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二人が出会った意味
これ以上、苦しめないで
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夕方に向かう病院のロビーは、見舞い客や売店を利用する患者などが数多く行き交っていた。
その波に紛れ、優吾はエレベーターを目指して歩いた。
病院は、患者のプライバシー保護のため、部外者には病室を教えてはくれない。
かと言って、川口モータースに問い合わせたところで、野々華に門前払いを食らうのがオチだ。
しかし、事故で入院しているとすれば、余程のことがない限り整形外科病棟である確率が高い。
優吾はそこに当たりをつけ、親戚のフリでもしてなんとか病室を突き止めるつもりなのだ。
降りてくるエレベーターの回数表示が順に点灯していく。
まもなくドアが開き、中から数人の見舞い客が降りてきた。
「あ……」
その中の一人と、綾音の目が合う。
「なんで……?」
野々華が、大きな瞳を尖らせ綾音を睨んだ。その目は赤く、充血していた。
後ろから来た見舞い客が、綾音たちを追い越し箱に入る。ただならぬ様子の三人を怪訝そうに見たあと、首を傾げてエレベーターのドアを閉めた。
「なにしに来たんですか?」
野々華の声が、突き刺さる。
なにしに?
綾音は自分に問いかけた。
わからない。自分は一体、なにしにここまで来たのだろうか?
「さっきお客さんから、事故のこと聞いて」
優吾が庇うように、綾音の前に割って入る。
「頼む。一目だけでいいから、彼に合わせてくんねぇか?」
この通りだ、と優吾は頭を下げた。
「冗談でしょ?」
小馬鹿にしたように、野々華が鼻を鳴らす。
「誰のせいで、こんなことになったと思ってんですか?」
その言葉で、今回のことは、十三年前の事故が関係していることがわかる。
綾音はぶるりと、肩を震わせた。
「聞きました。綾音さんの元カレのこと」
まさかそんな偶然があるなんて、と野々華は忌々しげに顔を歪めた。
「蛍太さんは、無事なんですか?」
震える声で、綾音は訊ねた。
「当たり前です! あたしが死なせたりなんかしませんから!」
両手を握りしめ、野々華が声を荒げた。
行き交う人々が、何事かとこちらを見る。優吾が周りに目を向け、すいませんと頭を下げた。
「良かった……」
綾音が安堵の息を漏らす。
「良かった?」
綾音をキッと睨みつけると、「いいわけないでしょ?」野々華は腹の底から、重い声を響かせた。
「ケイはあの日、全てを終わらせるつもりだったんです。自分の命と引き換えに」
ひっと綾音が喉の奥を引きつらせる。
やはりそうだ。
蛍太は故意に、ガードレールに突っ込んだのだ。
「あなたと出会わなければ……。あなたのことなんて好きにならなければ……。そうすればケイはずっと、あたしの隣で、穏やかに暮らせていけたのに……」
野々華が綾音に詰め寄る。優吾が右手で綾音を背後に回した。
咄嗟に綾音は、優吾の腕をぎゅっと掴んだ。
「ケイはもう、あなたに会うつもりはありません。だからもう、ケイのことは、忘れてください」
「なに言って……」
優吾が口を挟む。その腕を強く引き、綾音は左右に首を振った。
「お願いだからもう、これ以上、ケイを、苦しめないで」
途切れ途切れに、野々華が二人に訴えかける。泣き腫らしたような瞳の中に、涙の膜が広がった。
「ごめ……なさい」
綾音は深く頭を下げると、「行こう」俯いたまま、入り口へと歩き出した。
「待てよ!」
慌てて優吾が追いかける。ふらつく足取りの綾音を両手で支え、「いいのかよ?」優吾が訊いた。
「蛍太さんが生きてるなら、それでいい」
優吾を見上げ、綾音は力なく微笑んだ。その目から、涙がいくつもこぼれ落ちた。
「綾音……」
抱きかかえるように綾音の肩に腕を回すと、優吾はスンと鼻を鳴らした。
その波に紛れ、優吾はエレベーターを目指して歩いた。
病院は、患者のプライバシー保護のため、部外者には病室を教えてはくれない。
かと言って、川口モータースに問い合わせたところで、野々華に門前払いを食らうのがオチだ。
しかし、事故で入院しているとすれば、余程のことがない限り整形外科病棟である確率が高い。
優吾はそこに当たりをつけ、親戚のフリでもしてなんとか病室を突き止めるつもりなのだ。
降りてくるエレベーターの回数表示が順に点灯していく。
まもなくドアが開き、中から数人の見舞い客が降りてきた。
「あ……」
その中の一人と、綾音の目が合う。
「なんで……?」
野々華が、大きな瞳を尖らせ綾音を睨んだ。その目は赤く、充血していた。
後ろから来た見舞い客が、綾音たちを追い越し箱に入る。ただならぬ様子の三人を怪訝そうに見たあと、首を傾げてエレベーターのドアを閉めた。
「なにしに来たんですか?」
野々華の声が、突き刺さる。
なにしに?
