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二人が出会った意味
俺の側にいろよ
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「答えは出たのか?」
路肩に残る雪を見つめ、優吾が静かに訊いた。
ふうっと息を吐き出し、綾音は重々しく言葉を紡いだ。
「私たちはきっと、終わらせるために出会ったんだと思う」
「終わらせるため?」
「そう。十三年間縛られ続けてきた、罪の意識を断ち切るため」
優吾はしばし瞑目したあと、「そっか」と小さく呟いた。
遠くで鳴くけたたましい白鳥の聲が、風に乗って流れてきた。
「で? 断ち切れたのか?」
「断ち切れたかどうかはわからないけど、少なくとも、心は軽くなった。もちろん後悔が消えたわけじゃないけど、あの日の真相がわかって、少しスッキリした。きっと蛍太さんも、長い間抱えていたものを全て吐き出して、何かが変わったんじゃないかな? わかんないけど」
そうだったらいいなぁ、と綾音は口元を緩ませた。
頭上を白鳥の群れが通り過ぎる。
膝に手を当て、優吾がゆっくり立ち上がった。
「覚えてるか? 高一の春休み。皇とボードに行ったこと」
「へっ?」
突然話の矛先が変わり、綾音は瞳をしばたたかせた。
高校一年の春休み。
喫茶わたゆきの定休日を使い、綾音たち家族は皇を誘ってスキーに出かけた。
「俺と皇、途中から別行動だったろ?」
「うん」
高梨夫妻と綾音はスキー、優吾と皇はボードだったため、途中から分かれてお互い別のルートを楽しんだのだ。
「あん時、言われたんだ。お前のことが好きだって」
「えっ?」
綾音は当時の記憶を遡る。
そういえば、帰りの車内、二人の口数が少なかったような気がする。
ただ単に疲れているだけかと、特に気にも留めなかったが、まさか二人の間でそんな会話が交わされていたなんて。
優吾の話が続く。綾音はその背中を穴の開くほどじっと見つめた。
「それで俺たち、賭けをしたんだ」
「賭け?」
優吾がゆっくり振り向く。その目が綾音を真っ直ぐ捉えた。
「二年で同じクラスになった方が、お前に告白するって」
「え……?」
「あいつ、気づいてたんだ。俺の気持ちに」
「ちょっと待っ……」
「結局三人同じクラスになって、俺は潔く身を引いた。だってそうだろ? 俺なんかに告られたってお前、嬉しくもなんともねぇだろ?」
自嘲気味に優吾が笑う。綾音は二の句が告げず、瞳を大きく見開いたまま立ちすくんでいた。
「それに俺、お前の気持ち知ってたし」
「私の……気持ち?」
「お前ずっと、皇のこと好きだったろ? だから俺、例えお前らが別々のクラスになったとしても、絶対くっつけようと思ってたんだ。だけど……」
悔しそうに、優吾は顔を歪ませた。
「あいつが死んで、抜け殻みたいになったお前を見た時、俺は心底後悔したんだ。こんなことになるなら、あの時とことん邪魔してやれば良かったって」
ふうっと息をつくと、優吾は愛しむように綾音を見つめた。
「だから俺は誓ったんだ。お前がちゃんと立ち直るまで、ずっと側で見守っていようって」
優吾が一歩近づく。綾音は身体を強張らせた。
「もしもこの先、また誰かを選ぶことがあったとしたら、そん時は、俺も候補に入れてくんねぇか?」
「ゆ……」
「俺もう、お前の傷つく姿は見たくねぇんだ。俺なら一生お前を守ってやれる。今までだってそうだった」
違うか? と優吾が問う。
違わない、と綾音は小さく首を振った。
「だったら、これからもずっと、俺の側にいろよ」
優吾がそっと手を伸ばし、セミロングの髪をさらりと指でといた。
ぴくりと綾音の肩が跳ねる。その肩を引き寄せると、優吾は綾音を胸に抱いた。
「好きだ。綾音。ガキの頃からずっと……」
「優吾……」
優吾の胸に、綾音は顔を押し付けた。まだ何も知らない子どもだった頃の、懐かしい、においがした。
「もういいだろ? いい加減、解放しろよ。なぁ、皇……」
