懐かぬ猫と寂しがり屋

希紫瑠音

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つながる想い

(4)

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 口を開かずに黙って歩く。

 後を歩く神野はどんな顔をしていかなんてわからないが、酷く落ち込んでそうな気がする。

 玄関のドアを開けても、その前で黙ったまま立っているので、

「おい、突っ立てねぇで、さっさと中へ入れよ」

 と怒鳴りつける。

「おじゃまします」

 遠慮がちに中へと入る神野に、座っていろとキッチンの椅子を指す。

 冷蔵庫から材料を取り出して焼き飯と中華スープを作る。

 具材は角煮の残りとねぎとレタスと卵。ごま油で香りづけをし、しょうゆを少々。

 香ばしい匂いが食欲をそそる。

「良い匂いだね」

 いつのまにか傍に神野がたっていて、

「お前、邪魔」

 わざと冷たくあしらう。

「葉月、まだ怒ってる、よね?」

 その言葉を無視し、チャーハンを皿に盛り、スープをカップにそそいだ。

「食え」

 向い合せに自分の分を置いて椅子に座って「頂きます」と手を合わせて食べ始めた。

「……頂きます」

 神野も同じように手を合わせてチャーハンを一口。沈んでいた表情が笑みにかわる。

 それから暫く黙って食事をしていたが、スプーンを置いて、

「許して欲しい」

 と頭を下げた。

 そう簡単に許されると思ったら大間違いだ。

「後で洗い物な。買い物も付き合えよ。重たいもん買うから」
「うん」
「後、なんとなくでああいうことをするな」
「本気でしたいと思ったら、していいの?」

 まさかそう返ってくるのか。 

「何を言って」
「拒まれてからずっと葉月のことを考えていた。で、答えに辿りついた」

 嫌な予感しかしない。

「お前がす……、むぐ」

 言わせまいと口を手でふさいでとめれば、ジト目を向けつつ手を引きはがされた。

「酷い、俺の告白を」
「からかうのもいい加減にしろよ」

 女子にモテるくせに、よりによって俺なんかに惚れるなんてありえない。

「からかってなんてないよ。見た目の中身のギャップがさたまらないっていうか」
「お前のなんて、これっぽっちも思ってねぇから」

 指でサイズを示してみせれば、

「それくらいしか思われていなくても君は優しいよね」

 眩しすぎる笑顔で返される。直視できなくて顔を背けようとすれば、神野の手が頬を包むように触れる。

「葉月の傍にいると心が満たされるよ」

 額がくっつきあって、あまりの顔の近さに鼓動が跳ね上がる。

「お、俺は、好きじゃねぇ」

 近けぇよと神野の胸を押して逃れると今度こそ顔を背けた。

「今はそれでも良い。俺が頑張ればいいだけのことだから」

 惚れさせるから、と、耳元で囁かれて。ぶわっと熱がこみ上げた。

「ふぁっ」

 俺は目を見開きながら囁かれた方の耳を手で覆う。

 その反応に楽しそうに笑い、

「さ、買い物に行こうか」

 とエコバッグと財布を手にする。

「え、あ」

 我に返り神野を見れば、いつもよりキラキラとしていて、目の錯覚と擦る。

 うん、いつもの憎たらしい神野だ。

「葉月」

 立ったまま神野を見ている俺に痺れを切らしたか、再度呼ばれて「今行くよ」と靴を履いた。







 買い物を済ませて家へと帰れば、透がリビングでテレビゲームをしていた。

 塾に行くまでは好きな事をしていていいと言ったのは俺だ。

「おかえりなさい。あ、神野さん。いらっしゃい」

 ゲームをやめてキッチンへとくると買ってきたものをしまう手伝いをする。

「透、おやつは?」
「まだ食べてない」

 塾に行く前に、少しでも腹の足しになればとオヤツを手作りで用意している。

 今日は神野に洗濯物を畳ませている間にフルーツ寒天を作っておいた。

「透、神野座れ」

 ガラスの器に入ったフルーツ寒天と、熱いお茶を煎れて置く。

「さっき作っていたのはこれか」

 目の高さに持ち上げて眺め、綺麗だなと言う。

「これを食べたら神野は帰れ」
「なんですぐに追い出そうとするかな」

 つれないよな、と、苦笑いをする。

 透はこれを食べたら塾に行ってしまう。ということは神野と二人きりになってしまう。

 あの告白を聞いた後で二人きりで部屋に居たくない。どうしても意識してしまいそうだから。

「一緒にいたくねぇからだ」

 出来るだけそっけなくそう口にすると、

「酷い。ねぇ、透君も思うよね」

 透に同意を求める。

「あはは。ただの照れ隠しだから」
「な、透!」

 お前、なんてことを言うんだよっ! くそ、頬が熱い。

 そこを手で覆って隠すが、

「耳、真っ赤だよ、お兄ちゃん」

 他の場所を言われてしまい、神野にもそこを見られてしまった。

「てめぇら、おやつ抜き!」

 寒天を奪おうとすれば、二人とも素早くそれを手にして食べ始める。

「美味い」
「うん、美味しい」

 二人そろって笑顔を向けられて、伸ばした俺の手は宙で止まる。

 兄弟じゃない癖に、なんで気が合うかな。しかもキュンとしてしまった。

「……おう」

 作った物を美味しいといって貰えるのは嬉しい。鼻頭を指で掻き、俺も皿を手にしてフルーツ寒天を食べ始めた。
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