甘える君は可愛い

希紫瑠音

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上司と部下の「恋」模様

9・三木本

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 いつもの通りに仕事をこなし、今日も誰かと会おうとポケットからスマートフォンを取り出した所で波多と久世に捕まった。

 波多の住むマンションへと行くのは久しぶりだ。

「三木本、何にする?」
「ビールで」
「はいよ」

 キッチンへと向かいビールとグラス、つまみになりそうなモノを持ってきてくれた。

 グラスにビールをつぎ、何口か飲んだ後にぼそりと口にする。

「また、ふられたよ」

 この前、波多と久世に助けてもらった後、八潮とのやり取りを話す。

 二人に八潮と抱き合った事もキスしあった事は話していない。

「……そうか」
「でも、何度ふられようが、俺は八潮課長を想う事をやめられないのだろうな」
「だろうな。まったく、こんな優良物件を振るなんて、見る目がないよ課長は」
「そう言ってくれるのはお前だけだ」

 ありがとうと、ビールをコップの中身を全部飲み干す。

「俺はあの人の良い部下であり続けたい」
「……三木本」

 抱きしめてくれる腕が暖かくて涙が溢れそうになるが、自分らしくないという気持ちが素直に泣かせてくれない。

「我慢するなよ、ばか」
「悪い。でも俺はこんな性格だって知っているだろ」

 素直じゃないのはお互い様。そう言って顔を見合わせれば、違いないと波多が頷く。

「もうっ、羨ましすぎます、二人の関係性がぁ」

 酔っぱらった久世が、二人の間に割り込んでくる。

「こらっ、久世、鬱陶しい!」
「俺もぉ、三木本さんを元気つけるんですぅ」

 ぐりぐりと二人の肩に額を押し付けてくる。

 久世なりに慰めてくれているのだろう。それが嬉しくてふっと笑みを浮かべる。

「本当にお前は犬っぽいな」

 乱暴に髪を撫でてやれば、むふんと声をあげてずるずると床へと落ちていく。

「落ちたか。そこらの床に転がしておけ」
「解った」

 波多が寝室からブランケットを持ってきて久世に掛ける。鬱陶しいと言っている割には面倒見が良い男だ。

「三木本、辛くなったらいくらでも付き合うからさ」

 だから元気出せよと肩に手が触れる。

「あぁ、その時は頼むよ波多」

 良い友と後輩。二人のお蔭で気持ちがすこし楽になった。






 それから数日後。久世に料理を教えるためにキッチンをかしてほしいと波多から頼まれたのは、一緒に部屋飲みをしてから数日後のことだ。

 三木本の家のキッチンはリフォームをして使いやすくなった。

 それはいつか八潮に手料理を食べさせたいという思いがあっての事だったのだが、部屋に誘う事が出来ずにまだ手料理を作ってあげたことが無い。

 使わないと勿体ないので、うちでよければと了承したのだが、その時、

『明日の昼休みに、三木本から久世に話しをしておいてくれないか?』

 と頼まれてた。何故、自分がと思ったが、その時は特に理由を問わずに了承した。



※※※



 昼食は出来るだけ八潮と共に摂るようにしている。でないと食事をしないこともあるからだ。

「うーん、揚げ物が食べたいけど、多いよねぇ」
「ならば俺がフライセットを頼みますから、好きなの食べて下さい」
「良いの? じゃぁ、僕は半ライスとサラダにしようかな」

 相変わらず食が細いが、食べないよりはましだ。

 食事を受け取り席につこうとした時、一人きりでいる久世を見かけて八潮が声を掛ける。

 波多から頼まれたことを告げるのに丁度良い。

「そうだ。料理教室な、俺の所でやることになったから」

 その言葉に、何故か久世はホッとした表情を浮かべた。

「波多さん、教えてくれないから。どんな人かと思ってましたよ」

 波多からは、料理教室にもう一人参加するとになったとしか聞いていなかったらしく、意地悪だなと心の中で思いながら三木本は苦笑いする。

「なんだ、それすら話してなかったのか。昨日、キッチンを貸して欲しいと連絡を貰ってな」
「そうだったんですね。三木本さんのお家、はじめてですね。楽しみです」

 安心しきったように笑顔でそう言われ、久世のこういう所は可愛いなと思う。

 そんな二人のやりとりを聞いていた八潮が、

「なんか楽しそうだねぇ」

 と目を細めて羨ましそうに見ている。

「そうだ。八潮課長も一緒に習いましょうよ」

 そう誘いを入れる久世に、三木本は心の中でよくぞ誘ってくれたと褒める。

「そうだね。美味しいモノが食べられそうだし」

 混ぜて貰おうかなと微笑む。

 八潮が参加するということは、手料理を振る舞える機会を得たという事。

 少しでも自分の作った物を気に入ってもらえたらいい。
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