あの日交わした約束がセピア色にかわっても

紫水晶羅

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内緒の遊園地

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「なぜ、こんなことに……?」
 登坂家のマンションへと向かいながら、美空は自問自答を繰り返していた。
 結局紫雲の勢いに押し切られ、一緒に動物園に連れて行く羽目になった美空は、先程から鳴り止まない胸の鼓動と格闘していた。

 さすがにコンビニの前に自転車を放置するわけにいかなかったので、紫雲は一旦自宅に戻って自転車を置き、そこで美空と合流することにしたのだ。
「ゆっくり買い物してから来て。俺もなる早で帰るけど」
 じゃ、と片手を上げて意気揚々と自転車を漕いでいく後ろ姿が瞳に焼き付いて離れない。

 余計な事は考えまいと、いつもより慎重に運転していると、間もなく進行方向に見慣れたマンションが見えてきた。
 どうやら紫雲はまだのようだ。美空は普段晴斗が使っている枠に車を停めると、そわそわしながら紫雲を待った。


「お待たせー」
 紫雲が現れたのは、童謡を四曲ほど歌い終えた後だった。
「めっちゃ疲れた」
 運転席の後ろに乗り込むと、「待たせてごめんね」紫雲は翔に声を掛けた。
「え? そこ狭いよ?」
 思わず後ろを覗き込む美空に、紫雲はにっこり微笑んだ。
「だって、一人じゃ可哀そうでしょ?」
 ね、と紫雲が笑いかけると、翔は嬉しそうにへへっと笑った。
 そのさり気ない気遣いが、美空の胸を強く打つ。
「ありがとう」
 素直に礼を言うと、美空は車を発進させた。



 動物園に着く頃には、お互いのことを『翔』『しーたん』と呼び合うまでに、二人はすっかり打ち解けていた。
 なぜ『しーたん』なのかは、言わずもがなである。
 翔をあやすための絵本やパペットを荷物の中に見つけた紫雲は、それを使って車中絶えず翔の相手をしていた。おかげで翔は少しもぐずることなく、目的地まで辿り着くことができたのだ。
 あの保育ボランティアが、思わぬところで役に立ったというわけだ。

 入場券を買って園内に入ると、すぐに翔は「おさるさん、みる!」と紫雲の手を引き駆け出した。
「あ! ちょっと待って! 先にお昼……」
 財布を仕舞いながら、美空が後を追いかける。
 翔は何度も来ているせいか、既に園内を熟知していて、「しーたん、こっち!」と嬉しそうに紫雲をぐいぐい引っ張っていた。

「翔!」
「美空さん、大丈夫!」
 紫雲が振り向きざまに叫んだ。
「さっき翔、パン食べたから!」
 道中、翔はコンビニで買ったパンをペロリと一つ平らげていた。
「でも、紫雲君は?」
「俺はいいよ! それよりお猿さん!」
 翔に手を引かれ嬉しそうに掛けて行く紫雲の後ろ姿を眺めながら、「どっちが子どもなんだか……」美空は呆れ顔で笑った。

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