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希紫瑠音

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偶然の出来事/噂

噂(2)

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 こたえられずに黙り込む俺に、

「クソっ、駄目かぁ」

 と、前髪を乱暴に混ぜた後に大きく息を吐いた。 

 真剣に俺のことを想ってくれている、その吾妻の想いが伝わってくる。

 俺のことをそんなふうに見てくれる人が居るなんて思わなかったから嬉しい。でも想いに応えることはできない。

「ごめん」
「謝るなって。ま、しょうがねぇよ。俺はこんなだし。それに男に好きって言われたってなぁ、困るよな」

 そう、苦笑いを見せて吾妻はコンクリートに寝ころんだ。

「でも俺はあきらめねぇからなッ。好きだ、優」

 そう言うと俺に笑顔を向けた。

 いつも見せるような怖い笑顔ではなくて柔らかい笑顔。

 そんな表情も見せるのかと見惚れる俺の頬に、吾妻の手が触れた。

「吾妻?」

 あっという間に唇を奪われ、そのままコンクリートの上に組み敷かれ、両手の自由を奪われてしまう。

「んッ……」

 啄むように何度もキスをされ、うっすらと開いた俺の唇に吾妻の舌が入りこんで口内を弄られる。

 歯列をなぞり舌が絡み、くちゅっと水音をたて、芯が甘く痺れて熱を生む。

 なんともいえぬ高揚感に、このまま溺れてしまいそうになるが、完全に落ちる前に吾妻の唇と熱が離れた。

「わりぃ、優があまりにも可愛いから」

 目元が赤く染まり、色っぽい顔をした吾妻の顔が近く。

 それにドキッと胸が高鳴って、俺はぎゅっと胸元を握りしめる。

「キス、止められなかった」

 吾妻が申し訳なさそうにがりがりと頭をかく。一応は反省しているみたいだし、俺もキスに溺れかけていたので何も言わずに黙り込む。

「俺さ、実は恭介サンとナオ……、あ、穂高先生とクラスメイトの川上に告白をしたことを話したんだ」
「な、なんだって!?」

 まさか、例のことも話してしまったのではないだろうか。

 俺は恐る恐る吾妻の顔を見れば、何を言いたいのか気が付いたようで。

「キスしたことも言っちまった」

 悪気のない顔で、とんでもないことを口にする。

「え、えぇぇぇ!!」

 それを聞いて俺は顔を真っ赤にさせる。

 穂高先生は俺が怪我をして保健室に行った時には既に、俺が吾妻にキスされたことを知っていたという訳だ。

「でさ、おもいきりグーで殴られた」

 あれは痛かったぜと、その痛みを思い出したのか頭をさする吾妻だ。

 殴られて当然と、そう言いたい所だが、吾妻の痛そうな顔を見ていたら少しだけ可愛そうだなと思ってしまい、俺は吾妻の頭に手を伸ばしてその箇所を優しく撫でる。

 そんな俺を目を見開きながら見つめる吾妻だったが、見る見るうちに顔が赤く染まっていく。

「え、あ、ごめんッ」

 弟や妹にするように、つい、頭を撫でてしまったことが癪に障ったのかな。

 俺は慌てて手を引くが、怒りが収まらないようで両肩を強く掴まれてしまう。

「吾妻っ」

「わりぃ。先に謝っとく」

 何故か俺に詫びを入れてくる。

 どういうことなのか尋ねようとした所に、俺の唇は吾妻によって再び奪われた。

 流石に今度ばかりは手が動き、吾妻の頬を張る音が屋上に鳴り響いた。







 授業中の教室に戻った俺に、授業をしていた先生が大丈夫かと声を掛けてくる。

 真一が上手く言っておいてくれたのだろう。ありがとうと目配せをして席に座る。

「大丈夫?」

 と、俺と席の近い久遠が心配そうな表情をしながら声をかけてくる。

 そんな久遠に申し訳ない気持ちになる。実際はただのサボりなのだから。

「うん、大丈夫だよ」

 そう言葉を返し、教科書を取り出した。



 あの後。

「くぅ……! てめぇ、舌噛んだろーが!!」

 吾妻に怒鳴られて、俺は飛び上がるほど驚いた。

 つい手を出してしまったことに、サッと血の気を失う。

 今度こそ殴られるかもと、吾妻から逃げるように後ずさるりながら出入り口のドアへと向う。

 だが、当の本人は俺を追いかけてくることもなく、教室に戻るのだと思ったようで。

「メールでも電話でもいいからくれよ」

 と、俺に手を振る。そんな吾妻に返事も無しに背を向けて、俺は教室へと急ぎ足で戻ったのだ。



 吾妻の頬にくっきりと残る手跡。

 それを見かけた生徒が噂を流し、放課後には既に学校中に知れ渡ったようだ。

 二股をかけていて叩かれたとか、無理やりやろうとして叩かれたとか、まぁ、女絡みの内容ばかり。

 実際は俺がつけた痕なんだけどね。

 適当な噂を聞いていると、吾妻に対する噂はただの噂でしかないのかもしれない。

 屋上で、別れ際にメールでも電話でもと言われたことを思い出す。

 無理。

 絶対に無理。

 でも……。

 どうしてこんなに気になるんだろう。

 本当に無理なの? と自分の心に問いかけている自分もいる。吾妻のことを知りたいと思い始めているのではないだろうか。

 心が揺らぐ。

 こんな風に思うことなんてはじめてかもしれない。

 俺はその思いに困惑しながら、ポケットの中の携帯をぎゅっと握りしめた。
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