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二人が出会った意味
フラッシュバック
しおりを挟む「いやぁ、寒いねぇ」
両手を擦り合わせながら、相沢が勢いよく店内に入ってきた。
「いらっしゃいませ」
洗い終わった食器を拭きながら、綾音がにっこり微笑んだ。
「あったかいコーヒーちょうだい」
カウンターに腰掛けながら、相沢が甘えたように目配せをする。
「ふふっ。かしこまりました」
食器を戸棚にしまうと、綾音はグラスを取り出した。
「あ、相沢さん。いらっしゃい」
バックヤードから優吾が顔を出す。
「よっ」
相沢が軽く右手を上げた。
「そういや、聞いたかい?」
カウンターの上に両腕を乗せると、相沢は僅かに身を乗り出した。
「何をです?」
相沢に水とおしぼりを出しながら、綾音が訊いた。
テーブル席で一人新聞を広げている男性客をちらりと見やると、相沢はこちらにだけ聞こえるように右手を口に当て、声を潜めた。
「川口モータースの、あの兄ちゃん」
どきりと、綾音の胸が大きく跳ねた。
蛍太の辛い告白を聞いてから、既に三日が過ぎていた。
蛍太のことは今でも好きだ。残酷な事実を知ってもなお、綾音の心は無性に彼を求めている。
だが、蛍太のことを想うと同時に、皇と交わした最後の言葉が蘇る。
怒ったようにバイクに跨ったあの日の冷たい背中が、まぶたの裏にこびりついて離れない。
その姿を思い出すたび、綾音の身体は痙攣したように激しく震え、涙が溢れて止まらなくなるのだ。
この三日間、綾音は自問自答を繰り返していた。
こんな状態で、本当に蛍太と付き合っていけるのだろうか?
いくら自分に問いかけても、答えは一向に出てこなかった。
「あの、初雪が降った日」
相沢の言葉が続く。優吾が神妙な面持ちで、綾音の隣にそっと立った。
「事故ったらしいよ。ガードレールに突っ込んで」
「えっ?」
綾音の視界が、暗転した。
『こっから行くと、農道から高速道路に上がる途中の丁字路あるだろ? そうそう。右行くと料金所があるとこ。そこのガードレールにさ、どうも突っ込んだらしいんだよね』
相沢の言葉が、綾音の頭にリフレインする。
『雪で滑ったんかなぁ? でもブレーキ踏んだ形跡がないとかなんとか……。僕も又聞きだからよくわからんけどね』
相沢の話によると、蛍太の車はガードレールを突き破り、正面の田んぼに頭から突っ込んだ形で発見されたらしい。
いくらスリップしたからといって、真正面から突っ込んだりするだろうか? それも、ガードレールを突き破るほどのスピードで。
「綾音」
優吾の声で我にかえる。
「大丈夫か?」
「うん」
血の気の引いた顔で、綾音は答えた。
事故の話を聞いた直後、綾音は目の前が真っ暗になり、倒れそうになったところを優吾に抱きとめられた。その後、優吾に支えられながら、朦朧とする意識の中で、二人の会話を聞いていた。
入院している病院名を聞いた途端、綾音は居ても立っても居られなくなり、思わず店を飛び出した。
見るからに正常ではない綾音のその様子から、一人で向かわせるのは危険と判断した優吾は、両親に事情を話し、急遽店番を交代してもらったのだ。
「行くぞ」
車のエンジンを切ると、優吾は運転席のドアを開けた。
気がつくと車は、既に病院の駐車場に着いていた。
突如、綾音の脳裏に、人形のように動かない無機質な皇の顔が蘇る。
固く閉ざされたその瞳は、もう二度と、綾音を映すことはない。
もしかしたら蛍太も……。
胸の奥から、恐怖がざわざわと這い上がってくる。
綾音はきつく身体を抱きしめた。
「大丈夫だ」
力強い手が、綾音の肩をしっかり掴む。
「入院してるってことは、生きてるってことだ」
全てを見透かす優吾の瞳が、綾音を映して輝いた。
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