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崩壊
俺の方がずっと愛してる
しおりを挟むインターホンを鳴らすとすぐにドアが開き、「早かったな」少し疲れた様子の須藤が顔を覗かせた。
「入れ」
ドアを押さえ、須藤が言う。
反射的に一瞬ためらったあと、「お邪魔します」ぎこちない足取りで、綾音はドアの中へと足を踏み入れた。
「昨日帰って来てな」
リビングへと続くドアを須藤が開ける。
「今日は疲れ休みを取ったんだ」
綾音を招き入れると、須藤は後ろ手にドアを閉めた。
「行ったんですか? タイ」
リビングの隅にキャリーケースが立ててあり、その周りに土産の袋がいくつも置いてある。
「ああ。元々一人で行くつもりだったからな」
背後から綾音の肩を押しながら、部屋の奥へと須藤は進んだ。
テーブルの上には、ビニール袋や包装紙に包まれた土産が、所狭しと並べてある。
「これ全部、お前の土産だ。あれこれ見てたらみんな欲しくなってな」
土産の山を前に、須藤は綾音の肩を掴む手に力を込めた。
「あの、先生」
「綺麗だったぞ。コムローイ祭り。真っ暗な空がランタンで埋め尽くされてな。めちゃくちゃ幻想的だった」
綾音を無理矢理ソファーに座らせ、須藤は土産に埋もれたデジカメに手を伸ばした。
「写真、いっぱい撮ってきたんだ。お前に見せようと思って。ほら、綺麗だろ?」
デジカメの電源を入れ、須藤は画像を次々呼び出す。
「今度はお前も一緒に」
「先生!」
カメラを操作する須藤の腕を掴み、「もうやめて」綾音は顔を歪めて頭を垂れた。
「ごめんなさい。私もう、先生とは……」
許しを乞うように両手で須藤の腕を包むと、綾音は俯き首を振った。
「綾音」
その手に須藤が自身のそれを重ねる。
「大丈夫だ。一度や二度の過ちくらい、目を瞑ってやる」
「過ち?」
綾音は恐る恐る視線を上げる。その目が、黒縁眼鏡の奥で不自然に弧を描く須藤の瞳を捉えた。
「そうだ。過ちだ。お前はまだ若い。魔が刺すことだってあるだろう」
「違っ……!」
「全く怒ってないと言えば嘘になる。だけど、こんなことでお前を嫌いになったりなんかしない」
須藤の手が、綾音の頬にゆっくり伸びる。
「十三年かけて、ようやく手に入れたんだ。これくらいの裏切りなんて、どうってことないさ」
須藤の指が、恐怖に怯える綾音の頬をそっと撫でた。
咄嗟に綾音は後ろに身を引く。行き場を失った須藤の手が、宙を掴んで虚しく落ちた。
「過ちなんかじゃありません。私が本当に好きなのは、蛍太さんなんです」
「なんで……? 俺の方がずっと綾音を愛してる。十三年だぞ? いや、もっと前からずっと、お前のことを見てきたんだ。お前が苦しい時も、楽しい時も、ずっと側で見守ってきたんだ。あんな出会ったばかりの若造なんかより、俺の方がずっと……!」
「過ごした時間なんて関係ありません。初めて会ったあの日に、私は彼に惹かれたんです。理屈なんかじゃなく、心が彼を求めてるんです」
「やめろ!」
須藤が綾音の両肩を掴む。ひっ、と綾音は息を呑んだ。
弾みで落ちたデジカメが、絨毯の上でごとりと鈍い音を立てた。
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