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美乃里
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「そういえば、施設実習もう決めた?」
味噌汁を箸で軽く混ぜながら、楓が聞いた。
ここで言う施設とは、乳児院や児童養護施設のことで、様々な理由から家庭で養育できない子どもたちを一時的もしくは持続的に預かる機関である。
港北短大では、この施設実習の時期を二年生の夏休み中に設けている。
実習期間は二週間。施設によっては泊まり込みを条件としている所もあり、数ある実習の中でもこの施設実習が最も辛い実習と言えよう。
「俺と聖は敬愛学園」
な、と政宗が視線を送ると、「ん」と聖が満面の笑みで答えた。琥珀色の丸い瞳が嬉しそうに弧を描いた。
「え? 二人一緒?」
楓が素っ頓狂な声を上げる。
「何か問題でも?」
小首を傾げて聖が笑った。
「いや、特に問題はないけど……」
「じゃあ何?」
「ちょっといいなって思ったから……」
拗ねたように呟くと、楓は味噌汁をズズっと啜った。
「楓も政宗と泊まりたかった?」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、聖が楓の顔を覗き込む。
「はいっ!?」
汁椀を勢いよくトレーに置くと、「そういう意味じゃないし!」顔を赤らめ、楓が叫んだ。
冗談、冗談、とへらへら笑う聖をひと睨みし、「そうじゃなくて……」口を尖らせ、楓は箸の先で鶏の唐揚げを転がした。
「だって辛いじゃん? 施設実習。だからさ、二人一緒でいいなって思って……」
「そうか?」
かつ丼を箸で掻き込みながら「俺は二週間もコイツのお守りでうんざりだけどな」と政宗が心底嫌そうな声を上げた。
そんな冷たい事言うなよ、と泣き真似をする聖をいつもの如く放置し、「ねえ、あたしたちも一緒に実習受けようよ」楓が美乃里に詰め寄った。
「そうだね。私も楓が一緒だと心強いかな。実習中は何かと凹むことも多いしね」
カレーライスをスプーンでかき集めながら、美乃里がにっこり微笑んだ。
「え? 美乃里でも凹むことなんてあんの?」
不思議そうに楓が訊く。
美乃里はいつも沈着冷静で、グループのお姉さん的存在だ。頭脳明晰に加え温和な性格。誰とでも分け隔てなく接することができる。男子学生の中にも相当数の隠れファンがいるという噂だ。
少し垂れた奥二重、色白でふっくらとした丸顔は、無条件で相手に安心感を与える。その為、幼稚園・保育園実習では子どもとすぐに打ち解け、最終日には別れたくなくて泣き出す子も多い。
そんな美乃里が落ち込む姿など、楓には到底想像できなかった。
「そりゃあるわよ。当たり前じゃない」
相変わらず穏やかな笑顔を浮かべながら、美乃里がカレーを頬張った。
「そっか。なんか安心した」
「何が?」
「美乃里も普通の人間なんだなぁって思って」
「ええ? それちょっと、ひどくない?」
美乃里が頬を膨らます。「ごめんごめん」と楓が両手をすり合わせた。
味噌汁を箸で軽く混ぜながら、楓が聞いた。
ここで言う施設とは、乳児院や児童養護施設のことで、様々な理由から家庭で養育できない子どもたちを一時的もしくは持続的に預かる機関である。
港北短大では、この施設実習の時期を二年生の夏休み中に設けている。
実習期間は二週間。施設によっては泊まり込みを条件としている所もあり、数ある実習の中でもこの施設実習が最も辛い実習と言えよう。
「俺と聖は敬愛学園」
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「え? 二人一緒?」
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「何か問題でも?」
小首を傾げて聖が笑った。
「いや、特に問題はないけど……」
「じゃあ何?」
「ちょっといいなって思ったから……」
拗ねたように呟くと、楓は味噌汁をズズっと啜った。
「楓も政宗と泊まりたかった?」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、聖が楓の顔を覗き込む。
「はいっ!?」
汁椀を勢いよくトレーに置くと、「そういう意味じゃないし!」顔を赤らめ、楓が叫んだ。
冗談、冗談、とへらへら笑う聖をひと睨みし、「そうじゃなくて……」口を尖らせ、楓は箸の先で鶏の唐揚げを転がした。
「だって辛いじゃん? 施設実習。だからさ、二人一緒でいいなって思って……」
「そうか?」
かつ丼を箸で掻き込みながら「俺は二週間もコイツのお守りでうんざりだけどな」と政宗が心底嫌そうな声を上げた。
そんな冷たい事言うなよ、と泣き真似をする聖をいつもの如く放置し、「ねえ、あたしたちも一緒に実習受けようよ」楓が美乃里に詰め寄った。
「そうだね。私も楓が一緒だと心強いかな。実習中は何かと凹むことも多いしね」
カレーライスをスプーンでかき集めながら、美乃里がにっこり微笑んだ。
「え? 美乃里でも凹むことなんてあんの?」
不思議そうに楓が訊く。
美乃里はいつも沈着冷静で、グループのお姉さん的存在だ。頭脳明晰に加え温和な性格。誰とでも分け隔てなく接することができる。男子学生の中にも相当数の隠れファンがいるという噂だ。
少し垂れた奥二重、色白でふっくらとした丸顔は、無条件で相手に安心感を与える。その為、幼稚園・保育園実習では子どもとすぐに打ち解け、最終日には別れたくなくて泣き出す子も多い。
そんな美乃里が落ち込む姿など、楓には到底想像できなかった。
「そりゃあるわよ。当たり前じゃない」
相変わらず穏やかな笑顔を浮かべながら、美乃里がカレーを頬張った。
「そっか。なんか安心した」
「何が?」
「美乃里も普通の人間なんだなぁって思って」
「ええ? それちょっと、ひどくない?」
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