愛しき面倒な者へ

希紫瑠音

文字の大きさ
上 下
8 / 25
千と百

負けました(2)

しおりを挟む
 先に体を洗ってもらいバスルームを後にした百川は寝室へと向かうとベッドの端に座る。

 とうとういたしてしまった。いたたまれなくて両手で顔をおおいかくす。

「あぁ、俺、変な声とかだしてたよな……」

 それも自分から足を開いてみせていた。

「はぁ、だめだ、はずかしくて死ねる」
「ん、なに、ばかなこといってんだよ」

 横向きになると腕をのばして抱きつくような格好をする。

「俺、気持ち悪くなかったですか?」

 男の喘ぎ声など聞きたくないだろうに。

「いやっ、あの声だけで抜けるね、俺は」

 と自信満々な顔で返された。

「うわぁ」

 ところどころで残念な男だ。呆れながら千坂を見れば嬉しそうに笑っている。

「好きなやつがさ、気持ちよくて喘いでいるなら嬉しい」

 そういわれて耐えきれずに枕に顔をうずめる。

 今回は余裕がなくてされるがままだったが、次は自分の中に入っているときの千坂の顔を見てみたい。きっと胸がいっぱいになってしまうだろう。

 顔の熱が一向に引いてくれない。

「百川、いつまでそうしているつもりだ」

 首に柔らかいものが触れて顔を横に向ければ、目がすぐ近くでばちっと合う。

「ちさ……、ん」

 羞恥を感じて落ち着かなかった心は千坂のキスでかきけされ、それは徐々に深く交わり、百川をとろけさせた。






 朝食の準備は毎日していることだ。

 炊き立てのご飯をかきまぜ、煮干しから出した出汁で味噌汁を作る。

 おかずは焼き鮭と漬物、あとは卵焼きにしよう。

 冷蔵庫から卵を三個取り出したところに、

「おはよう」

 と言われて振り返る。

 寝ぐせ。それに薄っすらとひげが生えている。寝起きの姿はおっさんぼい。

 その姿は何度か見ているので百川にとっては珍しくはないものだ。

「あ、おはようございます」
「玉子は甘いのにしてくれ」

 リクエストを貰ったのは初めてだ。

「甘いのですね。わかりました」

 椅子の背もたれにかけてあるエプロンを手にし身に着ける。

 すごく視線を感じるが無視をしていたら、

「……裸エプロン、いいよな」

 なんて言い出す。

「おいっ」

 絶対にやらないからな、俺は。

「丸出しの尻を眺めながら料理を待つの良くないか? で、飯を食わずにお前を食う……、え、ちょっとフライパンは危ないぞ」

 卵焼き用のフライパンを振りかぶる俺に、千坂は両手を突き出してやめろというポーズだ。

「もう黙っててくれません?」
「はぁ、美味い。甘い卵焼き、久しぶりに食べた」
「よかったですね」
「出来立ての料理が食えるの、いいよな」

 ちらちらとこちらを窺う千坂に百川はため息をつく。考えていることなんてお見通しだ。

「嫌ですよ」

 千坂の奥さんにも母親にもなりたくない。

「夜は任せとけ。アンアンいわせてやる」

 親指を立てる千坂に、軽蔑するように目を細める。

「朝から下品なので没収です」

 千坂の卵焼きに箸を刺して奪ってやった。

「ごめんっ、謝るからさ、全部もっていかないで……」

 玉子焼きごときで情けない顔をする。

「俺な、浮かれてるんだわ。幸せだなーって」

 照れ笑いを浮かべて俺を見る。

 なんだよそれ。不覚にも可愛いなと思って、胸がときめいてしまったじゃないか。

 箸に刺した卵焼きを千坂の方へと向け、

「一つだけかえします」

 というと千坂が口を開き、入れてと指をさす。

 箸から卵焼きを一つ指で摘まむとそれを口の中へと入れる。

 その手をつかみ、玉子焼きを食べて舌で摘まんでいた個所を舐めた。

「俺の指はおかずじゃないですよ」
「ん、でも美味いぞ」

 舐めるのを止めなかったら調子に乗って舌が付け根のほうまで弄り始めて、やめろと舌を指で挟んだ。

「むぐっ」
「ごはん中です」

 そういって顔を背ける。きっと、顔が真っ赤だろう。

「わかったよ。今は腹を満たす。心とお前の中を満たすのは後な」
「……はぁ!?」

 さらっと何をいうのだろう、この人は。

「俺の中は満たさなくていいですからっ。本当、朝っぱらから」

 やっぱり玉子焼きは没収。

 最後の一切れを摘まむと百川は自分の口の中へと入れた。



【千と百・了】
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あの頃の僕らは、

のあ
BL
親友から逃げるように上京した健人は、幼馴染と親友が結婚したことを知り、大学時代の歪な関係に向き合う決意をするー。

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

ポケットのなかの空

三尾
BL
【ある朝、突然、目が見えなくなっていたらどうするだろう?】 大手電機メーカーに勤めるエンジニアの響野(ひびの)は、ある日、原因不明の失明状態で目を覚ました。 取るものも取りあえず向かった病院で、彼は中学時代に同級生だった水元(みずもと)と再会する。 十一年前、響野や友人たちに何も告げることなく転校していった水元は、複雑な家庭の事情を抱えていた。 目の不自由な響野を見かねてサポートを申し出てくれた水元とすごすうちに、友情だけではない感情を抱く響野だが、勇気を出して想いを伝えても「その感情は一時的なもの」と否定されてしまい……? 重い過去を持つ一途な攻め × 不幸に抗(あらが)う男前な受けのお話。 *-‥-‥-‥-‥-‥-‥-‥-* ・性描写のある回には「※」マークが付きます。 ・水元視点の番外編もあり。 *-‥-‥-‥-‥-‥-‥-‥-* ※番外編はこちら 『光の部屋、花の下で。』https://www.alphapolis.co.jp/novel/728386436/614893182

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

どうせ全部、知ってるくせに。

楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】 親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。 飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。 ※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

処理中です...