甘える君は可愛い

希紫瑠音

文字の大きさ
上 下
54 / 59
ワンコな部下と冷たい上司

4・杉浦

しおりを挟む
 人付き合いは好きではない。

 会社なのだ。仕事だけをしていればいいのではないのかと、誰とも付き合おうとしない杉浦はつまらない男だと思われている。ただ、仕事はできたので、今の地位がある。

 その中で唯一、自分に優しくしてくれたのは八潮だった。

 彼は教育係であり、違う部署になっても心配してくれていた。

 普段は仕事以外の話をされても鬱陶しいと思うだけなのに、八潮の話は面白くそして為になるので聞いていても苦痛にならないし、もっと話を聞きたいとも思った。

 だが、彼が結婚すると聞き、めでたい事なのに素直におめでとうと言えなかった。

 胸にもやもやが積り、八潮の傍にいる事が苦しくて辛いものへとかわる。

 流石にこの想いは何なのかという事には気が付いた。だが、それに蓋をすることで今度は人付き合いに怖さを感じるようになった。

 もう、誰ともかかわりたくない。こんな想いは二度としたくない。

 この頃は、ただの会社の先輩だと思う事で八潮に対して苦しさも辛さも感じなくなった。以前のようにとはいかないが、少しくらいなら話をすることができるようになっていた。

 なのに、松尾がそれを壊そうとする。

 どうして、目を背けてきた事を口にして、苦し辛い気持ちにさせるのだろうか。

 洗面所で顔を洗い鏡を見ると、そこには酷い顔の男の顔がある。

 月曜からこんな顔をして会社に行かねばならないなんて、全てが松尾のせいだ。

 いつもは何も感じないのに、仕事に行くのがこんなに嫌だと思うのは、八潮の結婚を聞いたあの日以来だ。

 それでも休むわけにはいかないので会社へと向かう。

 杉浦はいつも早めに会社へと向かう。よくよく思えば、それも八潮の影響であった。

 フロアは閑散としており、自分の部署へと向かえば、そこにあまり見たくない顔がある。

「課長、おはようございます」

 いつ見ても爽やかな好青年という表情をしている。

 それが眩しすぎて目を細め、

「おはようございます」 

 抑揚のない声で返す。

 その後、何か言葉を続けてこようとも無視をしようと思っていた。だが、話しかけられることは無く仕事の準備を始める。

 流石にあれだけつれなくしたのだ。もう、どうでもいいと思っただろう。望まぬことをするのはお節介でしかない。  



 

 昼休みも特に話しかけられることは無く、既に食事をしに行ってしまったのだろう。デスクにはもう彼の姿はない。

 杉浦はいつもの喫茶店へと向かうことにしたのだが、店の中になぜか松尾の姿がある。

「なっ」

「待ってました。ここ、どうぞ」

 と前の席へと誘う。

 カウンターの席が空いているが、松尾はそれよりも早くに店主を呼んでしまったので、仕方なく腰を下ろして珈琲を頼んだ。

「八潮課長から聞いてまして。良いお店ですね」 

 返事はせず、鞄から本を取して頁を開く。

「お昼にパンのサービスをしているんですってね。今日はよもぎあんぱんだそうです」

 それに思わず反応し、松尾の方へと顔を向ける。

 食いついたと思っているのだろう。表情がそう語っている。そしてさらに話を続けた。

「餡子はこの近くの知り合いの和菓子店のだそうですよ」

 いつの間にそんなことを仕入れたのだろうか。しかも杉浦が興味を持ったことを確信していそうだ。

「あ、そうだ。会社に戻る前に寄っていきませんか?」

 かなりそそられるが、それを知られたくはない。

「黙っていてもらえませんか?」

 本を理由に黙らせる。和菓子店のことはスマホで調べればいい。

「はい」

 それからは暫く沈黙が続き、店主が珈琲とパンをのせた皿をテーブルへと置く。

 珈琲の良いにおいがする。

「あ、さっきの和菓子店なんですけど、場所を聞いても?」

「はい。パンフレットがあるんで持ってきましょうか」

「お願いします」

 再び、気を惹こうとしているのだろう。

「課長、パンフレットです」

 と、持ってきてくれたパンフレットを視界に入る場所で広げた。

 定番の菓子から練り菓子の写真がのっていて、どうしても気になってしまい、つい口から声がもれでる。

「……良いな」
「場所はどこら辺ですか?」

 松尾がカウンターへと向かい店主に和菓子屋の場所を聞く。

 この近くの細い路地を入って行くとあるらしく、さほど遠くはないので寄って行ける。

「一人で行きますので、貴方は会社にお戻りなさい」
「嫌ですよ。俺も興味ありますし。この饅頭、美味そうですね」

 とパンフレットの写真を指さす。

「ではやはりお一人でどうぞ。私は別の時に行きますので」
「でも、このお店、六時までですよ。仕事を終えた後は無理ですね」

 彼は一緒に行こうとする。そうすると意地でも店に行くつもりはない。

「これ、貴方に差し上げます」

 もうここに居たくはない。パンを差し出して席を立つと、腕を掴まれてしまう。

「そんなに嫌ですか。わかりました帰りますから。よもぎあんぱんはご自分でどうぞ。すごく美味しいですから」

 会計を済ませて店を出て行った。

 やっと静かになる。

 テーブルにはパンフレットが二枚。

 松尾が言ったとおり、よもぎあんぱんはすごく美味しかった。

 彼が指さしていた饅頭は確かに美味そうで、何故か胸がモヤモヤとしてしまう。

 これは罪悪感なのか、自分は誰に対してもこのような態度をとってきた。

 なのに、松尾にだけ、どうしてそう思うのだろう……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

DISTANCE

RU
BL
ジゴロのハルカは、常連のバーで美貌のリーマン・柊一に出会う。 パトロンと口論の末に切れてしまい、借金を抱えてしまったハルカは、次なるパトロンを探すために常連の出会い系バー「DISTANCE」で、今日獲物を探すのであった。 表紙:Len様 ◎注意1◎ こちらの作品は'04〜'12まで運営していた、個人サイト「Teddy Boy」にて公開していたものです。 時代背景などが当時の物なので、内容が時代錯誤だったり、常識が昭和だったりします。 同一内容の作品を複数のサイトにアップしています。 またほぼ同一内容のものが、「美人をカモる50の方法」というタイトルでヴェルヴェット・ポゥ様から販売されております。 キャラが柊一サンではなく敬一サンで、ハルカも涼介となっておりますので、内容的にも一部に微妙な改変が加えられております。 ◎注意2◎ 当方の作品は(登場人物の姓名を考えるのが面倒という雑な理由により)スターシステムを採用しています。 同姓同名の人物が他作品(「MAESTRO-K!」など)にも登場しますが、シリーズ物の記載が無い限り全くの別人として扱っています。 上記、あしからずご了承の上で本文をお楽しみください。

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

とろけてなくなる

瀬楽英津子
BL
ヤクザの車を傷を付けた櫻井雅(さくらいみやび)十八歳は、多額の借金を背負わされ、ゲイ風俗で働かされることになってしまった。 連れて行かれたのは教育係の逢坂英二(おうさかえいじ)の自宅マンション。 雅はそこで、逢坂英二(おうさかえいじ)に性技を教わることになるが、逢坂英二(おうさかえいじ)は、ガサツで乱暴な男だった。  無骨なヤクザ×ドライな少年。  歳の差。

二人静

幻夜
BL
    せつなめ三角関係 “ 死がふたりを分かつまで ” 互いを唯一無二に必要とする焔のような愛を垣間みたい方いらっしゃいませ・・・ あわせて歴史(曲解)創作の長編BLですが 事前知識なしで もちろんだいじょぶです 必要なときはその時々で補足をいれてまいります そして武闘集団『新選組』の面々なだけに 受けも攻めも男前です 江戸時代の(現代ではまだまだ足りない)男色にたいする積極的な価値観、 こと武家社会においては男色こそ自由恋愛の場であったことに触発された、 新選組の男前達をこよなく愛する作者による、偏愛に満ちあふれた“創作” ですので、 彼らの関係性は史実とは一切無関係でございます。その点を何卒お留め置きくださいませ。 同僚 × 同僚 (メインCP 沖田×斎藤) ☆親友未満はじまり  食えない男の代名詞みたいな攻めに、   はじめはひたすら振り回される受け(でも強気・・) &  年下 × 兄貴分/上司 (沖田×土方) ☆恋仲はじまり   弟分にベタ惚れでちょっとむくわれない健気な受け 戯れてることも多いですが、いちおう、きほん切なめシリアスベースです ※いずれR18展開になるため、はじめから指定してあります        ********************** 本小説での紹介事項 新選組・・・江戸時代幕末期の京都で活躍した、幕府側最強の剣客集団。       例外はあるものの、『局を脱するを許さず』が法度。       『士道に背きまじきこと』『違反した者は切腹』が大前提の、鉄の掟をもつ。 沖田総司・・・新選組一番隊組長(23) 当時は火の見櫓状態な五尺九寸(約一七八) 色黒で眼光鋭く肩の張り上がった筋骨型 斎藤一・・・新選組三番隊組長(21) 整って映える長身の五尺七寸(約一七三) やや色白ですらりとした肉体美の涼やかな美丈夫 土方歳三・・・新選組副長(30) 美しく均等のとれた背丈の五尺五寸(約一六七) 色白で役者のように優美な美男子 ※斎藤一に関しては実際には五番隊組長とされますが  ここでは通説となっている西村兼文の始末記に沿っています。 **********************

ずっと、ずっと甘い口唇

犬飼春野
BL
「別れましょう、わたしたち」 中堅として活躍し始めた片桐啓介は、絵にかいたような九州男児。 彼は結婚を目前に控えていた。 しかし、婚約者の口から出てきたのはなんと婚約破棄。 その後、同僚たちに酒の肴にされヤケ酒の果てに目覚めたのは、後輩の中村の部屋だった。 どうみても事後。 パニックに陥った片桐と、いたって冷静な中村。 周囲を巻き込んだ恋愛争奪戦が始まる。 『恋の呪文』で脇役だった、片桐啓介と新人の中村春彦の恋。  同じくわき役だった定番メンバーに加え新規も参入し、男女入り交じりの大混戦。  コメディでもあり、シリアスもあり、楽しんでいただけたら幸いです。    題名に※マークを入れている話はR指定な描写がありますのでご注意ください。 ※ 2021/10/7- 完結済みをいったん取り下げて連載中に戻します。   2021/10/10 全て上げ終えたため完結へ変更。  『恋の呪文』と『ずっと、ずっと甘い口唇』に関係するスピンオフやSSが多くあったため  一気に上げました。  なるべく時間軸に沿った順番で掲載しています。  (『女王様と俺』は別枠)    『恋の呪文』の主人公・江口×池山の番外編も、登場人物と時間軸の関係上こちらに載せます。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

しのぶ想いは夏夜にさざめく

叶けい
BL
看護師の片倉瑠維は、心臓外科医の世良貴之に片想い中。 玉砕覚悟で告白し、見事に振られてから一ヶ月。約束したつもりだった花火大会をすっぽかされ内心へこんでいた瑠維の元に、驚きの噂が聞こえてきた。 世良先生が、アメリカ研修に行ってしまう? その後、ショックを受ける瑠維にまで異動の辞令が。 『……一回しか言わないから、よく聞けよ』 世良先生の哀しい過去と、瑠維への本当の想い。

【R18】俺とましろの調教性活。

しゅ
BL
作者の趣味しか詰まってない。エロしかない。合法ショタっていいよね。 現実での合言葉は『YES!ショタ!ノータッチ!』 この話の舞台は日本に似てますが、日本じゃないです。異世界です。そうじゃなきゃ色々人権問題やらなにやらかにやら......。 ファンタジーって素晴らしいよね!! 作者と同じ性癖の方、是非お楽しみくださいませ。 それでは、どうぞよしなに。

処理中です...