上 下
25 / 31

OGN-025

しおりを挟む


 周辺地域でも一番の賑わいを誇る城塞都市クロスロード。敷地内にダンジョンを1つ、管理下にしているという特殊な状況と流通の要となれる立地、それを担うだけの人口が支えていた。

 そんな都市で、オーガに転生した俺がたどり着いたのは偶然か、それともいるかどうかも知らない神様のおかげなのか。出来れば運命なんて言葉で片付けたくはないところだが、最初は1人で始めた何でも屋の赤鬼堂。偶然から出会った獣人姉妹のファリスとラコナちゃん。狐な姉と狸な妹というもふもふのたまらない2人とで今日も仕事をこなしている。

「おとどけものでーす」

「おお、無事に届いたか」

 今日訪ねたのはクロスロードでも防衛を担当している騎士みたいな人の1人。やってきたのは……領主の館というか砦?な一区格である。俺達以外にも物資を運びに来た商人らしき相手もいる。彼らはすぐに戻っていった。彼らには真面目な態度のわりに、着飾りすぎない程度に身なりを整えたラコナちゃんの姿には甘い感じを受ける。

「裏に回ってくれ」

「いきましょ、タロー」

 頷き、馬代わりに引いてきた荷台をここまでそうしてきたように引っ張っていく。ゴムタイヤなんてないから外では揺れるのはしょうがないが、クロスロードの都市内部はほとんど問題ない道ばかりである。大事に使っていればその道沿いの住民にお金が支払われている補修代の余りを使っていいとなっているため、誰もが気を使うのだ。

 ともあれ、裏手へと周り荷台から木箱を運び込む。普人の大人数名でやっとであろうものを俺一人で運ぶ物だから視線が集まってくる。オーガだからな、このぐらいはお手の物だ。

「例のブツはどちらへ」

「うむ。こちらへ頼む。しかし……本当にあるのだろうか? にわかには信じられ……なんと」

 今回運んできた木箱の中身は諸々の物資。ただし、それ自体は普段から買う程度の物で実は囮である。本命は……今取り出した木箱だ。風船が膨らむかのように出現する木箱は先ほどまでは間違いなくなかった。俺の腰にある一見すると古ぼけた袋の中にあったのだ。

「中身も……おお、問題なさそうだ。領主様も喜ぶだろう」

 その後も本命側の物資を倉庫へと運び込み、仕事が終わる。報酬を貰うところだが、今回は別の物を貰って赤鬼堂へと戻るのだった。

 外から見ると、普通に荷台で荷物を運んできて終わっただけの仕事。けれども、その実態はクロスロードが仕掛けようとしている作戦の一環である。何者かが、クロスロードへと魔の手を伸ばそうとしているのだ。物資を着服し、私腹を肥やしていた者もいた。北の土地へとつながる道もあった。色々と見えてくるものがあるのだが……。

「私たちが動くべきかどうかは別の話よね」

「ああ。クロスロードに味方はするが、それだけさ」

 まだ全容は見えてこないし、相手がどういう相手なのかもわからない。こんな世の中だ……攻めて攻められはありえる。全てを治める王、がまだ世界にはいないし、今後も多分出てこないだろう。北に見える山の向こうには、別の国、別の都市があるはずなのだ。そうなれば世の常として……領土を奪う戦争だってあるかもしれない。

「とはいえ、今は自分たちの人生を楽しもう!」

「たのしもー!」

 別に勇者として魔王を倒すべく転生したわけでもない俺にとっては、お世話になってる婆ちゃんにも楽をしてもらいたいし、獣人な姉妹とも仲良く過ごしたい。何より、オーガの野性的な生活にはもう戻りたくないのである!

「それで報酬はコレにしたの?」

「そうだ。やはり高い物だからな」

 今回の物資輸送の報酬に、俺はその物資から分けてもらうことで交渉した。それは、砂糖。お金で買ってもいいのだが、そうなるとやはり高い。大量に買い付ける中から分けてもらう方が安いと思ったのである。結果、自分で買うよりも多く貰うことが出来た。白身が少ないが、立派に砂糖だ。

「あまーい!」

「ちゃんと保管しないといけないわね……って何してるの?」

 返事の代わりに、本来の用途は別であるお玉に砂糖を乗せて……そう、飴作りである。本当は重曹でもあればいいんだけどこのあたりでは見ないんだよな。作るにも方法がよくわからない。それらしい温泉でも見つかると良いのだが。

 最初が疑問を口にしていたファリスも、お玉の上で変化する砂糖に目を奪われているようだ。ラコナちゃんは……なにができるのー?といつもの笑顔。そんな彼女たちの前にさっそくとばかりに茶色がかった飴を差し出した。

