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希紫瑠音

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後輩の彼

加瀬(1)

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 加勢樹かせいつきのことを説明しろと言われたら、大抵のクラスメイトは普通の高校三年生の男子と答えるだろう。

 特に目立つわけでもなく成績も容姿も普通位。だが彼は俺のことをビビリだと言う。

「加勢先輩、俺が来るたびにビクつくのやめて貰えません?」

 彼の周りは、まるでブリザードが吹き荒れているかのような冷たさを感じ、その目でにらまれたら凍ってしまいそうだ。

 お前の目が怖いんだよと、そう叫びたい。だが、後が怖くて結局はごめんと謝ってしまう俺だった。

「まぁ良いですけど。さっさと仕事をはじめましょう」

 俺は純粋に本が好きで、一年の時から図書委員をしている。

 今年から、二年の澤木さわき君がメンバー入りし、俺の班へ入ることになった。

 彼は一年の時から学年トップで、三年の俺でも名前くらいは知っていた。

 それにクラスメイトの小崎から「弟みたいなやつだからよろしく頼むな」て言われており、俺は澤木君に会うのをすごく楽しみにしていた。

 澤木君はとても覚えるのが早くて優秀な子だった。

 すぐに手順を覚えてしまったし、本の内容にも詳しいし暗記力もすごい。

 良い子が入ってくれたのがすごく嬉しくて、調子に乗って馴れ馴れしい態度をとってしまった。それがいけなかったのだろう。

「話をしている暇があるなら片付けでもしてきてください」

 大量の本を手渡される。しかも、冷たくそして威圧的な視線を向けられた。それが怖くてすぐさま本を片付けに行った。

 その日からちょっとしたことで澤木君に睨まれるようになって、びくびくしていたら嫌味を言われる始末だ。

 俺が相当嫌いなんだろうな。

 そのせいか、委員の仕事がある度にこっそりと彼の顔色をうかがうようになり。話をしなくても何となく彼のことが解るようになってきた。

 表情はいつも同じでわかりにくいのだが、今日は機嫌がいいなとか、ちょっと眠そうだなとか、疲れているのかなとか。

 澤木君にそう話しかけたら睨まれそうなので、直接話しかける勇気はない。

「お疲れ様。缶コーヒー買ってきたんだ」

 と皆に配って回ったり、

「本を探すついでに俺が片付けてくるよ」

 返却済の本を持っていく。

 でもやりすぎるとばれてしまい、迷惑だと言われかねないのでたまにするだけだ。

 後は澤木君の視線に出来るだけ入らぬように委員の仕事が終わる17時までを過ごし、戸締りをして最後に図書室を出る。

 他のメンバーには先に帰っていいよと言ってあるので帰りは一人だ。

 それが図書委員のある週の俺の過ごし方となっていた。






 澤木君が図書委員になってから何度目かの当番が回ってきた時だ。

 その日は返却された本が多く、一人だけカウンターに残して本の片づけをしていた。

 最後の一冊は脚立を使って片付けなければいけない場所で、誰にも手を借りないで自分で何とかしようなんて思ったのがいけなかった。

 脚立を使用して高い位置にある本を取ったり片付ける時は、もしものために必ず二人一組でやることになっている。

 いつもならきちんと守っていたけれど、まぁ、本も一冊だし大丈夫だろうと俺は一人で脚立の上へと昇ったのだが、それを澤木君に見つかってしまった。

 脚立をおさえてくれたのだが、正直、下へ降りたくなかったよ。だって、怖い顔して俺を見上げているんだもの。

「先輩、俺が図書委員に入る時、なんて教えてくれたんでしたっけ? 自分から言っておいて守れないとか、俺、そういうの嫌いですから」

 俺がそう教えたというのに守らないんだから、そりゃ怒るのも無理はない。

 脚立からゆっくりと降り、脚立をおさえていてくれてありがとうを礼を言い、決まりごとを破ってごめんねと謝る。

 そんな俺を冷めた目で見つめ、ぼそっと何かを呟いた。

 聞き間違いでなかったら、

「ムカつくんだよ、あんた」

 と澤木君は言葉を発していた。






 あの言葉が俺を落ち込ませる。

 もう図書委員をやめようか。そうすれば澤木君もムカつくこともないだろうし、俺もビクつく日々を送らないですむ。

「加勢、どうしたんだ?」

 生徒会室から戻ってきた小崎が、ふさぎ込む俺に声を掛ける。

「あ、うん、ちょっと眠くてね」

 そう言って誤魔化す。だって、澤木君のことで悩んでいるなんて言えないから。

 しかも、そんな時に限って、

「真一、役に立つだろ?」

 今、一番聞きたくない名前を口にする。 

 それも弟を自慢する兄のように声が弾む。一瞬、言葉に詰まりそうになった。

「っ、う、うん。仕事を覚えるのも早いし、本のことも詳しいし……」

 図書委員としての彼は凄いと思う。それだけに俺の気持ちはどんどん落ち込んでいく。

 俺の様子がおかしいと思ったのだろう。小崎が俺を見ながら心配するような表情を浮かべている。

「俺さ、澤木君に嫌われちゃったみたい」

 そう言うと無理やり笑う。でないと泣きそうになるから。

「え、真一が?」

 そんなことをするような奴じゃないと言いたげな顔をする小崎に、俺は一気に血が上る。

「お前は嫌われてないからッ」

 声を荒げる俺に、小崎が落ち着けと肩を叩く。

「あ……、違う、そういう意味じゃなくてな」

 勘違いしているだろうと頭をかき。

「えっとな、真一は加勢みたいなタイプは嫌いじゃないはずなんだがな」

 なんて、耳を疑うようなことを言う。

「嘘だ」

 じゃぁなんで俺を冷たい目で見るの?

 俺は委員がある度に澤木君の顔色を窺い、出来るだけ視線に入らないようにしている。

 そうやって、大好きな場所で気を使って過ごしているのだ。

「俺は、俺はっ!」

 もう限界だ。

 ぽろぽろと涙が零れ落ちて止まらない。

「加勢」

 小崎が俺へとタオルを被せる。

「う、うう」
「ほら、涙を拭けよ」

 肩を組むように腕を回し、タオルの端を掴んで涙を拭い取ってくれる。

「ごめん、泣くつもりじゃなかったのに」
「いいや。すまなかったな、真一がお前を泣かせるような真似をして」

 静かな怒りを小崎から感じ、

「小崎、お願いだから澤木君には今日のことを言わないで」

 これ以上、澤木君に嫌われたくない。その一心でお願いする。

「だめだ。お前を泣かせたんだぞ?」
「小崎、ありがとうね。でも、お願いだから」
「わかった。だが、この件に関して口を出さないのは今回だけだ」

 解ったなと念をおされて俺は頷く。小崎って兄貴肌だよなぁと思いつつ。

「あのさ、なんで俺を嫌いじゃないと思ったの?」
「加勢は良い奴だし、傍にいると落ち着くしな」

 だからだと言う小崎に納得できないという顔をすれば、タオル越しに頭を撫でられた。

「もし、辛いのなら俺がお前の代りに図書委員になるが」
「大丈夫だよ」

 また辛くなったら話を聞いてよと言うと、いくらでも聞いてやると言ってくれた。

 小崎の思いが嬉しかったから。だからもう少しだけ頑張ってみようと思った。
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