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食べたいのはどっち?
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しおりを挟む食後のデザートを用意していると、「綺麗ね……」ため息交じりの声が、ドレッサーの方から聞こえてきた。
婚約指輪を眺めるうっとりとした恵令奈の瞳が、鏡越しに輝いた。
「ああ、それ。晴斗さんから……」
「素敵な指輪。なかなかやるわね、晴斗さん」
箱ごと持ち上げると、恵令奈はそれを部屋の明かりにかざした。蛍光灯の下でさえも見事な輝きを放つ様子が、キッチンからも見て取れた。
「何カラットあるのかしら?」
「もう。下世話な想像しないで」
紅茶とフルーツタルトをテーブルに置きながら、美空は眉間にしわを寄せた。
「で? これが昨日の紫雲君の手土産ね」
恵令奈は先程の場所に座り直すと、昨日紫雲が持ってきたフルーツタルトの隣に、婚約指輪を並べて置いた。
「それ、隣に置く意味ある?」
「意味があるから置くんじゃない。そのシュシュも置きたいくらいだわ」
美空の頭を指差し、恵令奈が皮肉な笑みを浮かべた。
「どうしてこれが、紫雲君からのプレゼントだってわかったの?」
髪を結わえているシュシュに触れながら、美空が聞いた。小花の柔らかい感触が、手のひらを優しくくすぐる。
「そんなの簡単よ」
恵令奈は顎の下に手を組むと、さも可笑しそうに種明かしをした。
「だって美空、昨日誕生日だったじゃん。で、今日から新しいシュシュをして来たって事は、誰かからのプレゼントに違いないって思ったわけ。でも私が知っている限り、誕生日当日にプレゼントするような近しい人間は、晴斗さんと紫雲君しかいない。で、紫雲君かな? って思ったわけ」
「なんで晴斗さんじゃないって思うの?」
「だって、そんな安っぽいプレゼント、晴斗さんがするわけないもん」
「安っぽいって……」
「ああ、ごめんね。そうじゃなくて……」
申し訳なさそうに髪をかき上げると、恵令奈は言い直した。
「晴斗さんなら、こっちだって思ったから……」
恵令奈が指輪を差した。
「結婚の約束をした人が贈るものって言ったら、婚約指輪じゃない?」
「あ……。なるほど」
種を明かせば簡単な事だ。
美空は改めて自分の恋愛偏差値の低さを痛感した。
「それにしても……。美味しそうね。このフルーツタルト」
四方八方から眺めながら、恵令奈が顔を綻ばせた。
「登坂家の誕生会でデコレーションケーキを食べたから、昨日はフルーツタルトにしたんだと思う」
「へぇ。ちゃんと考えてんだ。紫雲君」
「そうだね……」
「愛されてんなぁ」
「なにがっ?」
「だってそうでしょ? ケーキばっかりじゃ美空が飽きると思って、毛色の違うタルトにしたんじゃない?」
「ただ単に、自分が食べたかったからじゃ……」
「本気でそう思ってる?」
「うっ……」
「いい加減、現実を見なよ」
目の前に並べられた婚約指輪とフルーツタルトがそれぞれ違った輝きを放ち、美空の心を刺激する。
指輪を見た後、逃げるように去って行った紫雲の後ろ姿が、脳裏にこびりついたまま離れない。
「恵令奈は、いつ気付いたの?」
視線を上げずに、美空は聞いた。恵令奈の顔を見るのが怖かった。
「何に?」
「だから……。紫雲君が、私の事を……」
「ああ。紫雲君の気持ち?」
「うん……」
「そんなの最初からに決まってんじゃん」
「へっ?」
思わず美空は顔を上げた。恵令奈の確信に満ちた瞳が、そこにあった。
「言ったよね? 恋人同士みたいだって」
「あ……。運動会の打ち上げで……?」
「そ。あの時の美空を見る紫雲君の目が、普通じゃないなって」
「普通じゃ……ない……?」
「うん。まるで愛しい人を見つめるような、優しい目をしていたから」
「目……」
「まあ、女の勘ってやつね」
得意そうに、恵令奈はふふんと鼻を鳴らした。
恵令奈も哲太も、紫雲の目から、秘められた感情を読み取っている。
それに気付かなかったのは、美空だけだ……。
美空が自分の鈍感さに呆れていると、「私はね……」フルーツタルトを突きながら、恵令奈が静かに言葉を紡いだ。
「このまま紫雲君の気持ちに気付かないフリをして、何食わぬ顔で晴斗さんと結婚するのが一番賢い選択だと思うよ」
「そう……だね」
美空は素直に頷いた。
「でもね……。人の気持ちは正論ばかりじゃないから」
「恵令奈……」
「自分の気持ちに嘘つきながら生きていくのは苦しいよ」
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