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十と五
苦手です
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五十嵐円の目の前。同じ課の先輩、十和田拾が頬杖をつき笑いかける。それが妙にさまになっていて鼻につく。
「見てないで手を動かしてください」
「んー、そうだな」
仕事も残業に突入し、終わりがまだ見えてこない。
現実逃避をしたところで仕事が終わるわけではないのだから手を動かしてほしい。
「十和田さん」
「拾ちゃん。そう呼んでくれたら頑張れそう」
それを無視して仕事を進めていく。
「俺のことをそう呼んでいたじゃない」
円がまだ中学生のころ、確かにそう呼んでいたが昔のことだ。
「仕事をしてください」
あまりにしつこいのでぴしゃりというと大人しく仕事をし始めた。
円の前ではうざいのに、他の人に対しては頼りがいがある仕事のできる男なのだ。
「むかつく」
ぼそりと呟き、パソコンのキーを打つ。
十和田は兄の百と従兄《じゅうけい》の一ノ瀬エンヤの一学年下の後輩だ。
はじめて会ったのは一ノ瀬の部屋で、その時はもう一人兄ができたようで嬉しかった。いつも優しくてかわいがってくれた。
兄や従兄弟に感じる好きとはどこか違う想い。顔を見れば胸が落ち着かないし、帰るときは寂しくて泣いてしまいそうになる。まだそれが恋だということには気が付かず、円は十和田に会うのを楽しみにしていた。
だが、十和田は円に会いに来るわけではない。百と一ノ瀬に会うついで。だから、はじめて二人きりになれた時は嬉しかった。
「悪いな。二人とも遅くなるって聞いてたのに早く来ちゃって」
「いいよ」
お茶とおやつを用意して、ちゃっかり隣に腰を下ろした。
円は自分のことをもっと知ってほしかった。
自分の好きなこと、苦手な科目、友達のことを話聞かせた。
「そうか。なぁ、円は好きな女の子はいないのか?」
その言葉に表情が強張る。
「え……」
友達の間でも好きな女の子の話になるが、円はあまりその話題が好きではなかった。
家族や従兄弟、そして十和田のことを聞かれれば楽しく話せるが、女の子の話で盛り上がれるのが意味が解らない。
一度だけ興味がないといったことがあるのだが、男が好きなのかと言われてしまった。
その時はそんなことはないと答えたが、その子はもし、そうだとしたら気持ち悪いよなといった。
もしや、十和田はそれを確認するために聞いたのだろうか。
友達の弟でしかない円が、十和田にべったりとしているのだ。おかしいと思っているのかもしれない。
「……そうか」
その時は辛くて下を向いていたから十和田の表情を見ていない。
ただ、頭に手をぽんと置き、
「用事を思い出したから帰るわ」
と百と一ノ瀬に会わずに帰ってしまった。
その日から十和田はあまり顔を見せなくなったし、円は受験勉強が忙しいと距離を置くようになった。
胸のもやもやと痛みはしばらく続いたが、それも時がたつにつれ薄らいでいった。
それなのに、まさか会社にいるとは。
だが、配属された部署は十和田のいる営業とフロアが違い、接点などなくて会わずにすんでいた。
それなのに、同じ課になってしまった。
段ボールに入れた荷物と共に移動してきた日、円を見た瞬間、昔のように優しい顔で迎え入れてくれた。
その瞬間、忘れていた胸の痛みを再び味わうこととなってしまった。
「円、そっちはどうだ?」
一足先に仕事を終えた十和田が声をかけてくる。
入力しなければいけない書類は三枚ほど。これならすぐに終わるだろう。
「もう終わります。十和田さん、先に帰ってください」
手伝ってもらうほどでもないし、待たれても困るのでそう声をかけるが、
「いや、待ってる」
との返事だ。一ノ瀬がいれば、「俺が待っているから」と言ってくれる。だが、万丈と出張に出ている。
「一ノ瀬さんから言われているから。残業をするものがいたら、お前が最後までいろと」
そういわれてしまったら帰れと言えなくなってしまう。
「そうですか」
余計なことを言ってくれたものだ。
