愛しき面倒な者へ

希紫瑠音

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千と百

俺、慣れてないんで

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 この駅からだと千坂は外回り、百川は内回りの電車に乗る。

 それなのに百川が乗る電車のホームへと連れていく。

「ちょっと、俺の部屋にくる気ですか?」
「あぁ。この駅からならお前の部屋の方が近いからだ」

 部屋についてくる理由に気が付いているが知らないふりをする。

 千坂から顔を背けて電車に乗るのは聞きたくないからだ。

 それなのに、電車を降りて部屋に向かう途中、

「なぁ、わかっているんだろ?」

 と言い出した。

「知りません」

 耳を掌で押さえて聞きたくないというジェスチャーをするが、その手をつかまれ耳から離れてしまった。

「女の子にもてる俺が、お前の部屋に行こうとする理由」
「聞きたくないから知らないふりをしているのにっ」

 それを聞いてしまったら、確実に千坂との関係はかわるだろう。

「俺にとっていい先輩、それだけじゃダメんですか?」
「あぁ。ダメな部分を見ても変わらなかった。本当の俺を見てくれるのはお前だけだ」

 手をつかんだまま、ついばむようなキスをされて眉間にしわを寄せる。

「真っ赤だぞ、顔」
「あんなことを言われたら、こうなるでしょうが」

 いつもキラキラとしてかっこいい。見た目に気を使っているのは誰でも気が付く。

 仕事だってそうだ。手際の良さ、目が行き届いている、さりげないフォロー、いいところをあげたらきりがない。そんな人が自分にだけダメな部分を見せるのだから。自分には気を許しているのだと嬉しく思ってしまう。

「ただの可愛い後輩、それだけの感情だったんだ。だけどさ、百川の良さを知っていくうちにそれだけじゃ物足りなくなって、キスした時の可愛い顔をみたら歯止めが利かなくなった」
「わー、もうやめてください! モテるのに俺なんかに惚れて残念すぎです」
「そんなことはない。なんだかんだいって優しいお前がますます好きになった」

 ぐいぐいと押され、背中には壁がある。逃げ道がなくなってしまう。

「俺は、今まで告白されたことなんてないんです。慣れてないからドキドキするのであって」
「そこは素直に俺にドキドキしてますって言えよ」

 額がくっついて息がかかる。

「あの、ここ、外なんですけど!」

 キスを阻止しようとそう口にすれば、

「それなら急いでお前の部屋に行こう」

 と手を握りしめた。





 中へ入ると玄関で抱きしめられてキスをされる。気持ちよさに頭が惚けたが、手が服の中に入り肌を撫でられた瞬間、はっとなる。

「ダメですって」

 それを止めるが、なんでというような顔をされた。

「キスを許したらその先もしていいとか思ってます?」

 好きだという気持ちは伝わってきたけれど、俺の気持ちはまだよくわからない。

 それなのに先に先にと求められ、置いてけぼりをくらっているかのようだ。

「百川は行動で示さないと考えてくれないだろう? 俺はただのいい先輩でいるつもりはない」

 そう千坂が言う。

 本気なんだと千坂の目を見ればわかる。だけど、そんなことを言われても困る。

「だから俺は慣れて……」
「それ、言い訳だから。俺は押すタイプなんで。これからも隙あれば手を出すつもりだから」

 止まるつもりがない千坂に、百川は黙り込む。

「それでも嫌なら俺を部屋から追い出せばいい」
「……えっ」

 追い出す。本当に嫌ならそうするべきなのだろう。

 千坂はきっと今まで通りに接してくれる。でも百川の方はどうだ。

 自分にだけ見せていた本当の姿。二度と見ることはないだろう。

 掃除も、ついでにご飯を作ることもなくなる。

(楽じゃないか)

 千坂の面倒を見なくて済むのだから。

 だけど胸の奥がチクチクと痛むのはどうしてだろう。

「百川、どうした?」

 心配するように千坂の手が額に触れる。

 顔が近い、そのことに動揺し熱が上がる。

「あっ」
「なんだ、意識したのか?」

 顔面偏差値の高い男の顔が近いのだ。

「違います。近いっ」

 顔を手で覆い隠す。

「そりゃ、近づけてるからな」

 掌に柔らかいものが触れて離れる。

 それが余計に百川を熱くさせた。

「もう、勘弁してくださいよっ。千坂さんとのこと、きちんと考えますから」

 力が抜けて床に座り込むと、千坂がしゃがみこんで笑顔を浮かべる。

「まぁ、一歩前進ということで良しとしますか」

 そういうと百川の肩をぽん手を置き、あたりを見渡すと寝室の方へと歩いていく。

「え、ちょっと、どこへ行くつもりです」

 嫌な予感がして立ち上がると千坂の腰へと腕を回して引きとめた。

「寝室」

 当然のように言うけれど、下心しのある男を寝室に入れるつもりはない。

「ダメですからっ」
「俺のことを抱きしめているのに?」

 そういわれて慌てて腕を離すが、振り返った千坂が今度は百川の腰へと腕を回した。

「千坂さん、俺は」

 慣れていない、そう言いかけて口を噤む。

 千坂さんの言う通り、それを言い訳にして逃げようとしている。

「俺の気持ちを考える気になってくれたようだな」

 ふ、と優しい笑顔を見せて頭をぽんぽんとたたく。

 ずるいなぁ。今、その顔をされたら胸がキューンと締め付けられてしまう。

「だからイケメンは」
「惚れちゃうだろう?」

 そういってウィンクする。それが憎らしいほどに様になっている。

「己惚れてないで、泊まるならお風呂どうぞ。ソファーかしてあげますから」
「わかったよ。今日はこれで勘弁してやるから」

 ちゅっと音を立て、触れるだけのキスをして額を合わせた。

「もうっ」

 千坂のペースにならないようにと思っていたのに、完全に巻き込まれてしまった。

 頬に手が触れる。

「仕方がないので、服をかしてあげます」

 それに頬を摺り寄せれば、

「ありがとう」

 手が離れ、蕩けそうなほど甘い笑顔を浮かべた。






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