聖女と呼ばれても、そこそこ暮らしが一番です~秘密の種は異世界お婆ちゃんの知恵袋~

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GMG-011「上向く生活と産まれる余裕」

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「ぐるぐるまーわしてー、できあーがりっ」

「その歌は必要なのかい、お嬢」

 なぜか疲れた感じの声を聞きながら、私は恐らく笑顔で声の主である鍛冶屋さんに振り返る。
 2人のいる空間には、普段と違い、とても甘い匂いが漂っていると思う。
 その匂いの正体は、はちみつ。

 先ほどの歌は、手回しの遠心分離機を動かした時の物だ。
 別に魔法という訳じゃないけれど、このぐらいがちょうどいいのだ。

「必要と言えば必要ですよ。ほら、こうやってとるのにちょうどいい速さがあるんですよ」

 親方に容器を覗き込むように言えば、底に溜まっているはずのそれを見たのか頬が緩む。
 飛び散らないようにって考えたけど、改良の余地はある。
 養蜂業って言ったかな? それを実現するには、養蜂だけでなくこっちも効率よくしないといけない。

(とはいえ、そのあたりは領主様と職人さんと相談だよね)

 私の場合は、種を撒いて芽吹かせるまでがお仕事だ。
 後は自分が使う分だけはもらうとして、大儲けを狙うつもりはない。
 やっぱり、大きな話は身に余ると思うのだ。

「最初、見学に来た時に大声を上げたと思ったら、こんな話になるとはなあ」

「その際にはご迷惑を……だってあんな風に蜂の巣がぽんっと置かれてるとは思わなくて」

 そうなのだ。最初は、何か便利な物が作れないかを相談するために工房を見に来た私。
 普段は農具や、船の金具なんかを作っているという工房は興味深い物ばかりだった。
 私は他の土地の技術をよく知らないけれど、ちゃんとお婆ちゃんの記憶にあるねじとかもあったのだ。

 色々話を聞こうと思ったところで、後ではちみつを絞る予定だったという蜂の巣が転がっていたわけ。
 容器自体は他の物を使えばよかったし、仕組み自体は簡単だからすぐに試作品が出来上がった。

「これでこっちの容器に入れてっと。はい、出来上がりましたよ」

「悪いな。なるほど、いちいち絞らなくてもいいし、食べやすい。手でやるとロウがすごい邪魔なんだよな。これならそのまま丸ごと使えるな」

 満足そうな親方の笑顔に、こっちまで嬉しくなる。
 近くで養蜂をしてるって聞いたことが無いけれど、自然に手に入れたにしては、形が良すぎる。
 もしかしたら、毎年巣をつくる場所を把握している猟師さんなんかから買ってるのかな?
 熟練の猟師さんなら、巣箱的な物を作るぐらいはするかもしれない。

「親方が取ってくるんですか?」

「とんでもない。知り合いの猟師から買うんだよ。袋1つでいくらってな」

 やはり、買い取っているらしい。
 運よく名前なんかを聞きだせたので、また今度お話に行くことにしよう。
 はちみちはお薬代わりになるぐらい、非常にいい物なのだし……甘いものに飢えているのだ。
 砂糖は、正直高い。

「それにしても、なんだか色々使えそうな道具だな」

「うん。何か急に乾かしたいときとかに使ったりも出来るよ」

 かなり特殊な使い方だとは思うけれど……お婆ちゃんはそれで乾かしていた時もあったみたい。
 お医者さん用の使い方なんかはまだこれじゃできないし、やる人もいない。
 手回しだとせいぜい元から別れやすい奴を……ああっ!

「バターや生クリームが作れるっ!」

「よくわからんが、必要な物があればまた言ってくれ」

 ありがたい言葉を頂いたので、さっそく別の注文を行う。
 お婆ちゃんの記憶で言うと、ミルクセパレータって言うんだって。
 手回しのもあったはずなので、その記憶を参考に作ってもらう。

 数日後、出来上がったそれを持ち帰った私は近くの牧場から牛乳を買い、実験を開始した。
 十分に温めて、装置に注いでぐーるぐる。ひたすら回転させていき……。

「なんだか不思議な食感ね」

「おかしにも使えるのよ」

 たまたまいたサラ姉と、2人で試食しながらの会話。
 ちなみにこの場には弟と妹もいるのだけど、2人ともなんだか夢中で生クリームを舐めている。
 どの時代、どの世界も子供がこういうのが好きなのは変わらないのかもしれない。

 一通りの実験は終わり、色々使えることが判明したので……暇を見て領主様にお手紙を書こう。
 先日の別れ際、これで用件があれば伝えるといい、といくつもの便箋のようなものを貰った。
 なんでも、定期的に視察?ってやつでこの前の伝令なおじ様が町に来ているらしく、彼に渡せとのこと。

 孤児がすらすらと字を書けるのも、どこかで問題になるかもしれない。
 そう考えた私は、おじ様に代筆を頼むことにした。
 子供相手だというのに嫌な顔1つせず、おじ様は引き受けてくれた。

「面倒じゃないですか?」

「そうでもないさ。未知をいち早く知ることが出来る。むしろ、領主様に叱られるかもしれないね。お前が一番早く知るのが羨ましいってね」

 どうやらおじ様は面白い人のようだった。私の不安を、そんな風にして蹴り飛ばしてくれたのだ。
 一通り、報告する物を書いてもらい、実演に必要な物もお願いする。
 今回で言えば、新鮮な牛乳であったり、ハチの巣だったり。

 それからさらにしばらく。そろそろ春の気配が漂ってきて、サラ姉とのある意味での別れが近づいたころ。
 私は再び領主様の館に呼び出され、小さい体で必死に実演することになったりした。

「出来上がった物の使い道は料理人にさせよう。だが、良い予感がするな」

「奥方様などには好評だと思いますよ。私も女だからわかります」

 相変わらずの、敬語とそうでない言葉の混ざり具合が我ながら気になるけれど、仕方がない。
 領主様は良しとしてくれているのでこのまま行こうと思う。

 ともあれ、いくつかの仕組みは買い上げとなり、自分の分で作るには自由、販売は許可を取る、ということになった。
 これが上手く普及して、シーベイラの新しい名物とかが出来てくるといいのだけど……気が早いかな?

 領主様の館からの帰り道。馬車の中で、あたたかな日差しを浴びながらそんなことを考えるのだった。



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