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ワンコな部下と冷たい上司
4・杉浦
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人付き合いは好きではない。
会社なのだ。仕事だけをしていればいいのではないのかと、誰とも付き合おうとしない杉浦はつまらない男だと思われている。ただ、仕事はできたので、今の地位がある。
その中で唯一、自分に優しくしてくれたのは八潮だった。
彼は教育係であり、違う部署になっても心配してくれていた。
普段は仕事以外の話をされても鬱陶しいと思うだけなのに、八潮の話は面白くそして為になるので聞いていても苦痛にならないし、もっと話を聞きたいとも思った。
だが、彼が結婚すると聞き、めでたい事なのに素直におめでとうと言えなかった。
胸にもやもやが積り、八潮の傍にいる事が苦しくて辛いものへとかわる。
流石にこの想いは何なのかという事には気が付いた。だが、それに蓋をすることで今度は人付き合いに怖さを感じるようになった。
もう、誰ともかかわりたくない。こんな想いは二度としたくない。
この頃は、ただの会社の先輩だと思う事で八潮に対して苦しさも辛さも感じなくなった。以前のようにとはいかないが、少しくらいなら話をすることができるようになっていた。
なのに、松尾がそれを壊そうとする。
どうして、目を背けてきた事を口にして、苦し辛い気持ちにさせるのだろうか。
洗面所で顔を洗い鏡を見ると、そこには酷い顔の男の顔がある。
月曜からこんな顔をして会社に行かねばならないなんて、全てが松尾のせいだ。
いつもは何も感じないのに、仕事に行くのがこんなに嫌だと思うのは、八潮の結婚を聞いたあの日以来だ。
それでも休むわけにはいかないので会社へと向かう。
杉浦はいつも早めに会社へと向かう。よくよく思えば、それも八潮の影響であった。
フロアは閑散としており、自分の部署へと向かえば、そこにあまり見たくない顔がある。
「課長、おはようございます」
いつ見ても爽やかな好青年という表情をしている。
それが眩しすぎて目を細め、
「おはようございます」
抑揚のない声で返す。
その後、何か言葉を続けてこようとも無視をしようと思っていた。だが、話しかけられることは無く仕事の準備を始める。
流石にあれだけつれなくしたのだ。もう、どうでもいいと思っただろう。望まぬことをするのはお節介でしかない。
昼休みも特に話しかけられることは無く、既に食事をしに行ってしまったのだろう。デスクにはもう彼の姿はない。
杉浦はいつもの喫茶店へと向かうことにしたのだが、店の中になぜか松尾の姿がある。
「なっ」
「待ってました。ここ、どうぞ」
と前の席へと誘う。
カウンターの席が空いているが、松尾はそれよりも早くに店主を呼んでしまったので、仕方なく腰を下ろして珈琲を頼んだ。
「八潮課長から聞いてまして。良いお店ですね」
返事はせず、鞄から本を取して頁を開く。
「お昼にパンのサービスをしているんですってね。今日はよもぎあんぱんだそうです」
それに思わず反応し、松尾の方へと顔を向ける。
食いついたと思っているのだろう。表情がそう語っている。そしてさらに話を続けた。
「餡子はこの近くの知り合いの和菓子店のだそうですよ」
いつの間にそんなことを仕入れたのだろうか。しかも杉浦が興味を持ったことを確信していそうだ。
「あ、そうだ。会社に戻る前に寄っていきませんか?」
かなりそそられるが、それを知られたくはない。
「黙っていてもらえませんか?」
本を理由に黙らせる。和菓子店のことはスマホで調べればいい。
「はい」
それからは暫く沈黙が続き、店主が珈琲とパンをのせた皿をテーブルへと置く。
珈琲の良いにおいがする。
「あ、さっきの和菓子店なんですけど、場所を聞いても?」
「はい。パンフレットがあるんで持ってきましょうか」
「お願いします」
再び、気を惹こうとしているのだろう。
「課長、パンフレットです」
と、持ってきてくれたパンフレットを視界に入る場所で広げた。
定番の菓子から練り菓子の写真がのっていて、どうしても気になってしまい、つい口から声がもれでる。
「……良いな」
「場所はどこら辺ですか?」
松尾がカウンターへと向かい店主に和菓子屋の場所を聞く。
この近くの細い路地を入って行くとあるらしく、さほど遠くはないので寄って行ける。
「一人で行きますので、貴方は会社にお戻りなさい」
「嫌ですよ。俺も興味ありますし。この饅頭、美味そうですね」
とパンフレットの写真を指さす。
「ではやはりお一人でどうぞ。私は別の時に行きますので」
「でも、このお店、六時までですよ。仕事を終えた後は無理ですね」
彼は一緒に行こうとする。そうすると意地でも店に行くつもりはない。
「これ、貴方に差し上げます」
もうここに居たくはない。パンを差し出して席を立つと、腕を掴まれてしまう。
「そんなに嫌ですか。わかりました帰りますから。よもぎあんぱんはご自分でどうぞ。すごく美味しいですから」
会計を済ませて店を出て行った。
やっと静かになる。
テーブルにはパンフレットが二枚。
松尾が言ったとおり、よもぎあんぱんはすごく美味しかった。
彼が指さしていた饅頭は確かに美味そうで、何故か胸がモヤモヤとしてしまう。
これは罪悪感なのか、自分は誰に対してもこのような態度をとってきた。
なのに、松尾にだけ、どうしてそう思うのだろう……。
会社なのだ。仕事だけをしていればいいのではないのかと、誰とも付き合おうとしない杉浦はつまらない男だと思われている。ただ、仕事はできたので、今の地位がある。
その中で唯一、自分に優しくしてくれたのは八潮だった。
彼は教育係であり、違う部署になっても心配してくれていた。
普段は仕事以外の話をされても鬱陶しいと思うだけなのに、八潮の話は面白くそして為になるので聞いていても苦痛にならないし、もっと話を聞きたいとも思った。
だが、彼が結婚すると聞き、めでたい事なのに素直におめでとうと言えなかった。
胸にもやもやが積り、八潮の傍にいる事が苦しくて辛いものへとかわる。
流石にこの想いは何なのかという事には気が付いた。だが、それに蓋をすることで今度は人付き合いに怖さを感じるようになった。
もう、誰ともかかわりたくない。こんな想いは二度としたくない。
この頃は、ただの会社の先輩だと思う事で八潮に対して苦しさも辛さも感じなくなった。以前のようにとはいかないが、少しくらいなら話をすることができるようになっていた。
なのに、松尾がそれを壊そうとする。
どうして、目を背けてきた事を口にして、苦し辛い気持ちにさせるのだろうか。
洗面所で顔を洗い鏡を見ると、そこには酷い顔の男の顔がある。
月曜からこんな顔をして会社に行かねばならないなんて、全てが松尾のせいだ。
いつもは何も感じないのに、仕事に行くのがこんなに嫌だと思うのは、八潮の結婚を聞いたあの日以来だ。
それでも休むわけにはいかないので会社へと向かう。
杉浦はいつも早めに会社へと向かう。よくよく思えば、それも八潮の影響であった。
フロアは閑散としており、自分の部署へと向かえば、そこにあまり見たくない顔がある。
「課長、おはようございます」
いつ見ても爽やかな好青年という表情をしている。
それが眩しすぎて目を細め、
「おはようございます」
抑揚のない声で返す。
その後、何か言葉を続けてこようとも無視をしようと思っていた。だが、話しかけられることは無く仕事の準備を始める。
流石にあれだけつれなくしたのだ。もう、どうでもいいと思っただろう。望まぬことをするのはお節介でしかない。
昼休みも特に話しかけられることは無く、既に食事をしに行ってしまったのだろう。デスクにはもう彼の姿はない。
杉浦はいつもの喫茶店へと向かうことにしたのだが、店の中になぜか松尾の姿がある。
「なっ」
「待ってました。ここ、どうぞ」
と前の席へと誘う。
カウンターの席が空いているが、松尾はそれよりも早くに店主を呼んでしまったので、仕方なく腰を下ろして珈琲を頼んだ。
「八潮課長から聞いてまして。良いお店ですね」
返事はせず、鞄から本を取して頁を開く。
「お昼にパンのサービスをしているんですってね。今日はよもぎあんぱんだそうです」
それに思わず反応し、松尾の方へと顔を向ける。
食いついたと思っているのだろう。表情がそう語っている。そしてさらに話を続けた。
「餡子はこの近くの知り合いの和菓子店のだそうですよ」
いつの間にそんなことを仕入れたのだろうか。しかも杉浦が興味を持ったことを確信していそうだ。
「あ、そうだ。会社に戻る前に寄っていきませんか?」
かなりそそられるが、それを知られたくはない。
「黙っていてもらえませんか?」
本を理由に黙らせる。和菓子店のことはスマホで調べればいい。
「はい」
それからは暫く沈黙が続き、店主が珈琲とパンをのせた皿をテーブルへと置く。
珈琲の良いにおいがする。
「あ、さっきの和菓子店なんですけど、場所を聞いても?」
「はい。パンフレットがあるんで持ってきましょうか」
「お願いします」
再び、気を惹こうとしているのだろう。
「課長、パンフレットです」
と、持ってきてくれたパンフレットを視界に入る場所で広げた。
定番の菓子から練り菓子の写真がのっていて、どうしても気になってしまい、つい口から声がもれでる。
「……良いな」
「場所はどこら辺ですか?」
松尾がカウンターへと向かい店主に和菓子屋の場所を聞く。
この近くの細い路地を入って行くとあるらしく、さほど遠くはないので寄って行ける。
「一人で行きますので、貴方は会社にお戻りなさい」
「嫌ですよ。俺も興味ありますし。この饅頭、美味そうですね」
とパンフレットの写真を指さす。
「ではやはりお一人でどうぞ。私は別の時に行きますので」
「でも、このお店、六時までですよ。仕事を終えた後は無理ですね」
彼は一緒に行こうとする。そうすると意地でも店に行くつもりはない。
「これ、貴方に差し上げます」
もうここに居たくはない。パンを差し出して席を立つと、腕を掴まれてしまう。
「そんなに嫌ですか。わかりました帰りますから。よもぎあんぱんはご自分でどうぞ。すごく美味しいですから」
会計を済ませて店を出て行った。
やっと静かになる。
テーブルにはパンフレットが二枚。
松尾が言ったとおり、よもぎあんぱんはすごく美味しかった。
彼が指さしていた饅頭は確かに美味そうで、何故か胸がモヤモヤとしてしまう。
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