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新たな世界へ
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美空の涙を優しく指で拭ったあと、紫雲は話を先へと進めた。
「愛梨の事も、ちゃんとケリつけてきた」
「え……? 大丈夫……だった?」
目尻の涙を拭う指を止め、恐る恐る、美空は聞いた。
喫茶店でぶつけられた辛辣な言葉の数々を思い出し、美空は身体を震わせた。
「はっきり言ってやったよ。『こんな卑怯な手を使うやつとは付き合えない』って」
「厳しいね……」
さすがに愛梨が気の毒になり、美空は苦笑いした。
彼女だって、紫雲を真剣に愛していたのだ。ただ、愛情の伝え方を間違えただけなのだ。
「まあ、だいぶ泣かれたけどね。でもちゃんと、最後には納得してくれたよ」
その時の苦労を思い出したのか、紫雲は肩を落として溜息を吐いた。
「だからさ」
美空の方に向き直り、紫雲は、全てを包み込むような優しい顔で美空を見つめた。
「もう心配いらないよ。俺たちを妨げるものは何もない」
「紫雲君……」
再び瞳の奥から、熱いものが込み上げてくる。
身体中が、紫雲の愛で埋め尽くされる。
すっかり諦めていた二人の未来が、今度こそ確かな形で目の前に広がっていく。
紫雲が口を開きかけた時、二人の間を一陣の風が吹き抜けた。
束ねられた美空の髪から、はらりと数本髪が落ちた。
頬についた後れ毛を、美空が左手でそっと直した。
「それ……。使ってくれてるんだね……」
「ああ、これ?」
美空がシュシュに手を伸ばす。
「だって、お気に入りだから」
照れ臭さを誤魔化すように、美空は伏し目がちに答えた。
「……誰か、好きな人……できた?」
「えっ?」
予想外の紫雲の言葉に、美空は慌てて顔を上げた。
紫雲の瞳に、暗い翳が落ちる。
「指輪……」
紫雲の視線は、美空の薬指に注がれていた。
「あ……」
美空は咄嗟に左手を隠した。
「もしかして、一足遅かった?」
紫雲の瞳が、悲しそうに揺らめいた。
「ち、違うの! これは……!」
美空は必死で言い訳を探す。
しかし、どんなに頭を絞っても、何一つとして良い言葉が浮かんでこない。
「あの……。実は……」
ついに観念して大きく息を吐くと、美空はパーカーのポケットからスマホを取り出した。
「今ね、一緒に暮らしてる人がいるの」
打ちひしがれる紫雲の前に、美空はそれを差し出した。
そっと渡されたスマホの待ち受け画面に、紫雲は驚き目を見張った。
「『紫』に『織る』って書いて紫織。三歳なの」
「し……おり……?」
「紫雲君。あなたの子よ」
「お……、俺の……?」
待ち受け画面には、満面の笑みを浮かべて笑う一人の女の子の姿があった。
色白の顔に、大きな瞳が印象的な可愛らしい女の子。艶のある黒髪の上に、シロツメクサの花冠が乗っている。
「こっちに来て暫くしてから、妊娠してる事がわかったの。日本に帰ろうかとも思ったんだけど、職場のみんなが引き止めてくれて」
みんないい人でね、と美空が笑った。
「今いる職場は、いわゆる企業内託児所で、福利厚生が割としっかりしてるの。だから、産休も育休も貰えて……。それに、オランダは子育てに対する考え方が日本より進んでて、子どもを育てるにはとてもいい環境なの。職場に日本人も多いから心強いし」
親にはだいぶ気苦労かけちゃったけどね、と笑いながら、美空はスマホの画面を愛おしそうに指でなぞった。
「来年から小学校に上がるの。オランダの小学校は四歳からだから。それまでは、特別にうちの託児所で預かってもらってる」
