甘える君は可愛い

希紫瑠音

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上司と部下の「恋」模様

5・八潮

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 朝、顔を合わせても三木本はいつもとかわらない。

 少しくらいは恥ずかしがる素振りをみせてくれるかと思っていたが、流石、三木本としか言いようがない。

 ぼんやりとその姿を眺めていたら、波多が目の前に立っていたことに気が付かずに、それに驚いて声を上げる。

「ぼんやりしすぎです、八潮課長」

 いつの間にか溜まってしまったファイルの山に、これは流石にまずいなと苦笑いを浮かべる。

「あらら、こんなに仕事がたまってた? 駄目だねぇ、今日は集中力がないみたい」
「そのようですね。三木本がピリピリしてますよ」

 と親指で三木本を指す。確かにさっきよりも目つきが悪くなっているような気がする。

「わぁ、ちゃんとお仕事しまーす」
「そうしてください」

 ファイルの山から一つとって開く。

 三木本へ意識が向いている。それに気がついてピリピリしているのだろう。

 昨日の事があるのだ。気にしてしまうのはしょうがないと思う。

 まずは目の前の仕事に集中しなくてはいけない。





 仕事に夢中になると食事をするのも忘れてしまう。

 それは悪い癖だと三木本によく怒られる。それゆえか、声を掛けられなかった事に気が付いたときには、昼休みも残り十分ほどになっていた。

「これじゃ食事は無理かな」

 ご飯はあきらめて煙草を吸いに喫煙室へと向かう。

 そこには波多と久世の姿があり、紫煙を吹きかけられ久世が嫌そうに顔を背けている。

「ワンコちゃんはタバコ吸わないんだから、ここにいるの辛いだろう?」
「八潮課長、お疲れ様です」
「お疲れ様」

 シガレットケースから煙草を取り出して火をつける。

 昇進したときに三木本と波多から贈られた品だ。それ以来、ずっと愛用している。

 八潮に何か贈り物をしようと言いだしたのは三木本なのだと、貰った時に暴露するようなかたちで波多に教えられた。

 その頃から既に自分を好いていてくれたんだなと、一年前、告白をされた時の事を思いだす。

 告白の時ですらいつもと変わらなかった。照れる様子もなく、真っ直ぐと自分を見つめて好きだと言ってくれた。

 と、そこで昼休みに彼から声を掛けられなかったことを、ふ、と思いだす。

 昼休みに入る少し前まではデスクに居た気がしたが、その後はどうしたのだろう。

「そういえば、三木本君は出かけたのかな?」
「確か、他の部署の奴に呼ばれて出ていきましたが、戻ってきていませんね」

 他の部署と聞いて、すぐに昨日の男の顔が頭に浮かぶ。

 まさか、揉めているのだろうか。

 三木本の事が心配になり、煙草をもみ消して先に戻るねと喫煙室から外に出る。

 携帯を取り出して連絡を入れれば、階段の方から着信音が聞こえてきて、覗いて見てみれば階段から降りてくる三木本の姿があり、電話にでようとしたところで向こうも八潮に気がついた。

「八潮課長、どうされましたか」

 トラブルですかと、仕事モードに入る三木本に、見た限りでは特に何か起きた様子はなさそうだ。

「君が他の部署の子に呼ばれたというから、昨日の男かと思ってね」
「……もしかして、心配、してくれたんですか?」

 戸惑うような仕草を見せる三木本に、

「当たり前だよ」

 と両肩を掴む。

「ご心配お掛けしました。ですが大丈夫ですよ。昨日の謝罪をされただけですし。それよりも、八潮課長、ちゃんと飯、食いましたか?」
「いや、まだだけど」
「これ、食ってください」

 コンビニの袋を差し出され、中にはおにぎりとお茶が入っている。

「課長に声を掛けられなかったんで、もしかしたらと思いましてね」
「あ、うん。ありがとうね」
「いえ」

 どうして、いつも自分の事より八潮を優先するのだろう。

 それが胸を激しく波打たせて、彼の腕を掴み抱き寄せる。

「なに、を」

 言葉は最後まで語ることはなく、唇が重なり合う。

「ん、ふ」

 暴れて唇を離そうとする彼を壁に押し付け、さらに深く貪る。

「か、ちょう……、んぅ」

 くちゅりと水音をたて、吸い込む。

 とろんとした目で八潮を見つめ、口づけを受け入れ始める。

 ぎゅっとシャツを掴む三木本は可愛い。

 もっと自分に甘える姿を見たいと、そう、思った。
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