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受け継ぐもの
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「お前、うち継ぐんなら、資格取らんばなんねぇぞ」
仕事終わりに、修作が徹平を呼び止めた。
「資格?」
「ああ。事務所に恭介が使ってた本があるっけ、今のうちから勉強しとけ」
花火を製造するためには『火薬類製造保安責任者』の資格が、打ち上げを行う場合は『煙火消費保安手帳』が必要だ。
煙火消費保安手帳は、各都道府県支部で開催される講習会を受講すれば取得できるが、火薬類製造保安責任者は国家資格となり、その合格率は五十から六十パーセントほどとなっている。
他にも、『火薬類取扱保安責任者』などの資格もある。
それらはどれも、花火の製造、打ち上げ、火薬の保管などをするのに必要なものだ。
「まずは、煙火消費保安手帳からだな。秋に講習会があるっけ、あとで日程とか調べとけよ」
「わかった」
事務所へ行きかけ、「そういえば」徹平はふと足を止めた。
「水上花火の件、どうなった?」
工場を継ぐ決意をした日、徹平は修作に、恭介のノートを見せていた。
いつか一人前の花火師になり、自らの手でこの『昇龍』を上げたいのだと。
「それなんだが」
手のひらで顎を擦ると、修作は厳しい顔で眉をひそめた。
「毎年祭りで使ってるあの川は、水上花火ができるほどの幅がねぇ」
「え?」
「なんとかならんかと県に掛け合ってはみたけど、許可が下りんかった」
花火を打ち上げるには、各都道府県が制定した保安距離がある。
花火玉の大きさにもよるが、ある程度見栄えのする尺玉となると、半径二百五十メートルは必要だ。
県の規定によると、水上花火の場合は少し範囲が狭まるが、安全を確保するための自主保安距離を設けなければならず、そうなると、土手での観覧は困難となる。
「ほんのちっと足りねぇだけなんだけどなぁ。まあ、決まりらっけん、しょうがねぇや」
残念そうに、修作はがしがしと頭を掻いた。
「じゃあ他の場所は? 海とか」
「海ならやってるとこもあるし、問題ねぇだろうが、どこももう決まったとこが入ってるっけんな」
花火の顧客は争奪戦だ。昔からの祭りはもう、毎年業者が決まっていて、他のものは入れない。
あとは新規のイベントがあるが、その際は大抵、地元あるいは、近くの業者を使うことが多い。
野々瀬も飛び入りで依頼を受けることはあるが、近くに水上花火ができるような場所はない。
「マジか……」
徹平は、落胆の息を漏らした。
「それ、普通に陸で上げたら駄目なんか?」
「まあ、最悪それでもいいけど、せっかくなら、兄ちゃんが描いた設計通り、水上でやりてぇなって」
力なく、徹平が言う。そうらな、と修作も肩を落とした。
「どうしてもっつうなら、祭りとかじゃねぇで、個人的に申請してやるしかねぇだろうな」
「だよな」
個人的に上げるということはつまり、スポンサーが付かないということだ。
そうなると、費用は全て自分持ちとなってしまう。残念ながら、今の野々瀬には、そのような経済的余裕はない。
しばし逡巡したあと、「ちょっと考えてみるよ」と徹平は踵を返した。
「それとな、徹平」
再び修作が声を掛ける。
「まだあんのかよ」
軽くつんのめりそうになりながら、徹平は修作に向き直った。
「来週から、宮原が復帰するぞ」
「宮原さんが?」
徹平は瞳を輝かせた。
仕事終わりに、修作が徹平を呼び止めた。
「資格?」
「ああ。事務所に恭介が使ってた本があるっけ、今のうちから勉強しとけ」
花火を製造するためには『火薬類製造保安責任者』の資格が、打ち上げを行う場合は『煙火消費保安手帳』が必要だ。
煙火消費保安手帳は、各都道府県支部で開催される講習会を受講すれば取得できるが、火薬類製造保安責任者は国家資格となり、その合格率は五十から六十パーセントほどとなっている。
他にも、『火薬類取扱保安責任者』などの資格もある。
それらはどれも、花火の製造、打ち上げ、火薬の保管などをするのに必要なものだ。
「まずは、煙火消費保安手帳からだな。秋に講習会があるっけ、あとで日程とか調べとけよ」
「わかった」
事務所へ行きかけ、「そういえば」徹平はふと足を止めた。
「水上花火の件、どうなった?」
工場を継ぐ決意をした日、徹平は修作に、恭介のノートを見せていた。
いつか一人前の花火師になり、自らの手でこの『昇龍』を上げたいのだと。
「それなんだが」
手のひらで顎を擦ると、修作は厳しい顔で眉をひそめた。
「毎年祭りで使ってるあの川は、水上花火ができるほどの幅がねぇ」
「え?」
「なんとかならんかと県に掛け合ってはみたけど、許可が下りんかった」
花火を打ち上げるには、各都道府県が制定した保安距離がある。
花火玉の大きさにもよるが、ある程度見栄えのする尺玉となると、半径二百五十メートルは必要だ。
県の規定によると、水上花火の場合は少し範囲が狭まるが、安全を確保するための自主保安距離を設けなければならず、そうなると、土手での観覧は困難となる。
「ほんのちっと足りねぇだけなんだけどなぁ。まあ、決まりらっけん、しょうがねぇや」
残念そうに、修作はがしがしと頭を掻いた。
「じゃあ他の場所は? 海とか」
「海ならやってるとこもあるし、問題ねぇだろうが、どこももう決まったとこが入ってるっけんな」
花火の顧客は争奪戦だ。昔からの祭りはもう、毎年業者が決まっていて、他のものは入れない。
あとは新規のイベントがあるが、その際は大抵、地元あるいは、近くの業者を使うことが多い。
野々瀬も飛び入りで依頼を受けることはあるが、近くに水上花火ができるような場所はない。
「マジか……」
徹平は、落胆の息を漏らした。
「それ、普通に陸で上げたら駄目なんか?」
「まあ、最悪それでもいいけど、せっかくなら、兄ちゃんが描いた設計通り、水上でやりてぇなって」
力なく、徹平が言う。そうらな、と修作も肩を落とした。
「どうしてもっつうなら、祭りとかじゃねぇで、個人的に申請してやるしかねぇだろうな」
「だよな」
個人的に上げるということはつまり、スポンサーが付かないということだ。
そうなると、費用は全て自分持ちとなってしまう。残念ながら、今の野々瀬には、そのような経済的余裕はない。
しばし逡巡したあと、「ちょっと考えてみるよ」と徹平は踵を返した。
「それとな、徹平」
再び修作が声を掛ける。
「まだあんのかよ」
軽くつんのめりそうになりながら、徹平は修作に向き直った。
「来週から、宮原が復帰するぞ」
「宮原さんが?」
徹平は瞳を輝かせた。
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