突然の告白に、紫雲の瞳が忙しなく動く。
ようやく視線を美空に向けると、紫雲はゆっくり口を開いた。
「愛梨の事も、ちゃんとケリつけてきた」
「え……? 大丈夫……だった?」
目尻の涙を拭う指を止め、恐る恐る、美空は聞いた。
喫茶店でぶつけられた辛辣な言葉の数々を思い出し、美空は身体を震わせた。
「はっきり言ってやったよ。『こんな卑怯な手を使うやつとは付き合えない』って」
「厳しいね……」
さすがに愛梨が気の毒になり、美空は苦笑いした。
彼女だって、紫雲を真剣に愛していたのだ。ただ、愛情の伝え方を間違えただけなのだ。
「まあ、だいぶ泣かれたけどね。でもちゃんと、最後には納得してくれたよ」
その時の苦労を思い出したのか、紫雲は肩を落として溜息を吐いた。
「だからさ」
美空の方に向き直り、紫雲は、全てを包み込むような優しい顔で美空を見つめた。
「もう心配いらないよ。俺たちを妨げるものは何もない」
「紫雲君……」
再び瞳の奥から、熱いものが込み上げてくる。
身体中が、紫雲の愛で埋め尽くされる。
すっかり諦めていた二人の未来が、今度こそ確かな形で目の前に広がっていく。
紫雲が口を開きかけた時、二人の間を一陣の風が吹き抜けた。
束ねられた美空の髪から、はらりと数本髪が落ちた。
頬についた後れ毛を、美空が左手でそっと直した。
「それ……。使ってくれてるんだね……」
「ああ、これ?」
美空がシュシュに手を伸ばす。
「だって、お気に入りだから」
照れ臭さを誤魔化すように、美空は伏し目がちに答えた。
「……誰か、好きな人……できた?」
「えっ?」
予想外の紫雲の言葉に、美空は慌てて顔を上げた。
紫雲の瞳に、暗い翳が落ちる。
「指輪……」
紫雲の視線は、美空の薬指に注がれていた。
「あ……」
美空は咄嗟に左手を隠した。
「もしかして、一足遅かった?」
紫雲の瞳が、悲しそうに揺らめいた。
「ち、違うの! これは……!」
美空は必死で言い訳を探す。
しかし、どんなに頭を絞っても、何一つとして良い言葉が浮かんでこない。
「あの……。実は……」
ついに観念して大きく息を吐くと、美空はパーカーのポケットからスマホを取り出した。
「今ね、一緒に暮らしてる人がいるの」
打ちひしがれる紫雲の前に、美空はそれを差し出した。
そっと渡されたスマホの待ち受け画面に、紫雲は驚き目を見張った。
「『紫』に『織る』って書いて紫織。三歳なの」
「し……おり……?」
「紫雲君。あなたの子よ」
「お……、俺の……?」
待ち受け画面には、満面の笑みを浮かべて笑う一人の女の子の姿があった。
色白の顔に、大きな瞳が印象的な可愛らしい女の子。艶のある黒髪の上に、シロツメクサの花冠が乗っている。
「こっちに来て暫くしてから、妊娠してる事がわかったの。日本に帰ろうかとも思ったんだけど、職場のみんなが引き止めてくれて」
みんないい人でね、と美空が笑った。
「今いる職場は、いわゆる企業内託児所で、福利厚生が割としっかりしてるの。だから、産休も育休も貰えて……。それに、オランダは子育てに対する考え方が日本より進んでて、子どもを育てるにはとてもいい環境なの。職場に日本人も多いから心強いし」
親にはだいぶ気苦労かけちゃったけどね、と笑いながら、美空はスマホの画面を愛おしそうに指でなぞった。
「来年から小学校に上がるの。オランダの小学校は四歳からだから。それまでは、特別にうちの託児所で預かってもらってる」
突然の告白に、紫雲の瞳が忙しなく動く。
ようやく視線を美空に向けると、紫雲はゆっくり口を開いた。
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