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小さな綻び

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 園長との面談が終わったのは、就業時間を少し過ぎた頃だった。
 終礼は、園長不在の中でも滞りなく行われたようだ。
 恵令奈を始めとする他の職員への言い訳を考えながら帰り支度をしていると、美空のスマホに晴斗からLINEが届いた。
『仕事が終わり次第マンションに来てほしい。大事な話がある』
 緊迫感が漂うその文章に、美空の胸は激しく震えた。


***


 神妙な顔の晴斗に迎えられリビングに入ると、ソファーに紫雲が座っていた。
「美空さん……」
 力のない瞳を向ける紫雲に、「こんばんは」震える声で美空は答えた。
「座って」
 晴斗に促され、美空はおずおずと紫雲の対面に腰かけた。
 紫雲がぎこちなく笑みを零す。視線が自然と口元へ行き、美空は慌てて下を向いた。

「実はさ……、美空に聞きたいことがあって……」
 紫雲の隣に腰を下ろすと、晴斗は静かに息を吸った。
「今日、学校に呼び出されたんだ。紫雲の事で話があるって」
「え……っ」
 嫌な予感がして、美空は思わず息を呑んだ。
「紫雲が年上の女性と付き合ってるのを知ってるかって聞かれたよ」
「……っ」
「学校に匿名の電話があったらしい」
「電話……が……?」
 悪い予感が当たったと、美空は顔を強張らせた。
「その女性と紫雲が会っているところを度々見かけたということらしいんだけど……」
「それは……」
「もちろん否定したよ。その話を聞いて、美空の事だって思ったからね」
「じゃあ……」
「問題は、その後なんだ」
「その後……?」
 膝の上で両手をきつく握りしめると、晴斗は意を決したように美空を見据えた。
「その電話の主が、早朝、うちのマンションから出ていく女性を見たって……」
 美空は両手で口を塞いだ。
 咄嗟に流した美空の視界に、紫雲の震える瞳が映った。

「先生笑ってたよ。『自宅に泊めるくらい、皆さん仲がよろしいんですね』って……」
「あの……」
「何の事かさっぱりわからなかったけど、適当に相槌打って帰って来たよ」
「晴斗さん……」
「どういうことか教えてくれないか? 俺が家を空けたのは、泊まりで出張に行った時だ。あの日、美空は泊ったのか? ここに」
「父さん……」
「お前は黙ってなさい」
 口を挟む紫雲を制し、晴斗は少し語気を強めた。
「聞かせて欲しい。美空の口から。ちゃんと聞きたいんだ。本当のことを……」
 晴斗の瞳は、美空を責めてはいなかった。ただ純粋に真相が知りたい。そんな目をしていた。
「実はあの日、紫雲君から『熱が出た』ってLINEもらって……」
 美空は正直に答えた。ここで嘘をついても仕方がないと思ったからだ。
 ちらりと紫雲に視線を向けると、紫雲も観念したように小さく頷いた。

 美空の話を、晴斗は黙って聞いていた。
 無表情の顔からは、少しの感情も読み取れない。
 美空は恐怖を感じ、交差した自身の両腕を強く掴んだ。
「気が付いたら、朝になっていたんです」
 ごめんなさいと謝る美空に、「そっか……」と一言、晴斗が呟いた。
「私がうっかり寝ちゃったのがいけないんです。お二人にはご迷惑をお掛けして、本当にすみませんでした」
 美空は深く、頭を下げた。

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