23 / 90
ざわつく気持ち
2
しおりを挟む「ただ単に、母親に甘えてみたいだけなんじゃ……」
「もしもよ? もしも紫雲君が、美空の事を母親として見ていなかったとしたら?」
「えっ……?」
恵令奈の言葉に、あの日の紫雲が蘇る。
――母親だなんて……思ってない……。
美空の脳裏に、今までの紫雲の言動が駆け巡る。
紫雲の部屋で誕生カードの写真を見た時に絡んだ視線。
オムライスを食べた後の、思い詰めた様な表情。
「今もまだ……」の言葉の続き。
全く気にならなかったと言えば、嘘になる……。
「もし紫雲君が、美空を一人の女性として見ているんだとしたら?」
「何言って……」
急に喉の渇きを覚え、美空はゴクリと喉を鳴らした。
「ま、必要以上に親しくしない方が、お互い身の為なんじゃない? 向こうは思春期真っ盛りの多感な年頃だしね」
「ちょっと待ってよ。まだそうと決まった訳じゃ……」
「そうですよ、恵令奈さん。もう少し様子を見てからでも……」
二人に感化され、完全にプラベートモードになったらしい哲太が、恵令奈を『さん』付けで呼び始める。
「そんなこと言って、取り返しのつかない事になったらどうすんの?」
「取り返しのつかない事って……?」
「例えば……。逆に、美空が紫雲君を男として意識しちゃうとか?」
「そんな事……!」
「絶対無いって言い切れる?」
「な……無いよ! そんな事、あるはず無い!」
恵令奈の瞳をしっかりと見据え、美空はきっぱり言い切った。
「ふぅん」
鼻から息を吐くと、恵令奈は腕を組み、椅子の背もたれに寄りかかった。
「わかった。美空がそこまで言うなら信じよう」
「恵令奈……」
「ただし」
人差し指をピンと立てると、恵令奈は眼光鋭くピシャリと言った。
「万が一そうなった時は、真っ先に私に相談する事」
「何で?」
「そりゃもちろん、あんたより私の方が得意だからよ。この手の話」
「な、なるほど……」
妙に納得した美空が、恵令奈を見つめて頷いた。
「あのぉ……」
突然哲太が、おずおずと右手を挙げた。
「何?」
二人の視線が哲太に集まる。
哲太の目は、真っ直ぐ美空に向けられていた。
「最悪、俺って手もありますが……」
「はいっ?」
美空の茶色がかった瞳が丸くなる。
「二十七歳独身。彼女なし。そん中じゃ俺、最優良物件だと思うんすけど」
「はあぁぁ? あんた何言ってんの?」
眉間に皺を寄せ、恵令奈が哲太に怪訝そうな目を向けた。隣の恵令奈を一瞥した後、哲太は美空に向き直った。
「もしもの時は、俺が屍、拾ってあげますから」
「いや、死なないし……」
呆れた顔で、美空が答えた。
「あんたって、ほんと馬鹿ね」
恵令奈の言葉に、哲太が「名案だと思ったんだけどなぁ」と首を捻る。
「ありがとう。ジョーカーとして大切に取っとくよ」
美空がにっこり微笑んだ。
「やめときな。本気にするから」
「ええーっ? 割と本気だったんすけどねぇ」
「ばっかじゃないの?」
「あははは」
恵令奈と哲太のやり取りを見て、ようやく美空に笑顔が戻った。
「あ! やばい! 終礼の時間!」
恵令奈が時計を見て慌てて席を立った。
「ほんとだ! 行かなきゃ!」
続いて席を立つと、「てっちゃん! 行くよ!」美空は哲太に声を掛けた。
「あ、ちょっと! 待って下さいよぉー!」
急いで筆記用具を搔き集めると、哲太も二人の後を追った。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
恋とキスは背伸びして
葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員
成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長
年齢差 9歳
身長差 22㎝
役職 雲泥の差
この違い、恋愛には大きな壁?
そして同期の卓の存在
異性の親友は成立する?
数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの
二人の恋の物語

手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】
まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と…
「Ninagawa Queen's Hotel」
若きホテル王 蜷川朱鷺
妹 蜷川美鳥
人気美容家 佐井友理奈
「オークワイナリー」
国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介
血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…?
華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる