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紫雲の願い
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しおりを挟む独りになって初めて迎える日曜日は、何もせずに時間ばかりが過ぎていく。
美空はドレッサーの上に、のろのろと視線を動かした。
つい最近までそこにあった小さな箱は、跡形もなく消えていた。指輪と合鍵は、先日郵送で送り返したのだ。
心にぽっかり穴が開き、もはや自分が生きているのか死んでいるのかさえもわからない。
枯れることのない涙だけが、唯一生きていることの証のようだった。
どれだけ涙を流したら、この罪は赦されるのだろうか?
答えのない問いを何度も繰り返しながら、美空は心の中で謝り続けていた。
どのくらいそうしていたのだろうか?
玄関チャイムの音で、美空は我に返った。
「はい……」
重い体を引きずりながら、ドアスコープを覗く。
果たしてそこには、落ち着きなく目線を動かす哲太の姿があった。
「てっちゃん?」
「美空さん……」
ドアを開けて驚く美空の目の前に、哲太は自身のスマホを翳した。
「これ、恵令奈さんから」
「恵令奈?」
哲太が指し示すLINEのメッセージに目を向けると、そこには一言『ジョーカー出番だ!』とあった。
「ぷっ」
思わず吹き出す美空を見て、哲太が安心したように息を吐いた。
「よくここがわかったね」
「職員名簿を見て……」
遠慮がちに部屋に上がると、哲太は「これ、良かったら……」ケーキの箱を美空に渡した。
「ありがとう。早速戴いていい?」
「どうぞ」
照れ臭そうに、哲太が頭を掻いた。
「あの……。だいたいの事は聞きました」
気不味い笑みを浮かべながら、哲太が美空に視線を向けた。
「そう……」
予想通りの哲太の言葉に、美空は伏し目がちに答えた。
恵令奈だ。彼女が、哲太に全てを話したのだ。
きっと恵令奈は、ぎくしゃくしている二人の仲を取り持とうと、哲太を送り込んできたに違いない。
その為には、ある程度の情報を入れておく必要がある。
あれほど哲太に知られるのを恐れていた美空だが、こうして実際顔を合わせてみると、不思議と気持ちが楽になる。
もしかすると自分は、哲太に全てを打ち明けてしまいたかったのかも知れない。
洗いざらい吐き出して、「だから言わんこっちゃない」と呆れながらも受け止めて欲しかったのかも知れない。
「大丈夫……じゃないですよ……ね?」
「え?」
ショートケーキを取り出す手を止め、美空は哲太の顔を見つめた。
「酷いですよ……。顔……」
「ひっ……!」
慌てて美空は顔を隠す。
「もう。向こう行ってて」
左手で顔を隠しながら、美空はしっしと右手をヒラヒラさせた。
「美空さん」
その手を哲太がそっと掴む。
驚いて向けた美空の瞳を捉えると、哲太は腕に力を込めた。
「ほんと、懲りない人だ」
「え……?」
「簡単に、男を部屋に上げるなんて」
「何言って……?」
もう一方の手も掴むと、哲太は美空の身体を食器棚に押し付けた。
棚が大きく揺れ、中の食器が激しく音を立てた。
「言ったでしょう? 美空さん、無防備すぎるって」
「あ……」
「この状況で、『そんなつもりはなかった』なんて、通用しませんよ」
「てっちゃ……」
初めて見る哲太の姿に、手足が激しく震え出す。
「俺だって男です。油断してると、痛い目見ますよ」
「や……」
切れ長の鋭い瞳が、男の熱を帯びてくる。
「やめ……」
少し傾けられた哲太の顔が至近距離に迫り、美空は思わず目を瞑った。
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