あの日交わした約束がセピア色にかわっても

１日だけの恋人

５

「ん……」
　寝返りする衣擦れの音が、吐息と共に、ひんやりとした空気に溶け込む。
「美空さん？」
　窓際に立つ美空の背を、不安そうなハスキーな声が静かに撫でた。

「起こしちゃった？」
　振り返った美空の瞳が、涙を蓄え僅かに揺らいだ。
　カーテンの隙間から差し込む朝の光に、紫雲が眩しそうに目を細めた。
「何時？」
　布団に包くるまったまま、紫雲がテーブルに手を伸ばす。手にしたスマホをぼんやり見つめ、「七時か……」紫雲が大きく息を吐いた。

「朝ごはん食べる？」
　頬の涙を拭いながら、美空がベッドの脇をすり抜ける。その手を紫雲が素早く掴んだ。
「あと二時間……」
「うん。だからご飯……」
　言い終える前に、美空の身体は紫雲の胸に包まれていた。

「……え？」
　そのまま紫雲は美空をベッドに押し倒す。
　美空の髪を、紫雲の長い指が掻き上げた。
「最後まで……こうしていたい……」
「紫雲君……」
　美空はそっと手を伸ばし、紫雲の髪を優しく梳とかした。

　幼い頃何度も撫でた、紫雲の黒髪。
　色も質感も、あの頃とは微妙に違う。
　そのまま頬に手を滑らすと、手のひらに硬い頬骨が当たった。
　陶器のように滑らかだった紫雲の頬は、余計な肉が削げ落ち、硬く引き締まっている。
　両手で顔を包み込むと、美空はその輪郭を指でなぞった。

「どうしたの？」
　不思議そうに、紫雲が見下ろす。
「憶えておきたいの」
「え？」
「紫雲君の全てを……。ずっと、忘れないように……」
　美空の目から涙が零れた。
「美空さん……」
　美空の左手を、紫雲の右手が優しく覆う。そのまま指を絡めると、紫雲は美空に口付けた。

「俺も……忘れない……」
　左手で美空の髪を掻き上げながら、紫雲は何度も唇を重ねた。
「紫雲君……」
　まるでその存在を確かめるかのように、美空は何度も名前を呼んだ。

　この愛が終わりを迎えるその瞬間ときまで、二人は互いの証を身体の奥に刻み続けた……。