「器用よね、オーガの癖に」

「はっはっは。誉め言葉だな」

 実際には前世な知識から適当に再現してるに過ぎない。厳密な分量なんかはやってみないとわからないから立派なお菓子は作れないが、真似事ぐらいなら出来る。その後も小麦粉なんかはあるので思いつく限りのお菓子類を再現して見せる。

「くっ、タロー! 私のお腹にどれだけの攻撃をしたら気が済むの!?」

「そうだな……恥ずかしくて外に出られないぐらいかなあ?」

「ラコナ、後で食べる……」

 少々やりすぎたようである。なまじ火の方はファリスに頼めるものだから調子に乗って簡単なクッキーだとかも作っていったら思いのほか好評だった。赤鬼袋、まあゲームで言うイベントリな袋が身に着けて魔力を吸わせてる限り中の時間も止まるらしいことも幸いである。卵なんかを放り込んであるのでいつでも新鮮なままなのだ。

 いつの間にか、晩御飯がいらないぐらいの量を作り、食べてしまっていた。それでも砂糖自体は十分在庫があるので輸送の仕事がそれだけ重要視されていたと言えるのだ。まあ、中には貴金属の類も多かったからな。

  こんな仕事を任せてくれるとは、何でも屋としてはとんでもないことだと思うのだ。クロスロードの領主、ラジエル……予想以上に俺たちを信頼してくれてるみたいだけど、どうしてだろうか? 何回か出会うことはあっても、そこまで親睦を深めた覚えはない。持ち逃げを考えないということは無いと思うのだが……。

「甘ったるい匂いがすると思えば……そろそろ片付けな。夜も近いよ」

「あ、婆ちゃん」

 俺が赤鬼堂を始めるのを手助けしてくれた人であり、ずっと亜人や変わり者が泊る宿屋を経営している婆ちゃんである。一見普人に見えるけど、元サキュバスだという。どこまで本当か……まあ、それはいいのだけど。

「タロー、今度は甘くないお茶うけでも作っておくれ」

「わかった。せんべいでも作るよ」

 そんなやり取りの後、軽く食事をして夜。明日からの仕事の準備をしながら時間を過ごしていた。

 月明かりと、ファリスの用意してくれた魔法の灯りを使いあれこれと簡単にだが確認と準備だ。少しばかり面倒だけど大事なことである。ふと手を止め、窓から空を見る。今日は随分と月明かりが強い。

「月が大きいな……」

「嫌な大きさだよ」

 独り言に、返事があった。驚いて振り返れば、部屋の入口に立っていたのは婆ちゃんだ。もう寝る前なのか、飾り気の全くないゆったりした服だ。ゆっくりした動きで部屋に入った婆ちゃんは俺の横に立って空を見る。なんとなく、その顔には皺以外があるように見える。

「時々……本当に時々だけどね。こうやって月が大きい時には世の中が騒がしくなる。魔物が大量にあふれたり、戦争が起きたり。タロー、心に従って生きるんだよ」

「……わかった」

 預言者のようなつぶやきを茶化すことも、否定することも出来ずに、その時の俺はただ頷くだけだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】陛下、花園のために私と離縁なさるのですね?

ファンタジー
ルスダン王国の王、ギルバートは今日も執務を妻である王妃に押し付け後宮へと足繁く通う。ご自慢の後宮には3人の側室がいてギルバートは美しくて愛らしい彼女たちにのめり込んでいった。 世継ぎとなる子供たちも生まれ、あとは彼女たちと後宮でのんびり過ごそう。だがある日うるさい妻は後宮を取り壊すと言い出した。ならばいっそ、お前がいなくなれば……。 ざまぁ必須、微ファンタジーです。

頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。

音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。 その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。 16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。 後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

転生嫌われ令嬢の幸せカロリー飯

赤羽夕夜
恋愛
15の時に生前OLだった記憶がよみがえった嫌われ令嬢ミリアーナは、OLだったときの食生活、趣味嗜好が影響され、日々の人間関係のストレスを食や趣味で発散するようになる。 濃い味付けやこってりとしたものが好きなミリアーナは、令嬢にあるまじきこと、いけないことだと認識しながらも、人が寝静まる深夜に人目を盗むようになにかと夜食を作り始める。 そんななかミリアーナの父ヴェスター、父の専属執事であり幼い頃自分の世話役だったジョンに夜食を作っているところを見られてしまうことが始まりで、ミリアーナの変わった趣味、食生活が世間に露見して――? ※恋愛要素は中盤以降になります。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

処理中です...