愛しき面倒な者へ

希紫瑠音

文字の大きさ
上 下
3 / 25
千と百

俺はオカンじゃありません(2)

しおりを挟む
 結局、スッキリしたこともあり、そのまま寝落ちてしまったようだ。朝起きたら身体が痛かった。

 ベッドの上では気持ちよさそうに千坂が寝ている。

 帰るにもカギを閉めないのは不用心だしと、起きるまで掃除をして待つことにした。

 寝室にある洋服はすべてたたんでおいておき、リビングのごみと、テーブルに置かれたままのペットボトルや缶をキッチンへもっていき、雑誌類をまとめる。

「腹減った」

 冷蔵庫の中を調べたが飲み物しか入っていないし冷凍食品もない。帰るにしても千坂を起こさねばならない。

「千坂さん、起きてください」

 身体を揺さぶると唸り声をあげうっすらと目を開ける。

「あ、千坂さん」

 顔を近づけると、腕が伸びてきて押さえつけられてしまう。

「ちょっと千坂さん、寝ぼけてないで起きてくださいよ」

 軽く数回、腕を叩くと、ぼんやりとした目がこちらに向けられる。

「あ……、ももかわ?」

 寝起きまで色男だなと心の中でぼやく。

「そうですよ。起きてください」
「えっ」

 腕が離れて、百川が千坂から離れるとベッドに正座をし、

「ごめん、やらかした」

 と頭を下げた。どうやら酔っぱらっていても何をしたか覚えていたらしい。

「酔ってましたからね」

 呆れつつ、そう口にすると千坂さんがへらりと笑う。

「部屋、汚くて驚いただろ?」

 引いたかと聞かれて、百川は素直にうなずいた。

「だよな」
「はい。なので軽く掃除しておきましたよ」
「え、まじで」

 ベッドからおり、寝室を眺め、そしてリビングへと向かう。

「おお、綺麗になってる」

 凄いなと言われ、逆にあれだけ汚せる千坂さんの方がすごいわ。

「ゴミを袋に入れて、雑誌や本をまとめ、食器を洗っただけです。あの、後は自分でやってくださいね。俺、帰りますんで」

 上着と鞄を持ち、玄関へ向かおうとすると腕をつかまれ引きとめられる。

「まて。飯、おごるからさ、もう少しだけ手伝ってくれない?」

 お願いと手を合わせて首を傾げる。

 かっこいい男性に甘えられて女子なら喜ぶだろうなと思いながら、普段お世話になっている先輩なので、いいですよと頷いた。

「よし。それならまずは飯か」
「あの、掃除機と洗濯ものだしてください。俺が掃除している間、適当に食うもの買ってきてもらえます?」
「わかった。掃除機はバスルームにある。洗濯物はこれ全部」

 散らばっていた服は一応ひとまとめにしておいたのだが、全部、洗濯物だったのか。あの部屋を見た後だからか、やっぱりな思うだけだった。

「わかりました。俺、腹減っているんで急いで行ってきてくださいね」

 千坂を追い出し、洗濯を開始し、掃除機をかける。

 テーブルや棚はウェットティッシュで拭き、フローリングモップで床を拭いた。

 夢中で掃除をしていたのでどれだけ時間がたったか気が付かなかった。

「お、綺麗になった」

 との声に我にかえる。

「おかえりなさい」

 しゃがんで床を掃除していたので千坂が手にしている袋が丁度目の前にあり、そこから良いにおいがしてきた。

「パンですか?」
「そう。近くにパン屋があってさ、焼き立ての生食パン」

 少し時間がかかったのは焼き上がりを待っていたそうだ。

「そのまま食うのが美味いって。ほら、食おうぜ」

 一本、袋の中から取り出すと半分にわけた。

「ほら。牛乳もあるぞ」

 パックの牛乳が二つ。

「いつもこうなんですか」
「ん? パンはあんまり食わないかな」

 そういうことを聞いているのではない。

 パンをかじる千坂を見ていたらなんだか可笑しくなってきた。

「くっ、あははは」

 笑う百川に、千坂がむっつり顔で見ていた。

「いや、だって、パンを半分にちぎって紙袋の上に置くとか、ありえないでしょ」
「はぁ? 別に皿なんていらねぇだろ」
「いるでしょ。俺はちぎって食いたいんです」

 立ち上がって戸棚から皿を二枚取り出す。

「はい」
「いらねぇし」

 パンを両手で持ったまま食べていく。

「そういえば、お前、男にキスされて平気なの?」
「いや、キス自体、滅多にできないんで」

 まぁ、できることなら女子の方がいいけれど、千坂さんとのキスは気持ちよかった。

「そっか」

 で、このタイミングでキスをする理由がわからない。

「……なんなんです?」
「可愛そうだなって」

 千坂がしたり顔で笑う。むかつくけれど、なぜか嫌な気がしない。

 パンをちぎって口の中へと入れる。ほんのりと甘いパンは千坂と交わしたキスと同じ味だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結済み】準ヒロインに転生したビッチだけど出番終わったから好きにします。

mamaマリナ
BL
【完結済み、番外編投稿予定】  別れ話の途中で転生したこと思い出した。でも、シナリオの最後のシーンだからこれから好きにしていいよね。ビッチの本領発揮します。

【R18】僕とあいつのいちゃラブな日々

紫紺(紗子)
BL
絶倫美形ギタリスト×欲しがりイケメンマネの日常。 大人男子のただただラブラブでえっちな日々を綴ります。 基本、1話完結です。 どこをつまんでも大丈夫。毎回何かしらいちゃつきます(回によってはエロ強めのお話もございます)。 物足りない夜のお供にいかがですか? もちろん朝でも昼でもOKです。

年上が敷かれるタイプの短編集

あかさたな!
BL
年下が責める系のお話が多めです。 予告なくr18な内容に入ってしまうので、取扱注意です! 全話独立したお話です! 【開放的なところでされるがままな先輩】【弟の寝込みを襲うが返り討ちにあう兄】【浮気を疑われ恋人にタジタジにされる先輩】【幼い主人に狩られるピュアな執事】【サービスが良すぎるエステティシャン】【部室で思い出づくり】【No.1の女王様を屈服させる】【吸血鬼を拾ったら】【人間とヴァンパイアの逆転主従関係】【幼馴染の力関係って決まっている】【拗ねている弟を甘やかす兄】【ドSな執着系執事】【やはり天才には勝てない秀才】 ------------------ 新しい短編集を出しました。 詳しくはプロフィールをご覧いただけると幸いです。

振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話

雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。  諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。  実は翔には諒平に隠している事実があり——。 諒平(20)攻め。大学生。 翔(20) 受け。大学生。 慶介(21)翔と同じサークルの友人。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

後輩の幸せな片思い

Gemini
BL
【完結】設計事務所で働く井上は、幸せな片思いをしている。一級建築士の勉強と仕事を両立する日々の中で先輩の恭介を好きになった。どうやら先輩にも思い人がいるらしい。でも憧れの先輩と毎日仕事ができればそれでいい。……と思っていたのにいざ先輩の思い人が現れて心は乱れまくった。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

処理中です...