雪蛍

紫水晶羅

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裏切り

嵐の中で

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 バスルームの方から、乾燥終了を告げるアラームの音がする。
「終わったみたいですね」
 寂しそうに呟くと、蛍太は綾音を包んでいた腕をゆっくり解いた。

「自分でやります」
 夏掛けで身体を覆いながら、綾音が慌てて起き上がる。
 その腕を強く引くと、蛍太は綾音を力一杯抱きしめた。
「けい……?」
「すいません。俺……」
 声を震わせ、蛍太は綾音の髪に顔を埋めた。

「大丈夫です。付き合ってくれなんて言いませんから」
「綾音さん」
「今日のことは、この雨と一緒に流してしまえばいいんです」
 綾音は窓へと視線を向けた。薄闇に包まれた窓の外ではまだ、激しい雨が降り続いていた。
「全部、嵐のせいですから」
 力なく笑うと、綾音は蛍太の頬を指の先でそっとなぞり、その唇に口づけた。

 蛍太の両手が、綾音の髪をかき混ぜる。
 二人は唇を合わせたまま、シーツに身体を横たえた。

 互いを求める潤んだ声と、もつれ合う衣擦れの音が、降りしきる雨の気配を掻き消していく。

 綾音の頬を、蛍太の涙が切なく濡らした。



 家に着く頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。
 何度も礼を言う優作と幸恵を前に、蛍太は曖昧な笑みを浮かべて頭を下げた。

「大変だったわね。お腹減ったでしょ?」
 蛍太を見送ったあと、幸恵が綾音を家へと促す。
「綾音」
 その背を優吾が呼び止めた。

「カミナリ凄かったけど、大丈夫だったか?」
 ぴたりと足を止め、綾音はゆっくり振り返る。
「うん。平気」
 ぎこちない笑顔で、綾音は答えた。

 責めるような、それでいて憐れむような複雑な眼差しで綾音をじっと見つめたあと、「そっか」諦めたように視線を落とし、優吾は離れの方へと歩いて行った。

 雨は、一晩中、激しく降り続いていた。


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