居心地の悪い思いのまま仕事を進める。入力は終わり後は間違いがないかチェックをして完了だ。
「終わりました」
「そうか。帰ろうか」
「あ……、俺、トイレ行くんで。先にどうぞ」
一緒に帰るなんて勘弁してほしい。それなのに、
「待ってる」
相手は引き下がらない。しかも鞄を奪われてしまった。
しかたなく、たいして行きたくもないトイレに行き手を洗って出てくる。
外で十和田が五十嵐の鞄を手に待っていた。
「随分早いな」
「はぁ」
鞄を受け取りエレベーターへと向かう。
「あの、俺のことを構いたがりますが、十和田さんのことは会社の先輩としか思ってませんので。円と呼ぶのもやめてください」
馴れ馴れしくされるのも名前を呼ばれるのも嫌だった。距離が近く感じてしまう。
「そう。でも俺はこれからも円と呼ぶし可愛がる」
諦めなさいと頭を撫でられて、その手を払いのける。
このやり取りは何度かしている。だが、聞いてはくれないのだ。
外に出ると、駅とは反対側の方へと歩き出す。
「円、どこへ行くんだ」
「帰るんですよ。それではお疲れさまでした」
駅よりバス停の方が家までの距離が遠いが、一緒にいきたくないのでバス停へと向かおうとする。だが、肩に手を回される。
「バスだと遠いだろ」
「あなたと行くのが嫌なんです」
「同じ駅を利用しているからか?」
そうなのだ。つい最近、十和田が同じ駅の方へと引っ越してきた。
朝、十和田と会った時には驚いた。百が一ノ瀬に聞いたのかと疑ったが、どうやらそうではなくたまたまだという。
「そうです」
「わかった。俺がバスを使うからお前は電車で帰れ」
またなと手を振りバス停の方へと向かって歩いていく。
なんだかんだと理由をつけて一緒に帰ると思っていた。あっけない態度に円は冷静になる。
これは自分の都合だ。それに十和田をつき合わせてはいけない。
「待ってください。駅まで一緒に行きましょう」
「あぁ」
「駅は使いますけど車両は別にしますから」
「はは、そうきたか」
頭にぽんと手を置き撫でられる。
「ちょっとっ」
昔は嬉しかったのに、後ろに下がってその手を避けた。
「円の髪は昔から柔らかいな」
そういって笑う姿に胸が痛んだ。
「見てないで手を動かしてください」
「んー、そうだな」
仕事も残業に突入し、終わりがまだ見えてこない。
現実逃避をしたところで仕事が終わるわけではないのだから手を動かしてほしい。
「十和田さん」
「拾ちゃん。そう呼んでくれたら頑張れそう」
それを無視して仕事を進めていく。
「俺のことをそう呼んでいたじゃない」
円がまだ中学生のころ、確かにそう呼んでいたが昔のことだ。
「仕事をしてください」
あまりにしつこいのでぴしゃりというと大人しく仕事をし始めた。
円の前ではうざいのに、他の人に対しては頼りがいがある仕事のできる男なのだ。
「むかつく」
ぼそりと呟き、パソコンのキーを打つ。
十和田は兄の百と従兄《じゅうけい》の一ノ瀬エンヤの一学年下の後輩だ。
はじめて会ったのは一ノ瀬の部屋で、その時はもう一人兄ができたようで嬉しかった。いつも優しくてかわいがってくれた。
兄や従兄弟に感じる好きとはどこか違う想い。顔を見れば胸が落ち着かないし、帰るときは寂しくて泣いてしまいそうになる。まだそれが恋だということには気が付かず、円は十和田に会うのを楽しみにしていた。
だが、十和田は円に会いに来るわけではない。百と一ノ瀬に会うついで。だから、はじめて二人きりになれた時は嬉しかった。
「悪いな。二人とも遅くなるって聞いてたのに早く来ちゃって」
「いいよ」
お茶とおやつを用意して、ちゃっかり隣に腰を下ろした。
円は自分のことをもっと知ってほしかった。
自分の好きなこと、苦手な科目、友達のことを話聞かせた。
「そうか。なぁ、円は好きな女の子はいないのか?」
その言葉に表情が強張る。
「え……」
友達の間でも好きな女の子の話になるが、円はあまりその話題が好きではなかった。
家族や従兄弟、そして十和田のことを聞かれれば楽しく話せるが、女の子の話で盛り上がれるのが意味が解らない。
