上 下
43 / 90
内緒の遊園地

しおりを挟む
 目指す動物園までは、車で一時間近くかかる。
 動物園と言っても象やキリンなどの大型の動物はおらず、主にタヌキやキツネなどの中型のものや、リスやウサギなどの小動物がメインだ。その中で猿は人気が高く、休みの日になると、猿山の周りは多くの親子連れで賑わっている。
 翔もご多分に漏れず、猿山の猿が大好きなのだ。

「お猿さん、今頃ご飯食べてるかなぁ?」
 バックミラーで助手席の後ろを確認すると、翔は持っているお子様せんべいを高く上げ、「ごはーん!」と嬉しそうに叫んだ。
「ふふっ。お猿さんの前に腹ごしらえしなきゃね」
 気が付けば時刻は既に十時半を回っている。途中腹が減って翔がぐずり出したら大変だ。
 念のためパンでも買おうかと思い立ち、美空はコンビニに立ち寄った。

 車から降りたところで、「美空さん」突然背後から聞き覚えのあるハスキーな声が響いてきた。
 一瞬ドキリとして、美空は急いで振り返る。果たしてそこには、想像通りの人物の姿があった。
「紫雲君……」
 どこかに出掛けるのか、紫雲は塾用のトートバッグを肩にかけ、自転車にまたがっている。
「どこ行くの?」
 同時に尋ね、お互い顔を見合わせ笑った。
「ははっ。俺は図書館の帰り。美空さんは?」
 トートバッグを担ぎ直すと、紫雲は改めて聞いた。

「私はこれから動物園」
「動物園?」
「そ。甥っ子とデートなの」
 車内を覗き込みながら、美空は答えた。
「甥っ子?」
「そう。前に言ってた妹の子。今日一日預かることになっちゃって」
「へぇ。ちょっと見てもいい?」

 自転車から降りると、紫雲は助手席側へ回った。
「可愛い」
 紫雲が窓ガラスをコンと一つ指で叩くと、翔はキョトンとした顔でこちらを向いた。
「名前は?」
「翔」
 後部座席のドアを開けながら、美空は答えた。それと同時に「みーたん」と呼ぶ小さな声が聞こえてきた。
「うわっ。可愛い。みーたんだって」
「何よ」
「いや、別に……」
 片手で口を押えて笑いを堪える紫雲を横目で睨み、美空は翔のシートベルトを外した。

「いいなぁ。動物園」
 車から降りた翔の傍にしゃがみ込み頬をツンツンつつきながら、紫雲は「俺も行きたいなぁ」独り言のように呟いた。
 最初は顔を強張らせていた翔も、紫雲に構われ次第に声を上げて笑い出す。
 美空もつられて笑い声を上げた時。
「お兄ちゃんも行っていい?」
 紫雲が甘えたように翔の腕をゆらゆら揺らした。
「はいっ?」
 驚く美空を尻目に、紫雲は「いい?」と上目遣いに翔の顔を覗き込む。
「いいよ!」
 瞳を輝かせ、力いっぱい翔が答えた。

 どうやらこの短時間のうちに、翔はすっかり手なずけられてしまったようだ。
 さすがは天然タラシだ。美空は口をあんぐり開けたまま、紫雲と翔を交互に見つめた。

「いいって。みーたん」
 翔の手を握ったまま、紫雲は満面の笑みで美空を見上げた。
「みーたんって呼ぶな!」
 真っ赤になって、美空は叫んだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~

真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

可愛がってあげたい、強がりなきみを。 ~国民的イケメン俳優に出会った直後から全身全霊で溺愛されてます~

泉南佳那
恋愛
※『甘やかしてあげたい、傷ついたきみを』 のヒーロー、島内亮介の兄の話です! (亮介も登場します(*^^*)) ただ、内容は独立していますので この作品のみでもお楽しみいただけます。 ****** 橋本郁美 コンサルタント 29歳 ✖️ 榊原宗介 国民的イケメン俳優 29歳 芸能界に興味のなかった郁美の前に 突然現れた、ブレイク俳優の榊原宗介。 宗介は郁美に一目惚れをし、猛アタックを開始。 「絶対、からかわれている」 そう思っていたが郁美だったが、宗介の変わらない態度や飾らない人柄に惹かれていく。 でも、相手は人気絶頂の芸能人。 そう思って、二の足を踏む郁美だったけれど…… ****** 大人な、 でもピュアなふたりの恋の行方、 どうぞお楽しみください(*^o^*)

処理中です...