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雪蛍
雪蛍
しおりを挟む「優吾が偶然見つけて」
コートのポケットからスマホを取り出すと、綾音は、越乃自動車整備工場のSNSページを表示させて蛍太に見せた。
一瞬、はっと瞳を見開いたあと、「そうですか……」蛍太はきまり悪そうな顔で小さく呟いた。
「まさか、綾音さんが見るとは思わなくて」
すみません、と蛍太は深く頭を下げた。
「なんで謝るんですか?」
「だって綾音さん、俺のことなんかさっさと忘れたいでしょ? 大切な人の命を奪った、俺なんかのこと」
強く握った蛍太の両手が、小刻みに震えた。
「前に綾音さん、雪虫のこと、『害虫だって一生懸命生きてる』って言ったじゃないですか。だけど」
視線を上げると、蛍太は綾音をまっすぐ見据えた。
「所詮、害虫は害虫なんです。周りをみんな不幸にする。どんなに頑張ったって、夏の蛍にはなれないんです」
そんなものはいない方がいい、と吐き捨てるように言うと、蛍太はきつく唇を噛んだ。
「優吾がね」
穏やかに目元を緩め、綾音がゆっくり言葉を紡ぐ。
「言ってくれたんです。私と蛍太さんが出会ったのは、『始めるため』だって」
「始める……ため?」
怪訝そうに、蛍太が訊いた。
「はい。私たちは、十三年もの間ずっと、あの日に縛られて生きてきました。でも、二人が出会ったことによって、ようやく時間が動き出したんです」
「時間……が?」
「きっと、皇が引き合わせてくれたんです。あなたを、赦すために」
蛍太が大きく息を呑んだ。
「そんなこと……」
「わかりますよ。だって彼は、そういう人だから」
綾音の脳裏に、在りし日の皇がよみがえる。
優吾の気持ちを知ってからも、二人の友情は変わらなかった。
綾音にも、決して余計な事は言わなかった。
だからこそ、三人はずっと、仲良しのままいられたのだ。
皇は、誰よりも仲間想いで、誠実だった。
そんな彼に、綾音は惹かれた。
「もうこれ以上、苦しまなくていいんです。もう、十分ですから」
「綾音さん……」
蛍太の瞳が大きく揺れる。
何度も首を振り後ずさる蛍太の両手を、綾音は優しく包み込んだ。
「冬の蛍だろうが、夏の蛍だろうが、そんなのどっちだっていいんです。蛍太さんは、蛍太さんです」
蛍太を包む綾音の両手に力がこもる。
「蛍太さん、言いましたよね。償うためならどんなことでもするって」
「はい」
震える声で、蛍太は答えた。
「だったら」
大きく息を吸うと、綾音は蛍太をまっすぐ見つめた。
「私を幸せにしてください。一生かけて」
「……っ!」
蛍太の両手をぐっと強く引き寄せる。僅かによろめくその身体を、綾音はしっかりと抱きとめた。
「愛してます。蛍太さん」
少し痩せて骨ばった胸に、顔を埋める。
空を見上げ、すん、とひとつ鼻をならしたあと、蛍太は綾音を力いっぱい抱きしめた。
「俺もっ……。愛してます。今までも。これからも。ずっと、綾音さんだけを……っ」
綾音の髪を、愛おしそうに蛍太がまぜる。
涙で濡れた蛍太の頬に、ひやりと冷たいものが落ちた。
「雪」
「え?」
二人そろって空を見上げる。
どこまでも澄み渡る青の中を、銀色に輝く泡雪が舞った。
「蛍……」
ぽつり、綾音が呟く。その頬を、蛍太の右手がそっと包んだ。
ふわりと笑うと、綾音はそっと、目を閉じた。
やわらかな春の風が、この冬最後の雪を乗せて舞い踊る。
優しく煌めく光の中、二人は永遠を誓い続けた……。
(了)
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