綾音は自分に問いかけた。
わからない。自分は一体、なにしにここまで来たのだろうか?
「さっきお客さんから、事故のこと聞いて」
優吾が庇うように、綾音の前に割って入る。
「頼む。一目だけでいいから、彼に合わせてくんねぇか?」
この通りだ、と優吾は頭を下げた。
「冗談でしょ?」
小馬鹿にしたように、野々華が鼻を鳴らす。
「誰のせいで、こんなことになったと思ってんですか?」
その言葉で、今回のことは、十三年前の事故が関係していることがわかる。
綾音はぶるりと、肩を震わせた。
「聞きました。綾音さんの元カレのこと」
まさかそんな偶然があるなんて、と野々華は忌々しげに顔を歪めた。
「蛍太さんは、無事なんですか?」
震える声で、綾音は訊ねた。
「当たり前です! あたしが死なせたりなんかしませんから!」
両手を握りしめ、野々華が声を荒げた。
行き交う人々が、何事かとこちらを見る。優吾が周りに目を向け、すいませんと頭を下げた。
「良かった……」
綾音が安堵の息を漏らす。
「良かった?」
綾音をキッと睨みつけると、「いいわけないでしょ?」野々華は腹の底から、重い声を響かせた。
「ケイはあの日、全てを終わらせるつもりだったんです。自分の命と引き換えに」
ひっと綾音が喉の奥を引きつらせる。
やはりそうだ。
蛍太は故意に、ガードレールに突っ込んだのだ。
「あなたと出会わなければ……。あなたのことなんて好きにならなければ……。そうすればケイはずっと、あたしの隣で、穏やかに暮らせていけたのに……」
野々華が綾音に詰め寄る。優吾が右手で綾音を背後に回した。
咄嗟に綾音は、優吾の腕をぎゅっと掴んだ。
「ケイはもう、あなたに会うつもりはありません。だからもう、ケイのことは、忘れてください」
「なに言って……」
優吾が口を挟む。その腕を強く引き、綾音は左右に首を振った。
「お願いだからもう、これ以上、ケイを、苦しめないで」
途切れ途切れに、野々華が二人に訴えかける。泣き腫らしたような瞳の中に、涙の膜が広がった。
「ごめ……なさい」
綾音は深く頭を下げると、「行こう」俯いたまま、入り口へと歩き出した。
「待てよ!」
慌てて優吾が追いかける。ふらつく足取りの綾音を両手で支え、「いいのかよ?」優吾が訊いた。
「蛍太さんが生きてるなら、それでいい」
優吾を見上げ、綾音は力なく微笑んだ。その目から、涙がいくつもこぼれ落ちた。
「綾音……」
抱きかかえるように綾音の肩に腕を回すと、優吾はスンと鼻を鳴らした。
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