きんだーがーでん

紫水晶羅

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美乃里

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「今日の定食、なに?」

 不意に背後から聞き覚えのある声がして、かえでは思わずボタンを押す手を引っ込めた。
ひじり。今来たの?」
「ん。おはよう」
 色素の薄いふわふわの猫っ毛をくしゃりと掻き上げ、聖は眠そうに欠伸をした。
「おはようじゃないわよ。おはようじゃ。世間はもう、とっくにお昼よ」
「ん。知ってる。そんな事より今日の定食は? 何?」
「ああ……、今日は……」
 聖の後ろであからさまに迷惑そうな表情を浮かべて並んでいる女生徒に「すいません」と頭を下げると、「唐揚げ定食」ぶっきらぼうに答えながら、楓は素早く食券ボタンを押した。
「じゃ、俺もそれにしよ」
 楓が『定食』と書かれたチケットを取り出すのを見届け、聖は券売機に千円札を挿入した。

「今日も朝帰り?」
 カウンターに置かれた皿を次々と受け取りながら、楓が訊いた。
「ん……」
 指の腹で目蓋を押さえながら、聖が曖昧に答える。その横顔をチラリと見やり、楓は大きく溜息をついた。
「いつか刺されるよ」
 トレーに箸を置くと、楓は席へと歩き出した。

「もし俺が刺されたらさ」
 足早にテーブルの間を歩く楓を追いかけ、聖はその背に声を掛ける。
「楓、助けに来てくれる?」
「行かない」
「なんで?」
「自業自得」
「俺ら、友だちじゃん?」
「そんなの、沢山いるセフレさんたちの誰かに来てもらえばいいじゃん」
「無理」
「なんで?」
「だって、誰も俺のことなんか……」
 珍しく弱気な発言をする聖の顔を覗き込もうとした時。
「楓!」
 名前を呼ばれ、楓は再び前方へと視線を移した。

「こっちこっち!」
 窓際のテーブルで、美乃里みのりがにこやかに手を上げている。隣には、腕を組んで呆れた笑みを浮かべる政宗まさむねの姿もある。
 楓は笑顔で頷くと、そのテーブルへと向かった。


 港北こうほく大学附属短期大学部保育科。

 水嶋みずしまひじり緑川みどりかわ政宗まさむね村瀬むらせかえで守田もりた美乃里みのりの四名は、ここの二年生だ。
 入学式当日、出席番号が続き順だった四人は、その場で意気投合し、それ以来何かと行動を共にしている。

「お待たせ」
 楓がテーブルにトレーを置き腰掛けると、続いて聖もそれにならった。
「聖。お前、今来たのか?」
 怪訝そうに、政宗が訊いた。
「ん。おはよう政宗」
「おはようじゃねぇし」
「まあいいじゃん。聖が重役出勤なのは、今に始まったことじゃないし」
 笑顔で美乃里がなしなめる。
「そうだけどさ。お前、大丈夫なのかよ? 単位」
「そこはさ、俺には力強い味方がいるから……。ね?」
 聖が美乃里に目配せをする。
「お前……まさか……」
 聖と美乃里を交互に見たあと、「美乃里ぃ……」大きくため息をつきながら、政宗は頭を抱えた。
「いいよ別に。だってあの教授、受講生の方一切見ないし」
 ね、と小首を傾げ、美乃里が聖に微笑んだ。

 午前中にある一コマ、乳幼児心理学の担当教授は、対人恐怖症の為、他人の顔を見ることができない。しかも出欠確認は、一人ずつ紙に名前を書いて提出するタイプなので、代筆も容易にできる。
 よってこの教授の講義は空席が目立っているが、教授本人は全く気にする素振りはない。
 この教授がなぜ故に人前に立つ職業を選んだのかは、港北大学始まって以来の謎である。

「だいたい、美乃里が甘やかすから……」
 細い目を更に細め、政宗が美乃里を呆れた顔で睨んだ。
「はいはい。すいません。それより早く食べようよ。お腹減った」
 いただきます、と手を合わせると、美乃里はカレーライスを口に運んだ。
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