雪蛍

紫水晶羅

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混乱する気持ち

優吾の正論

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 優吾の部屋は、母屋の裏手に作られた渡り廊下の先にある。元々あった作業小屋をリフォームし、一階を車庫、二階を居住スペースにしたものだ。

「相変わらず散らかってるね」
 床の上に散在しているダンベルやらエキスパンダーやらを一瞥し、綾音は中央のラグに腰を下ろした。
「男の部屋にしちゃ綺麗な方だろ」
 冷蔵のみの小さな冷蔵庫に、先程台所で調達してきたいくつかの飲み物を入れながら、優吾が口を尖らせる。
「ふぅん」
 ローテーブルに片肘をつき、綾音は気のない返事を返した。

「で? 何があった?」
 綾音の視線が、窓際に置かれたランニングマシーンから優吾へとゆっくり動く。
「泣くほど不味まずいもん食わされたのか?」
 缶ビールを綾音の前に置き、優吾が悪戯っぽく笑った。

「……ばか」
 優吾をひと睨みすると、綾音はプルタブに指をかけた。
 仏頂面の手元から、ぷしゅっと小気味良い音が上がる。
「ぶっさいく」
 飲み物と一緒に持ってきた菓子袋をテーブルに並べながら、優吾が小馬鹿にしたように顔を歪めて綾音の顔を覗き込んだ。
「うっさい」
 ぷいっと横を向き、どうせ不細工ですよ、と綾音がビールに口をつける。
 ふっと笑みをこぼしたあと、優吾は柿の種の袋を破った。


「タイに行かないかって」
 テーブルに缶を置き、綾音が大きく息をつく。
「あ?」
 缶ビールの蓋を開け、優吾が左眉を吊り上げた。
「一緒に、コムローイ祭り、見たいって」
「コム……なに?」
「だからね、一緒にタイに……」
「いや、ちょっと待て!」
 優吾は開いた右手を突き出し、眉根を寄せて目を伏せた。
「わかった。ちゃんと聞くから、順を追って説明してくれ」
 居住まいを正すと、優吾は綾音に向き直った。
 優吾の真剣な眼差しを確認してから、「あのね……」綾音は静かに語り始めた。

***

「あのエロおやじ……」
 話を聞き終え、優吾がぐびりとビールを飲み干す。
「どうしたらいい?」
 両手で缶を握りしめ、綾音は上目遣いで優吾を見つめた。
「どう……って言われても……なぁ」
 人差し指で鼻の横をぽりぽりと掻き、優吾は視線を泳がせた。

「好き……なのか? 須藤のこと」
「え?」
「だって、付き合うってことは、つまり……。その……」
 優吾の視線が綾音の胸元を掠める。
「えっち!」
 側にあったクッションを掴むと、綾音は優吾の顔めがけてそれを投げた。
「いや、考えるだろ。普通」
 片手でクッションを跳ね除け、優吾が反論する。
「しかもタイだぞ? タイ。一緒にタイに行くってことは、もちろんそういうこともあるわけで……」
「う……」
「あんのかよ? 覚悟」
「覚悟?」
「だから、須藤とそうなる覚悟があんのかって話だよ」
 空になった缶を振ったあと、優吾は冷蔵庫へと手を伸ばした。
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