愛しき面倒な者へ

希紫瑠音

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万と一

酔っ払い

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 飲みに行くかと先輩の一人が言い出した飲み会だった。そこに通りかかった社長が俺も参加すると言い出して、他の課も巻き込んだ大規模な飲み会となった。



 酒は匂いですら苦手だという理由で飲みに誘っても上司である一ノ瀬いちのせは参加したことがない。だが、流石に社長の言葉には逆らえないようだ。

 眉間にしわを寄せ不機嫌な表情。流石に社長にはそんな顔をみせることはないが、席を離れた途端にそうなった。

 いつもそうだ。周りには怖がられているし、無駄話などしたときには睨んで黙らせる。

 それゆえに仕事の話しかしない。しかもわかりやすく短くまとめなければいけない。

 オブラートに包む言い方を知らないのか、ぐだぐだと話をするときつく言われてしまうからだ。

 仕事はできるし真面目、仕事で失敗した時も真っ先に動いてくれる。そんないい一面もあるのに、すべて見た目の怖さが台無しにしていた。

 強面な顔も愛想があれば恐がられずにすむのに。一ノ瀬を見ていたら目が合い、顔には不愉快だと書いてある。

 周りにどう見られようが別に構わない、万丈ばんじょうであったら周りを気にして愛想笑いを浮かべていたことだろう。

 へらりと笑みを浮かべ、パソコンの画面に目を向けた。



※※※



 飲み会の席。ハーレムを横目に静かに酒を飲む。

 同じ課のモテ男である十和田とわだと、別の課の王子こと千坂ちさかの周りを女子が囲んでいた。

 女子と一緒に飲みたい男どもがちゃっかり加わって盛り上がっていた。

 そこから非難するように百川ももかわ五十嵐いがらしが自分たちの席に加わって、すごいねと言いながら酒を飲んでいたのだが、酔った千坂を送るために百川が帰り、一ノ瀬の隣に座ろうとしたところに十和田が五十嵐をさらっていった。

 去り際に、十和田から一ノ瀬のことを頼むと言われたので、なぜだろうと思いつつも席を移動せずに隣で飲んで食べている。

 そこに女子がコーラですとコップを置いていった。

 甘い炭酸水だ。食事と合わなそうだなと思いながら眺めていると、何も言わずにそれを手にした。

「一ノ瀬課長ってジュース類を飲むんですね」

 飲み物はお茶か水、そんなイメージゆえについ口に出てしまった。

 勝手な思い込みを口にするものではない。すぐに謝るが、

「……別に、嫌いじゃない」

 そういうと眉間にしわが寄る。

 気まずくてうつむくと、残り少なくなったグラスが目に入り、好きだったのかとそっと彼を見る。

 するとなぜか顔が真っ赤になっていていた。

「一ノ瀬課長?」

 まさかとその残りを口にする。

「これ、コークハイだ」

 ウィスキーとコーラを割ったもの。酒が苦手だというのは酔いやすいからなのだろう。

「大丈夫ですか」
「……ん、あぁ」

 ぼんやりとしている。普段の一ノ瀬ではありえない姿だ。

「トイレに行ってくる」
「え、課長っ」

 いきなり立ち上がり、そして、よろめいた。

「わー、まって、俺も行きます」

 足にきているようだ。このままだと転ぶのではないかと心配になり席を立つ。

「一緒にトイレって、子供みたいだな」

 と頭を撫でられた。

「へ」

 なんたる不意打ち。固まる万丈を無視し、一ノ瀬はトイレのある場所とは別の方へと歩いていく。

「まって、そっちは外ですから」

 我に返り一ノ瀬の腕をつかみトイレへと向かうが、これ以上は飲ませないほうがよいかもしれない。

 トイレを済ませた後、会計の脇にある椅子に座らせる。

 社長は途中で帰ってしまったのですでにおらず、時間的にもそろそろお開きだろうからと先に帰ることを告げに行く。

 五十嵐が気が付いて、

「俺が送っていきます」

 と申し出てくれたが、大丈夫だからと一ノ瀬と自分の荷物を手にする。

「俺が送るよ。五十嵐に任せたと知られたら十和田さんに睨まれる」
「十和田さんなんて関係ないですよ」

 十和田は同じ部署の先輩だ。昔からお世話になりっぱなしで頭が上がらない。

 しかも五十嵐を円と呼び可愛がっていることを周りは知っている。

「冷たいなぁ」

 ぬっと大柄な男が後から五十嵐を抱きしめる。

 誰かと飲みながらもこちらを気にしていたのだろう。やはり来たかと苦笑いする。

「ちょっと、やめてください」
「五十嵐クン、課長は万丈に任せておけば大丈夫」
「いや、俺は、万丈さん助けて」
「あ……、十和田さんの相手は任せた」

 頑張れと両手を握りしめてポーズをつくると、五十嵐が親指を立て下向きにし返した。

 そんな態度をとるのは十和田がよほど苦手なのか、苦笑いをして鞄を手にして戻ると、一ノ瀬が壁にもたれかかりウトウトとしはじめていた。

「課長、帰りますよ」
「う……」

 一ノ瀬との関係は会社の上司と部下。それ以上に関わることもなかった。

 それなのに意外な一面を見てしまったから、こんな気持ちになったのだろう。




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