2 / 100
美乃里
1
しおりを挟む
「今日の定食、なに?」
不意に背後から聞き覚えのある声がして、楓は思わずボタンを押す手を引っ込めた。
「聖。今来たの?」
「ん。おはよう」
色素の薄いふわふわの猫っ毛をくしゃりと掻き上げ、聖は眠そうに欠伸をした。
「おはようじゃないわよ。おはようじゃ。世間はもう、とっくにお昼よ」
「ん。知ってる。そんな事より今日の定食は? 何?」
「ああ……、今日は……」
聖の後ろであからさまに迷惑そうな表情を浮かべて並んでいる女生徒に「すいません」と頭を下げると、「唐揚げ定食」ぶっきらぼうに答えながら、楓は素早く食券ボタンを押した。
「じゃ、俺もそれにしよ」
楓が『定食』と書かれたチケットを取り出すのを見届け、聖は券売機に千円札を挿入した。
「今日も朝帰り?」
カウンターに置かれた皿を次々と受け取りながら、楓が訊いた。
「ん……」
指の腹で目蓋を押さえながら、聖が曖昧に答える。その横顔をチラリと見やり、楓は大きく溜息をついた。
「いつか刺されるよ」
トレーに箸を置くと、楓は席へと歩き出した。
「もし俺が刺されたらさ」
足早にテーブルの間を歩く楓を追いかけ、聖はその背に声を掛ける。
「楓、助けに来てくれる?」
「行かない」
「なんで?」
「自業自得」
「俺ら、友だちじゃん?」
「そんなの、沢山いるセフレさんたちの誰かに来てもらえばいいじゃん」
「無理」
「なんで?」
「だって、誰も俺のことなんか……」
珍しく弱気な発言をする聖の顔を覗き込もうとした時。
「楓!」
名前を呼ばれ、楓は再び前方へと視線を移した。
「こっちこっち!」
窓際のテーブルで、美乃里がにこやかに手を上げている。隣には、腕を組んで呆れた笑みを浮かべる政宗の姿もある。
楓は笑顔で頷くと、そのテーブルへと向かった。
港北大学附属短期大学部保育科。
水嶋聖、緑川政宗、村瀬楓、守田美乃里の四名は、ここの二年生だ。
入学式当日、出席番号が続き順だった四人は、その場で意気投合し、それ以来何かと行動を共にしている。
「お待たせ」
楓がテーブルにトレーを置き腰掛けると、続いて聖もそれに倣った。
「聖。お前、今来たのか?」
怪訝そうに、政宗が訊いた。
「ん。おはよう政宗」
「おはようじゃねぇし」
「まあいいじゃん。聖が重役出勤なのは、今に始まったことじゃないし」
笑顔で美乃里が嗜める。
「そうだけどさ。お前、大丈夫なのかよ? 単位」
「そこはさ、俺には力強い味方がいるから……。ね?」
聖が美乃里に目配せをする。
「お前……まさか……」
聖と美乃里を交互に見たあと、「美乃里ぃ……」大きくため息をつきながら、政宗は頭を抱えた。
「いいよ別に。だってあの教授、受講生の方一切見ないし」
ね、と小首を傾げ、美乃里が聖に微笑んだ。
午前中にある一コマ、乳幼児心理学の担当教授は、対人恐怖症の為、他人の顔を見ることができない。しかも出欠確認は、一人ずつ紙に名前を書いて提出するタイプなので、代筆も容易にできる。
よってこの教授の講義は空席が目立っているが、教授本人は全く気にする素振りはない。
この教授がなぜ故に人前に立つ職業を選んだのかは、港北大学始まって以来の謎である。
「だいたい、美乃里が甘やかすから……」
細い目を更に細め、政宗が美乃里を呆れた顔で睨んだ。
「はいはい。すいません。それより早く食べようよ。お腹減った」
いただきます、と手を合わせると、美乃里はカレーライスを口に運んだ。
不意に背後から聞き覚えのある声がして、楓は思わずボタンを押す手を引っ込めた。
「聖。今来たの?」
「ん。おはよう」
色素の薄いふわふわの猫っ毛をくしゃりと掻き上げ、聖は眠そうに欠伸をした。
「おはようじゃないわよ。おはようじゃ。世間はもう、とっくにお昼よ」
「ん。知ってる。そんな事より今日の定食は? 何?」
