36 / 90
冗談だよ
2
しおりを挟む紫雲の高校までは、園から車で十分くらいだ。
下校のピークは過ぎたらしく、校門から出てくる学生はまばらだった。
校舎に沿って車を止めるとすぐに、サイドミラーに大きな黒い傘をさして小走りに駆けて来る一人の男子学生の姿が映った。
「お待たせ」
助手席のドアを開けて顔を覗かせた後、紫雲は後方に「じゃあな」と大きく手を振った。
「お友だち?」
シートベルトを締める紫雲に、美空が聞いた。
「うん。同じクラスのやつ」
バックミラーに視線を向けると、こちらを見ている男女二人の学生の姿があった。
二人は何やら話しながら暫くそこに佇んでいたが、やがて向こうへと歩き出した。赤と紺の二色の傘が、次第に遠ざかって行った。
「それ、使ってくれてるんだ」
シュシュを指差し、紫雲が嬉しそうに笑った。
「ああ、うん。子どもたちにも可愛いって褒められたよ」
頭にそっと手を添えると、美空は伏し目がちに答えた。
シュシュに込められた紫雲の想いが真実だとしたら、使わない方が良いのかも知れない。だが、せっかく貰ったのに使わないというのは、変に意識しているようで、逆におかしくないだろうか?
悩んだ末、美空は使う事に決めたのだった。
「似合ってる」
紫雲の瞳が、眩しげに弧を描く。
「ありがとう」
美空は咄嗟に視線を逸らした。
「小雨になって良かったね」
ギアをドライブに入れながら、美空はさらりと言った。
普通に話そうとすればするほど、舌がもつれそうになる。
不自然じゃなかっただろうか? 美空が自分に問いかけた時、「でもラッキー」紫雲が声を弾ませた。
「おかげで美空さんから迎えに来てもらえた」
ピースサインを作りながら、紫雲がにんまり笑った。
「まったく……」
危うくにやけそうになるのを必死で堪え、美空はそっとアクセルを踏んだ。
帰宅ラッシュが始まる前で、道は比較的空いていた。
何度目かの赤信号で、美空は紫雲に視線を流した。
「鍵、実は今日もあったりして」
「はは。今日は本当に忘れたんだよ」
「今日は?」
「あ……」
一瞬バツの悪そうな顔をした後、「バレてたの? だっさ」紫雲は小さく肩をすくめた。
やはり、恵令奈と哲太の読みは当たっていたのだ。
今更ながら、彼らの洞察力には驚かされる。
いや。ただ単に、自分が鈍感すぎるのか?
「なんで、そんな嘘?」
にっと笑った後、「青」紫雲は信号を指さした。
「あ、ああ……。ごめん」
美空は再びアクセルを踏み込んだ。
「何でだと思う?」
ゆったりとしたハスキーな声が、車中に漂う。
紫雲の視線を左側に感じながら、「わからない」やっとの事で、美空は声を絞り出した。
「行ってみたかったんだ。美空さんの部屋」
ドクンと一つ、美空の心臓が大きな音を立てた。
ハンドルを持つ手が小刻みに震える。動揺を悟られないよう注意しながら、美空はゆっくり息を吸った。
「なんで、私の部屋に?」
少しの間、沈黙が流れる。
時間にすれば数秒だろう。だが、今の美空にとっては、それは永遠ともとれるような時間だった。
ふっと息を吐くと、「……別に……」深く座り直し、紫雲は窓の外に視線を移した。
「ただの興味本位?」
「興味本位って……?」
「だって、興味あるじゃん。女性の一人暮らしって」
車窓を流れる景色を眺めながら、紫雲は抑揚のない声で答えた。
「……そう……」
これ以上、美空に会話を続ける勇気はなかった。
顔を向こうへ向けたまま黙り込む紫雲の姿が、美空の視界の端に映った。
その無表情の横顔に、美空の胸は酷く震えた。
自分は一体、どんな答えを期待していたのだろうか?
無意味な問いが、美空の胸を通り過ぎる。
例え、期待通りの言葉を得られたとしても、それに応える資格などないと言うのに……。
聞かなければ良かった。
何度も後悔したが、後の祭りだった。
カーオーディオから流れるJ-POPの楽し気な歌だけが、場違いな音色を奏でていた。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
恋とキスは背伸びして
葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員
成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長
年齢差 9歳
身長差 22㎝
役職 雲泥の差
この違い、恋愛には大きな壁?
そして同期の卓の存在
異性の親友は成立する?
数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの
二人の恋の物語

手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】
まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と…
「Ninagawa Queen's Hotel」
若きホテル王 蜷川朱鷺
妹 蜷川美鳥
人気美容家 佐井友理奈
「オークワイナリー」
国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介
血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…?
華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる