あの日交わした約束がセピア色にかわっても

紫水晶羅

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冗談だよ

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 紫雲の高校までは、園から車で十分くらいだ。
 下校のピークは過ぎたらしく、校門から出てくる学生はまばらだった。
 校舎に沿って車を止めるとすぐに、サイドミラーに大きな黒い傘をさして小走りに駆けて来る一人の男子学生の姿が映った。

「お待たせ」
 助手席のドアを開けて顔を覗かせた後、紫雲は後方に「じゃあな」と大きく手を振った。
「お友だち?」
 シートベルトを締める紫雲に、美空が聞いた。
「うん。同じクラスのやつ」
 バックミラーに視線を向けると、こちらを見ている男女二人の学生の姿があった。
 二人は何やら話しながら暫くそこに佇んでいたが、やがて向こうへと歩き出した。赤と紺の二色の傘が、次第に遠ざかって行った。

「それ、使ってくれてるんだ」
 シュシュを指差し、紫雲が嬉しそうに笑った。
「ああ、うん。子どもたちにも可愛いって褒められたよ」
 頭にそっと手を添えると、美空は伏し目がちに答えた。
 シュシュに込められた紫雲の想いが真実だとしたら、使わない方が良いのかも知れない。だが、せっかく貰ったのに使わないというのは、変に意識しているようで、逆におかしくないだろうか?
 悩んだ末、美空は使う事に決めたのだった。
「似合ってる」
 紫雲の瞳が、眩しげに弧を描く。
「ありがとう」
 美空は咄嗟に視線を逸らした。

「小雨になって良かったね」
 ギアをドライブに入れながら、美空はさらりと言った。
 普通に話そうとすればするほど、舌がもつれそうになる。
 不自然じゃなかっただろうか? 美空が自分に問いかけた時、「でもラッキー」紫雲が声を弾ませた。
「おかげで美空さんから迎えに来てもらえた」
ピースサインを作りながら、紫雲がにんまり笑った。
「まったく……」
 危うくにやけそうになるのを必死でこらえ、美空はそっとアクセルを踏んだ。

 帰宅ラッシュが始まる前で、道は比較的空いていた。
 何度目かの赤信号で、美空は紫雲に視線を流した。
「鍵、実は今日もあったりして」
「はは。今日は本当に忘れたんだよ」
「今日は?」
「あ……」
 一瞬バツの悪そうな顔をした後、「バレてたの? だっさ」紫雲は小さく肩をすくめた。

 やはり、恵令奈と哲太の読みは当たっていたのだ。
 今更ながら、彼らの洞察力には驚かされる。
 いや。ただ単に、自分が鈍感すぎるのか?
「なんで、そんな嘘?」
 にっと笑った後、「青」紫雲は信号を指さした。
「あ、ああ……。ごめん」
 美空は再びアクセルを踏み込んだ。

「何でだと思う?」
 ゆったりとしたハスキーな声が、車中に漂う。
 紫雲の視線を左側に感じながら、「わからない」やっとの事で、美空は声を絞り出した。
「行ってみたかったんだ。美空さんの部屋」
 ドクンと一つ、美空の心臓が大きな音を立てた。
 ハンドルを持つ手が小刻みに震える。動揺を悟られないよう注意しながら、美空はゆっくり息を吸った。

「なんで、私の部屋に?」
 少しの間、沈黙が流れる。
 時間にすれば数秒だろう。だが、今の美空にとっては、それは永遠ともとれるような時間だった。
 ふっと息を吐くと、「……別に……」深く座り直し、紫雲は窓の外に視線を移した。
「ただの興味本位?」
「興味本位って……?」
「だって、興味あるじゃん。女性の一人暮らしって」
 車窓を流れる景色を眺めながら、紫雲は抑揚のない声で答えた。

「……そう……」

 これ以上、美空に会話を続ける勇気はなかった。
 顔を向こうへ向けたまま黙り込む紫雲の姿が、美空の視界の端に映った。
 その無表情の横顔に、美空の胸は酷く震えた。

 自分は一体、どんな答えを期待していたのだろうか?
 無意味な問いが、美空の胸を通り過ぎる。
 例え、期待通りの言葉を得られたとしても、それに応える資格などないと言うのに……。

 聞かなければ良かった。

 何度も後悔したが、後の祭りだった。
 カーオーディオから流れるJ-POPの楽し気な歌だけが、場違いな音色を奏でていた。

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