「ああ……、今日は……」
聖の後ろであからさまに迷惑そうな表情を浮かべて並んでいる女生徒に「すいません」と頭を下げると、「唐揚げ定食」ぶっきらぼうに答えながら、楓は素早く食券ボタンを押した。
「じゃ、俺もそれにしよ」
楓が『定食』と書かれたチケットを取り出すのを見届け、聖は券売機に千円札を挿入した。
「今日も朝帰り?」
カウンターに置かれた皿を次々と受け取りながら、楓が訊いた。
「ん……」
指の腹で目蓋を押さえながら、聖が曖昧に答える。その横顔をチラリと見やり、楓は大きく溜息をついた。
「いつか刺されるよ」
トレーに箸を置くと、楓は席へと歩き出した。
「もし俺が刺されたらさ」
足早にテーブルの間を歩く楓を追いかけ、聖はその背に声を掛ける。
「楓、助けに来てくれる?」
「行かない」
「なんで?」
「自業自得」
「俺ら、友だちじゃん?」
「そんなの、沢山いるセフレさんたちの誰かに来てもらえばいいじゃん」
「無理」
「なんで?」
「だって、誰も俺のことなんか……」
珍しく弱気な発言をする聖の顔を覗き込もうとした時。
「楓!」
名前を呼ばれ、楓は再び前方へと視線を移した。
「こっちこっち!」
窓際のテーブルで、美乃里がにこやかに手を上げている。隣には、腕を組んで呆れた笑みを浮かべる政宗の姿もある。
楓は笑顔で頷くと、そのテーブルへと向かった。
港北大学附属短期大学部保育科。
水嶋聖、緑川政宗、村瀬楓、守田美乃里の四名は、ここの二年生だ。
入学式当日、出席番号が続き順だった四人は、その場で意気投合し、それ以来何かと行動を共にしている。
「お待たせ」
楓がテーブルにトレーを置き腰掛けると、続いて聖もそれに倣った。
「聖。お前、今来たのか?」
怪訝そうに、政宗が訊いた。
「ん。おはよう政宗」
「おはようじゃねぇし」
「まあいいじゃん。聖が重役出勤なのは、今に始まったことじゃないし」
笑顔で美乃里が嗜める。
「そうだけどさ。お前、大丈夫なのかよ? 単位」
「そこはさ、俺には力強い味方がいるから……。ね?」
聖が美乃里に目配せをする。
「お前……まさか……」
聖と美乃里を交互に見たあと、「美乃里ぃ……」大きくため息をつきながら、政宗は頭を抱えた。
「いいよ別に。だってあの教授、受講生の方一切見ないし」
ね、と小首を傾げ、美乃里が聖に微笑んだ。
午前中にある一コマ、乳幼児心理学の担当教授は、対人恐怖症の為、他人の顔を見ることができない。しかも出欠確認は、一人ずつ紙に名前を書いて提出するタイプなので、代筆も容易にできる。
よってこの教授の講義は空席が目立っているが、教授本人は全く気にする素振りはない。
この教授がなぜ故に人前に立つ職業を選んだのかは、港北大学始まって以来の謎である。
「だいたい、美乃里が甘やかすから……」
細い目を更に細め、政宗が美乃里を呆れた顔で睨んだ。
「はいはい。すいません。それより早く食べようよ。お腹減った」
いただきます、と手を合わせると、美乃里はカレーライスを口に運んだ。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

私と継母の極めて平凡な日常
当麻月菜
ライト文芸
ある日突然、父が再婚した。そして再婚後、たった三ヶ月で失踪した。
残されたのは私、橋坂由依(高校二年生)と、継母の琴子さん(32歳のキャリアウーマン)の二人。
「ああ、この人も出て行くんだろうな。私にどれだけ自分が不幸かをぶちまけて」
そう思って覚悟もしたけれど、彼女は出て行かなかった。
そうして始まった継母と私の二人だけの日々は、とても淡々としていながら酷く穏やかで、極めて平凡なものでした。
※他のサイトにも重複投稿しています。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる