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希紫瑠音

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偶然の出来事/噂

出逢い、恋をした(川上)

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 生徒会の手伝いの為に一年のクラス委員が生徒会室へと集まる。そこではじめて尚明は桂司に出会った。

 優しくて頼りになる先輩に、後輩たちは直ぐに懐いたけれど、尚明は一歩下がった所で桂司達の様子をうかがう。

 それは尚明の性格上、すぐに懐くことが出来ないだけだった。

「川上、解らない所は無いか?」

 一人、黙々と仕事をする尚明の傍に桂司が来て椅子に腰を下ろす。

「大丈夫です。単純な作業ですから」

 数枚のプリントを並べられた順に束ねてホチキスで止めるだけの単純作業なので、特に解らない事など無い。何故、そんな事を聞いてくるのだろうと、馬鹿にされているのではと思ってしまった。

「そうだよな」

 桂司は苦笑いを浮かべ、プリントを揃えてホチキスで止めはじめる。

 もしかしたら自分と話す切っ掛けを作りたかったのだろうか。だが、特に話をしたいとは思わず、無言で作業をし続ける。

 それから暫くして単純な作業は終わり、解放されたことにやれやれと息を吐く。

「お疲れ様。今、束ねて貰ったプリントは各自クラスの人数分持って行ってね」

 生徒会長が解散を告げ、プリントを教室に置いてから帰ろうと席を立つ。

 すると、待ってと桂司に呼び止められた。

「何かご用でしょうか?」

 呼び止められる理由がわからず、話しだすのを待つ。

「吾妻の事なんだが」

 吾妻は悪い意味でこの学校で有名な存在だ。それ故に尚明が同じクラスと知ると、興味本位で彼の事を聞いてくる人は今までも居た。

 もしや先ほど自分に話しかけてきたのも、吾妻の事を聞こうと思っての事なのだろうか。

「吾妻が何か?」

 気持ちが冷めて、それが声音となる。

「クラスでどんな感じだ」
「知ってどうするんです?」

 尚明の冷めた態度に、桂司は困ったなと頭を掻きながら呟く。

「俺はただ、吾妻がどんな奴なのか知りたいだけなんだ」

 と言う。

 吾妻の噂は嫌になるくらい聞こえてくるし、不機嫌そうな顔をしている彼は確かに怖い。

 だが吾妻がそんな顔をする理由は解らなくもない。毎日噂されて話し掛けても貰えず目も合わせてもらえないのだから。それなのに、学校を休むことなく来ている。

 きっと噂通りではない。それから、吾妻という人となりを見て友達になった。なのに自分で確かめる事もしないで他人に聞いてくるなんてどういうつもりだ。

 尚明は静かに怒りながら、

「直接、本人に話しかけてみてください」

 と言い放てば、肩を竦めてため息をつく。

「それが出来るのであればそうしている。ただ、な、ちょっと俺とアイツには因縁があってな。いきなり吾妻に話しかけたら喧嘩になるだろうな」

 実はと桂司から昇降口でのやり取りの事を聞き、成程と納得する。

 吾妻からしたら優を奪われたかたちであり、桂司は二人の間を邪魔した男という事になる。

「確かに喧嘩になりますね」

 恋は盲目。普段は噂のような男ではない吾妻でも、噂通りの男となりかねない。

 だが、何故だろうか、尚明は桂司には本当の吾妻を知って欲しいと思った。

 まだ桂司という人なりは解らないが、吾妻にとって桂司と知り合う事はプラスとなるとそう直感がいっているのだ。

「あの、やはり直接話をしてみませんか? 俺が二人を引きあわせます」

 喧嘩にならないで話せるように傍にいますからと言えば、

「あぁ、直接話した方が吾妻が噂通りの奴かもわかるしな。お願いするよ」

 そう言うと、大きな手がぐりぐりと尚明の頭を撫でた。

「せ、先輩!」

 いきなりの事に慌てる尚明に対し、やたら嬉しそうに桂司が笑顔を向ける。

 その表情はあまりに優しくてかっこよくて。

 尚明はふと表情を緩め、「やめてください」とその手を掴んだ。



 

 それからしばらくして保健室で吾妻と桂司を引き合わせた。

 出会い頭に喧嘩になりそうになったが恭介の助けもあってどうにか話をする所までもっていけた。

「人の話を聞かないし暴走する所がありますが、噂のような奴じゃないです。俺は勇人と友達になれてよかったって思ってますし」

 そう吾妻に対する気持ちを桂司に伝えれば、

「はは、わかってる。噂通りの奴ならばお前が必死になるはずがないし穂高先生だって心配そうに俺達を見てないだろうよ」

 とそう言ってくれた。

 そして優に対する吾妻の想いが桂司に伝わったから。二人を良き先輩後輩であり友人の関係へと導いたのだろう。





 思えばあの出会いが尚明の恋のはじまりだった。

 桂司は何処かで会えば必ず向こうから声をかけてくれるし、荷物を持っていればそれを全部持ってくれたりと尚明に優しくしてくれる。

 大きな手で撫でられたり笑顔を向けてくれたりする度に、胸の高鳴りを覚えるようになった。

 他の子にも優しくしている姿を見ると胸がもやもやして落ち込んでしまう。

 でも、自分に気が付いて手を振ってくれるだけで、もやもやは消えてほわほわと暖かい気持ちになる。

 吾妻と出会っていなければ桂司とも話すことはなかっただろうし、恋なんてしなかっただろう。学校は勉強をする為だけに通う場所となっていただろうから。



 友達と騒ぎ恋をして過ごす日々。こんな学校生活も悪くはない。
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