上 下
5 / 24

看護師

しおりを挟む
 診療所に新しい看護師が入ったという話はあっという間に広がった。大抵の人がお世話になっている場所だ。うわさが広がるのも早い。

 しかも知り合いがパンを買いに来るたびに看護師の話をしていくのだ。

「診療所の看護師さん、ニコラさんっていうのよ。ほら、パルファンのドニちゃんいるじゃない。見た目はあんな感じよ」

 ドニはブレーズの友達で背が低くて可愛い顔をした子だ。

「そうなんですか」

 何故か気持ちが焦り落ち着かない。

「あらやだ、エメってば、やいているの?」
「え!?」

 そう言われて驚いた。

「そんなことないですよ」

 否定するように手を振るが、

「尻尾、膨らんでる」

 と言われて触れてみた。

「わぁ、本当だ」

 まさかそんなことになっているとは思わず、つかんだまま笑って誤魔化す。

「ドニみたいっておばちゃんがいうから、ニコラさんに期待しちゃったかな」
「あらやだ、そういうこと」

 そういうとまたねといってパン屋を出ていく。それを見送った後にエメは大きく息をはいてしゃがみこんだ。

 言われるまで気が付かなかった。焦りはニコラに対してだということを。まだ見ぬ相手にそんなことを思うなんて。

「ドニみたいな子だったら、ライナー先生、好きになっちゃうかも」

 同じ種族であり獣人の国にきたばかりなのだからエメよりもニコラの方が気になるだろうし、可愛いとなればなおさらだ。

「はぁ、俺の居場所がなくなっちゃうかな」

 そんなことを思ってしまうくらいなのだから、ライナーに番ができたら自分はどうなってしまうのだろう。よくも邪魔してはいけないなんて思えたものだ。それもきっと彼に浮いた話の一つもなかったからだろう。



 お昼に診療所へ行くのが嫌だと思ったことは一度もなかったのに今日は足が重く感じる。

 だが注文を受けているので診療所へは向かわないといけない。

 パンとライナーのお弁当をもって診療所へと行くと受付のモーリスへ声をかけて中へと入る。

「お待たせしました」

 明るく声をかけると、その中に見つけた。噂通り、可愛い人の子が。

「あ、はじめまして」
「はじめまして。エメさんですよね。お話に聞いていた通りです」

 笑顔を浮かべて両手で手を握りしめた。その仕草にドキッと心臓が高鳴った。

「ニコラさん、ですよね」
「名前を知っていてくれたんですね嬉しい」

 なんとかわいらしいのだろう。会ったばかりで好感のもてる人の子だった。

「ライナー先生がエメさんの話をたくさん聞かせてくれて。会うのがすごく楽しみだったんですよ」

 そんなふうに言われたら嬉しくないわけがない。

 後頭部に手をやり尻尾を揺らすと、ニコラが可愛いと口にする。

「ニコラさんのような可愛い方に言われると照れますね」
「そんなっ、エメさんの方が可愛いですよ」

 きゃっきゃと照れあいながら話をしていると、手にファイルを持ったライナーが間に割り込んだ。

「いいな、若者達が戯れる姿は」
「ライナー先生」

 パッとライナーの方へと顔を向けると、

「ライナー先生だってまだお若いでしょうに」

 ニコラがライナーの腕に触れた。

「あ」

 思わず声が出てしまい、それにふたりが反応してこちらへと顔を向けた。

「どうしたんだ?」

 腕に触ったからと何故声が出たのか。他のライナー先生や看護師が触れているのを何度か見たことがあるが、思わず声が出てしまうなんてことは一度もなかったというのに。

「うんん。ご飯食べようか」
「そうだな。ニコラ、このファイルを片付けておいて」
「わかりました」

 ファイルを受け取り、行ってらっしゃいと手を振った。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

ぼくは男なのにイケメンの獣人から愛されてヤバい!!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

世界で一番優しいKNEELをあなたに

珈琲きの子
BL
グレアの圧力の中セーフワードも使えない状態で体を弄ばれる。初めてパートナー契約したDomから卑劣な洗礼を受け、ダイナミクス恐怖症になったSubの一希は、自分のダイナミクスを隠し、Usualとして生きていた。 Usualとして恋をして、Usualとして恋人と愛し合う。 抑制剤を服用しながらだったが、Usualである恋人の省吾と過ごす時間は何物にも代えがたいものだった。 しかし、ある日ある男から「久しぶりに会わないか」と電話がかかってくる。その男は一希の初めてのパートナーでありSubとしての喜びを教えた男だった。 ※Dom/Subユニバース独自設定有り ※やんわりモブレ有り ※Usual✕Sub ※ダイナミクスの変異あり

魔王さんのガチペット

メグル
BL
人間が「魔族のペット」として扱われる異世界に召喚されてしまった、元ナンバーワンホストでヒモの大長谷ライト(26歳)。 魔族の基準で「最高に美しい容姿」と、ホストやヒモ生活で培った「愛され上手」な才能を生かして上手く立ち回り、魔王にめちゃくちゃ気に入られ、かわいがられ、楽しいペット生活をおくるものの……だんだんただのペットでは満足できなくなってしまう。 飼い主とペットから始まって、より親密な関係を目指していく、「尊敬されているけど孤独な魔王」と「寂しがり屋の愛され体質ペット」がお互いの孤独を埋めるハートフル溺愛ストーリーです。 ※第11回BL小説大賞、「ファンタジーBL賞」受賞しました!ありがとうございます!! ※性描写は予告なく何度か入ります。 ※本編一区切りつきました。後日談を不定期更新中です。

王子様のご帰還です

小都
BL
目が覚めたらそこは、知らない国だった。 平凡に日々を過ごし無事高校3年間を終えた翌日、何もかもが違う場所で目が覚めた。 そして言われる。「おかえりなさい、王子」と・・・。 何も知らない僕に皆が強引に王子と言い、迎えに来た強引な婚約者は・・・男!? 異世界転移 王子×王子・・・? こちらは個人サイトからの再録になります。 十年以上前の作品をそのまま移してますので変だったらすみません。

楽園に入学しました

ミヒロ
BL
根っからのビッチ、僕、遥斗は期待を抱き、全寮制の男子校に無事、入学しました。 ※ 表紙イラスト as-AIart 様- (素敵なイラストありがとうございます!)

騎士さま、むっつりユニコーンに襲われる

雲丹はち
BL
ユニコーンの角を採取しにいったらゴブリンに襲われかけ、むっつりすけべなユニコーンに処女を奪われてしまう騎士団長のお話。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

処理中です...