優吾はゆっくり空を見上げた。
青い空の中、真っ白な綿雲が、気持ちよさそうに流れていた。
路肩に残る雪を見つめ、優吾が静かに訊いた。
ふうっと息を吐き出し、綾音は重々しく言葉を紡いだ。
「私たちはきっと、終わらせるために出会ったんだと思う」
「終わらせるため?」
「そう。十三年間縛られ続けてきた、罪の意識を断ち切るため」
優吾はしばし瞑目したあと、「そっか」と小さく呟いた。
遠くで鳴くけたたましい白鳥の聲が、風に乗って流れてきた。
「で? 断ち切れたのか?」
「断ち切れたかどうかはわからないけど、少なくとも、心は軽くなった。もちろん後悔が消えたわけじゃないけど、あの日の真相がわかって、少しスッキリした。きっと蛍太さんも、長い間抱えていたものを全て吐き出して、何かが変わったんじゃないかな? わかんないけど」
そうだったらいいなぁ、と綾音は口元を緩ませた。
頭上を白鳥の群れが通り過ぎる。
膝に手を当て、優吾がゆっくり立ち上がった。
「覚えてるか? 高一の春休み。皇とボードに行ったこと」
「へっ?」
突然話の矛先が変わり、綾音は瞳をしばたたかせた。
高校一年の春休み。
喫茶わたゆきの定休日を使い、綾音たち家族は皇を誘ってスキーに出かけた。
「俺と皇、途中から別行動だったろ?」
「うん」
高梨夫妻と綾音はスキー、優吾と皇はボードだったため、途中から分かれてお互い別のルートを楽しんだのだ。
「あん時、言われたんだ。お前のことが好きだって」
「えっ?」
綾音は当時の記憶を遡る。
そういえば、帰りの車内、二人の口数が少なかったような気がする。
ただ単に疲れているだけかと、特に気にも留めなかったが、まさか二人の間でそんな会話が交わされていたなんて。
優吾の話が続く。綾音はその背中を穴の開くほどじっと見つめた。
「それで俺たち、賭けをしたんだ」
「賭け?」
優吾がゆっくり振り向く。その目が綾音を真っ直ぐ捉えた。
「二年で同じクラスになった方が、お前に告白するって」
「え……?」
「あいつ、気づいてたんだ。俺の気持ちに」
「ちょっと待っ……」
「結局三人同じクラスになって、俺は潔く身を引いた。だってそうだろ? 俺なんかに告られたってお前、嬉しくもなんともねぇだろ?」
自嘲気味に優吾が笑う。綾音は二の句が告げず、瞳を大きく見開いたまま立ちすくんでいた。
「それに俺、お前の気持ち知ってたし」
「私の……気持ち?」
「お前ずっと、皇のこと好きだったろ? だから俺、例えお前らが別々のクラスになったとしても、絶対くっつけようと思ってたんだ。だけど……」
悔しそうに、優吾は顔を歪ませた。
「あいつが死んで、抜け殻みたいになったお前を見た時、俺は心底後悔したんだ。こんなことになるなら、あの時とことん邪魔してやれば良かったって」
ふうっと息をつくと、優吾は愛しむように綾音を見つめた。
「だから俺は誓ったんだ。お前がちゃんと立ち直るまで、ずっと側で見守っていようって」
優吾が一歩近づく。綾音は身体を強張らせた。
「もしもこの先、また誰かを選ぶことがあったとしたら、そん時は、俺も候補に入れてくんねぇか?」
「ゆ……」
「俺もう、お前の傷つく姿は見たくねぇんだ。俺なら一生お前を守ってやれる。今までだってそうだった」
違うか? と優吾が問う。
違わない、と綾音は小さく首を振った。
「だったら、これからもずっと、俺の側にいろよ」
優吾がそっと手を伸ばし、セミロングの髪をさらりと指でといた。
ぴくりと綾音の肩が跳ねる。その肩を引き寄せると、優吾は綾音を胸に抱いた。
「好きだ。綾音。ガキの頃からずっと……」
「優吾……」
優吾の胸に、綾音は顔を押し付けた。まだ何も知らない子どもだった頃の、懐かしい、においがした。
「もういいだろ? いい加減、解放しろよ。なぁ、皇……」
優吾はゆっくり空を見上げた。
青い空の中、真っ白な綿雲が、気持ちよさそうに流れていた。
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