上 下
1 / 24

エメとライナー

しおりを挟む
 エメは街でパン屋を開いている。生地をこねる作業も、オーブンで焼いているときのにおいも大好きだ。

 お客さんの笑顔を見るのも好きだ。おいしかったという言葉を聞くと幸せになる。

 この店はもともと祖父と両親が切り盛りをしていたのだが、店が小さく別の街でここよりも大きな店を出すことにした。

 両親は祖父も一緒にと誘ったがここに残るといい、エメは祖父に憧れていたしこの街から離れたくなかったので残ることにした。

 それから年月が経ち祖父から店を譲り受けた。小さな店なので一人で十分回せるし、お昼休憩をとるために一時間店を閉めて、注文を受けた分のパンをかごに入れて診療所へと向かう。ここには獣人だけではなく人の子を診る医者もいる。

「こんにちは」

 受付に声をかけて医局へと向かう。

 そしてドアをノックして、

「パンの配達にきたよ」

 と中へ入る。医局にいる先生や看護師がエメに声をかけ、それにこたえた。

 パンを並べておけば代金を置いておいてくれるので、次に向かうのは診療室だ。

 ドアの前にライナーと名前が書かれておりそれを指でなぞる。そして息をはきドアをノックする。すると中から入って来いと声がしてドアを開いた。

「おう、エメ」

 白衣姿で顎髭をはやした、自分よりも十二歳年上の人の子だ。

「ライナー先生」

 尻尾をぶんぶんと振り鼻をくっつけてにおいをかぐ。これは昔からライナーに対するエメの癖で、こうすると気持ちが落ち着くのだ。

「おっさんの匂いなんか嗅いでも臭いだけだろう?」
「そんなことないよ。消毒液の匂い」
「はは、なんだそりゃ」

 頭をなでられると幸せな気分になり、キューンと甘えた声がでてしまう。だから成人の儀を終えているのに子ども扱いされてしまうのだろう。

「ライナー先生、ごはん食べよう」

 パンを入れていたかごの中にはパン以外にお弁当が二つ入っていた。

 忙しいと食事を抜いてしまうライナー先生を心配し、バランスの取れた弁当を用意しているのだ。

「エメ、いつもありがとうな。助かる」

 うまそうに手料理を食べてくれるのが嬉しい。だからライナーのために弁当を作るのがエメは好きだ。

「ライナー先生のこと心配だから勝手にしているだけだよ」
「俺が元気で医者をしていられるのはエメのおかげだな」

 そう言ってもらえるのが嬉しく、耳をぴんと立てて尻尾をぶんぶんと振るう。

「だって、ライナー先生のこと、大切だから」
「そうか。お兄ちゃんは嬉しいぞ」

 と笑う。ライナーは医者になるために十二歳で祖父と共に獣人の国へと来た。

 エメが生まれた日に立ち合い、歳の離れた兄のように甘やかしてくれるのだ。

「だからライナー先生には長生きしてもらわないとね」
「エメ、これからも俺のために美味い飯をよろしくな」
「任せてよ」

 自分の胸を拳でたたく。 ライナーの面倒を見るのは嫌ではないからだ。そういう相手はいないのだろうか。

 仕事をしている時以外、夕食まで一緒にいる。エメが側にいすぎて恋人ができない、ということはないだろうか。

 ライナーは優しいから何も言わないけれど本当は邪魔をしているのかもしれない。そう思うと不安になってきた。

「エメ、大丈夫か?」
「え、何!?」

 エメの顔を触り始めたライナーに驚いて声を上げた。

「急に黙り込むから具合でも悪くなったかと」

 心配させてしまったことに耳と尻尾を下げて頭を小さく下げた。

「大丈夫だよ。ぼけっとしてたね俺」
「あぁ。何もないならよいが」
「元気だよ。さ、ご飯食べよ」

 ご飯を食べて空になったお弁当箱をもって診療所を後にする。

 さすがに少しは控えるべきか。だが、それはそれで寂しい。

 声を掛けられて我に返る。

「エメ、どうしたの?」

 下から自分を覗き込んでいるのは子供の獣人で、つい最近、友達のブレーズと家族になったリュンだ。

 仕事中なのにぼんやりとしているなんて、さすがにこれはよくない。

「ごめんね。お会計?」
「うん、それもだけど。悩み事でもあるのかなって心配で」

 きっと顔にでてしまっているのだろう。店の中はひと段落しブレーズとリューンしかいない。

 口にすることで気持ちを切り替えようとブレーズに話を聞いてもらうことにした。

「あのさ、ライナー先生って優しくてかっこいいのに番がいないでしょう? それって俺が邪魔しているんじゃないかなって」

 それを聞いたブレーズの表情はその通りだと伝えている。それに気が付けなかったことにショックでテーブルに手をついてうつむいた。

「えっと、ライナー先生は邪魔だとは思っていないんじゃないかな」

 慰めるように肩から腕を撫でるブレーズに、ありがとうとその手を掴んだ。

「エメ、勘違いをしていないよね?」
「うん。大丈夫だよ」

 勘違いはしない。ブレーズは気を使って言ってくれたのだということを。

 やはりエメという存在が邪魔になっているのだ。大切な人のために自分の位置を考えなければいけない。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

ぼくは男なのにイケメンの獣人から愛されてヤバい!!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

僕のかえるくん

ハリネズミ
BL
ちっちゃくてかわいいかえるくん。 強くて優しいかえるくん。 僕の大好きなかえるくん。 蛙は苦手だけどかえるくんの事は大好き。 なのに、最近のかえるくんは何かといえば『女の子』というワードを口にする。 そんなに僕に女の子と付き合って欲しいの? かえるくんは僕の事どう思っているの?

騎士さま、むっつりユニコーンに襲われる

雲丹はち
BL
ユニコーンの角を採取しにいったらゴブリンに襲われかけ、むっつりすけべなユニコーンに処女を奪われてしまう騎士団長のお話。

世界で一番優しいKNEELをあなたに

珈琲きの子
BL
グレアの圧力の中セーフワードも使えない状態で体を弄ばれる。初めてパートナー契約したDomから卑劣な洗礼を受け、ダイナミクス恐怖症になったSubの一希は、自分のダイナミクスを隠し、Usualとして生きていた。 Usualとして恋をして、Usualとして恋人と愛し合う。 抑制剤を服用しながらだったが、Usualである恋人の省吾と過ごす時間は何物にも代えがたいものだった。 しかし、ある日ある男から「久しぶりに会わないか」と電話がかかってくる。その男は一希の初めてのパートナーでありSubとしての喜びを教えた男だった。 ※Dom/Subユニバース独自設定有り ※やんわりモブレ有り ※Usual✕Sub ※ダイナミクスの変異あり

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

俺は触手の巣でママをしている!〜卵をいっぱい産んじゃうよ!〜

ミクリ21
BL
触手の巣で、触手達の卵を産卵する青年の話。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

処理中です...