された課題曲をひたすら練習していると、突然その日の担当教師とマイクが繋がり、そこから個別レッスンが始まるという流れだ。

 女帝こと大崎教授は、三人いるピアノ教師の中で一番の大御所。その厳しい指導に、泣き出す生徒が続出している。
 その女帝が、明日の聖の担当教師なのだ。

「そんな付け焼き刃が通用する相手だと思う?」
「んー……」
 聖の問いかけに、三人は返す言葉もなく黙り込んでしまった。

「よりによって、テストの日に女帝が当たるなんて……」
 聖がわざとらしく泣き顔を作った。
「日頃の行いだろ?」
 ははっと乾いた声で、政宗が笑った。
「お前らはいいよな。ピアノも歌も巧くて」
 聖は恨めしそうに三人の顔を順に見回した。

 保育士は基本、歌いながらピアノを弾く。つまり、弾き語りだ。
 聖を除く三人は、幼い頃からピアノを習っていたので、聖よりは幾分有利だ。
 それでも歌いながら弾くのは意外と難しいもので、さすがの三人も、入学当初は随分苦労したものだ。

「そんなこと言われたって……。ねぇ」
 楓が困った顔で、政宗と美乃里に同意を求める。
「ああ」
「うん」
 相槌を打つ二人も、どうしたものかと頭を悩ませた。
 聖は時々、こんな風に駄々をこねる。
 また始まったか、と少々うんざりしながら、三人はアイコンタクトを取り合った。

「政宗、明日だけ席代わってくんない?」
 個別レッスンは、六列あるうちの二列を一人の教師が受け持ち、一人ずつ順番に指導していく。
 席は予め決められており、出席番号順で横並びになっている。
「アホか。そんなんバレるに決まってんだろ」
 溜息まじりに、政宗が聖を睨んだ。
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