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流される
須藤の本心
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「そんなこと、俺が気にすると思うか?」
「えっ?」
「俺を幾つだと思ってる? そんな青臭いことを言うような歳じゃない」
別に結婚してるわけでもあるまいし、と須藤は薄い笑みを浮かべたまま、綾音にゆっくり近づいた。
「それに言ったろ? お前の心が俺になくても、俺は一向に構わないって。俺はただ、お前が側にいてくれたら、それでいいんだ」
「どうして、そこまで……?」
綾音が声を震わせる。
すっと顔から笑みを消すと、須藤は綾音を射るような瞳で見つめた。
「好きだからだよ。お前のことが。多分、高校生だったあの頃からずっと」
「……っ!」
綾音は両手で口を覆った。
見開いた目が、平静を失い大きく揺らいだ。
「皇のことがあって、お前が学校来れなくなった時、俺、放課後お前の家まで行って特別授業してただろ?」
綾音はこくりと頷いた。
皇を失ってからというもの、綾音は自暴自棄になっていた。
食事は喉を通らず、睡眠も満足に取れなくなり、生きる屍のような日々を送っていた。
それを救ってくれたのが、須藤だった。
須藤は放課後、毎日のように綾音の元を訪れ、学校の話はもちろん、趣味のことや好きな芸能人の話まで面白おかしく話してくれ、固く閉ざされた綾音の心を少しずつほぐしてくれたのだ。
同時に、他教科の教師にも協力を仰ぎ、その日の授業をまとめたプリントを作成し、それをもとに課外授業もしてくれた。
おかげで休んでいる間の学習の遅れはほとんどなく、すんなり復学することができたのだった。
「最初は正直、めんどくさいと思ったよ。だってそうだろ? 身重の妻を抱えて。俺だってできれば早く帰りたかったさ」
なにせ新婚だしな、と須藤は冗談ぽく瞳を歪め、口の端を持ち上げた。
「だけどな」
ふっと肩の力を抜くと、須藤は目元を緩めた。
「ある時、気がついたんだ。放課後を心待ちにしている自分がいることに」
バサリと音を立て、須藤がパンフレットをテーブルの上に放る。
「俺はいつしか、お前と過ごすあの時間が、楽しくて仕方なくなっていたんだ」
綾音の顔を愛おしそうに見つめ、須藤は今にも泣き出しそうな顔で笑った。
コーヒーメーカーから最後の蒸気が吐き出され、部屋の中はやがて静寂に包まれた。
高速道路を行き交う車の走行音を遠くに聞きながら、綾音はぼんやりする頭で須藤の言葉を咀嚼した。
「別れた妻に言われたよ。『家族と生徒、どっちが大事なの?』って。驚いたよ。あいつがそんな子どもじみたこと言う女だったなんてな」
須藤が皮肉めいた顔で笑った。
「家族と生徒? そんなのどっちも大事に決まってる。ただ、俺の中での優先順位が、あいつのそれとは違ってたってだけだ」
「それってやっぱり、私のせいで……」
綾音は言葉を詰まらせる。
「だから違うって言ったろ?」
悲しそうに顔を歪めると、須藤はさらに一歩近付いた。
「えっ?」
「俺を幾つだと思ってる? そんな青臭いことを言うような歳じゃない」
別に結婚してるわけでもあるまいし、と須藤は薄い笑みを浮かべたまま、綾音にゆっくり近づいた。
「それに言ったろ? お前の心が俺になくても、俺は一向に構わないって。俺はただ、お前が側にいてくれたら、それでいいんだ」
「どうして、そこまで……?」
綾音が声を震わせる。
すっと顔から笑みを消すと、須藤は綾音を射るような瞳で見つめた。
「好きだからだよ。お前のことが。多分、高校生だったあの頃からずっと」
「……っ!」
綾音は両手で口を覆った。
見開いた目が、平静を失い大きく揺らいだ。
「皇のことがあって、お前が学校来れなくなった時、俺、放課後お前の家まで行って特別授業してただろ?」
綾音はこくりと頷いた。
皇を失ってからというもの、綾音は自暴自棄になっていた。
食事は喉を通らず、睡眠も満足に取れなくなり、生きる屍のような日々を送っていた。
それを救ってくれたのが、須藤だった。
須藤は放課後、毎日のように綾音の元を訪れ、学校の話はもちろん、趣味のことや好きな芸能人の話まで面白おかしく話してくれ、固く閉ざされた綾音の心を少しずつほぐしてくれたのだ。
同時に、他教科の教師にも協力を仰ぎ、その日の授業をまとめたプリントを作成し、それをもとに課外授業もしてくれた。
おかげで休んでいる間の学習の遅れはほとんどなく、すんなり復学することができたのだった。
「最初は正直、めんどくさいと思ったよ。だってそうだろ? 身重の妻を抱えて。俺だってできれば早く帰りたかったさ」
なにせ新婚だしな、と須藤は冗談ぽく瞳を歪め、口の端を持ち上げた。
「だけどな」
ふっと肩の力を抜くと、須藤は目元を緩めた。
「ある時、気がついたんだ。放課後を心待ちにしている自分がいることに」
バサリと音を立て、須藤がパンフレットをテーブルの上に放る。
「俺はいつしか、お前と過ごすあの時間が、楽しくて仕方なくなっていたんだ」
綾音の顔を愛おしそうに見つめ、須藤は今にも泣き出しそうな顔で笑った。
コーヒーメーカーから最後の蒸気が吐き出され、部屋の中はやがて静寂に包まれた。
高速道路を行き交う車の走行音を遠くに聞きながら、綾音はぼんやりする頭で須藤の言葉を咀嚼した。
「別れた妻に言われたよ。『家族と生徒、どっちが大事なの?』って。驚いたよ。あいつがそんな子どもじみたこと言う女だったなんてな」
須藤が皮肉めいた顔で笑った。
「家族と生徒? そんなのどっちも大事に決まってる。ただ、俺の中での優先順位が、あいつのそれとは違ってたってだけだ」
「それってやっぱり、私のせいで……」
綾音は言葉を詰まらせる。
「だから違うって言ったろ?」
悲しそうに顔を歪めると、須藤はさらに一歩近付いた。
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