一度だけ興味がないといったことがあるのだが、男が好きなのかと言われてしまった。
その時はそんなことはないと答えたが、その子はもし、そうだとしたら気持ち悪いよなといった。
もしや、十和田はそれを確認するために聞いたのだろうか。
友達の弟でしかない円が、十和田にべったりとしているのだ。おかしいと思っているのかもしれない。
「……そうか」
その時は辛くて下を向いていたから十和田の表情を見ていない。
ただ、頭に手をぽんと置き、
「用事を思い出したから帰るわ」
と百と一ノ瀬に会わずに帰ってしまった。
その日から十和田はあまり顔を見せなくなったし、円は受験勉強が忙しいと距離を置くようになった。
胸のもやもやと痛みはしばらく続いたが、それも時がたつにつれ薄らいでいった。
それなのに、まさか会社にいるとは。
だが、配属された部署は十和田のいる営業とフロアが違い、接点などなくて会わずにすんでいた。
それなのに、同じ課になってしまった。
段ボールに入れた荷物と共に移動してきた日、円を見た瞬間、昔のように優しい顔で迎え入れてくれた。
その瞬間、忘れていた胸の痛みを再び味わうこととなってしまった。
「円、そっちはどうだ?」
一足先に仕事を終えた十和田が声をかけてくる。
入力しなければいけない書類は三枚ほど。これならすぐに終わるだろう。
「もう終わります。十和田さん、先に帰ってください」
手伝ってもらうほどでもないし、待たれても困るのでそう声をかけるが、
「いや、待ってる」
との返事だ。一ノ瀬がいれば、「俺が待っているから」と言ってくれる。だが、万丈と出張に出ている。
「一ノ瀬さんから言われているから。残業をするものがいたら、お前が最後までいろと」
そういわれてしまったら帰れと言えなくなってしまう。
「そうですか」
余計なことを言ってくれたものだ。
居心地の悪い思いのまま仕事を進める。入力は終わり後は間違いがないかチェックをして完了だ。
「終わりました」
「そうか。帰ろうか」
「あ……、俺、トイレ行くんで。先にどうぞ」
一緒に帰るなんて勘弁してほしい。それなのに、
「待ってる」
相手は引き下がらない。しかも鞄を奪われてしまった。
しかたなく、たいして行きたくもないトイレに行き手を洗って出てくる。
外で十和田が五十嵐の鞄を手に待っていた。
「随分早いな」
「はぁ」
鞄を受け取りエレベーターへと向かう。
「あの、俺のことを構いたがりますが、十和田さんのことは会社の先輩としか思ってませんので。円と呼ぶのもやめてください」
馴れ馴れしくされるのも名前を呼ばれるのも嫌だった。距離が近く感じてしまう。
「そう。でも俺はこれからも円と呼ぶし可愛がる」
諦めなさいと頭を撫でられて、その手を払いのける。
このやり取りは何度かしている。だが、聞いてはくれないのだ。
外に出ると、駅とは反対側の方へと歩き出す。
「円、どこへ行くんだ」
「帰るんですよ。それではお疲れさまでした」
駅よりバス停の方が家までの距離が遠いが、一緒にいきたくないのでバス停へと向かおうとする。だが、肩に手を回される。
「バスだと遠いだろ」
「あなたと行くのが嫌なんです」
「同じ駅を利用しているからか?」
そうなのだ。つい最近、十和田が同じ駅の方へと引っ越してきた。
朝、十和田と会った時には驚いた。百が一ノ瀬に聞いたのかと疑ったが、どうやらそうではなくたまたまだという。
「そうです」
「わかった。俺がバスを使うからお前は電車で帰れ」
またなと手を振りバス停の方へと向かって歩いていく。
なんだかんだと理由をつけて一緒に帰ると思っていた。あっけない態度に円は冷静になる。
これは自分の都合だ。それに十和田をつき合わせてはいけない。
「待ってください。駅まで一緒に行きましょう」
「あぁ」
「駅は使いますけど車両は別にしますから」
「はは、そうきたか」
頭にぽんと手を置き撫でられる。
「ちょっとっ」
昔は嬉しかったのに、後ろに下がってその手を避けた。
「円の髪は昔から柔らかいな」
そういって笑う姿に胸が痛んだ。
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