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希紫瑠音

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ヤンキーと俺

ヤンキーと俺【1】

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 この状況は凄くヤバイ。

 ひとけの無い体育館の裏側に、学校でちょっとした有名人である、後輩の吾妻勇人あずまはやとにムリヤリに連れてこられた。

 吾妻について良い噂を聞いたことがない。中学の頃から暴走族の仲間に入り、バイクを乗り回したり喧嘩をしたりしていたらしい。

 それもすぐに手が出るらしく気に入らないものには遠慮がない。病院送りにされた者もいるとかいないとかで、彼が入学してきた時には凄く噂になったものだ。

 その噂の通りならばと、触らぬ神に祟りなしといわんばかりに彼を遠巻きにする。

 俺だってそんな怖い人とお知り合いになりたく無いのだが、呼び出され怖くて抵抗できずに吾妻についてきてしまったのだ。

 先ほどから俺のチキンハートが激しい動悸に襲われていて、ふとした瞬間に気が遠くなりかける。

 早くこの状態から逃げ出さないとこのまま心臓が止まってしまうかもしれない。俺は意を決して吾妻に話しかけた。

「あ、あの……、吾妻、くん?」

 そんな俺の言葉なんて凄みの効いた目つきの吾妻の勢いに消されてしまう。

 話すら出来ないこの状態で俺は一体どうしたら良いのでしょうか?

 呼びだされた理由は、幼馴染のことがあるからだろう。

 渡部久遠わたべくおん澤木真一さわきしんいちは学校ではちょっとした有名人だ。

 久遠は女子にも負けない位可愛くて性格は素直で誰にでも優しい奴なのだ。男しかいないこの学校アイドル扱いされてしまうのは多少仕方ないのかもしれない。

 平凡な俺が傍に居て仲良くしている姿を見て、ファンの子に嫉妬されたり陰口を叩かれたりしている。

 気に入らない存在である俺に手出しをしないのは真一のお陰だ。頭がよく信頼されているし、逆らったら何かをされそうな雰囲気がある。

 二人に釣り合わない俺。

 真一のいない所を狙い、ひとめのつかぬ所へと連れて行かれてボコボコにいつかはされるだろうなと思っていたけれど、それがよりによって吾妻だなんて。

「吾妻くん」

 何時までも睨みつける相手に勇気を振り絞り、もう一度話しかけてみるけれどやっぱり返答がない。

 それどころか壁際にどんどんと追い込まれて。俺は自分の危機に覚悟を決め唾を飲み込む。

 吾妻は両手を壁につき俺に顔を近づけていく。

 ガンをつけ俺を嘗め回すように見つめ、その度に俺は心臓が止まりそうで。怖くて怖くて ぎゅっと目を瞑った。

 きっと殴られて俺は再起不能状態になるのだろう。

 握った拳が汗まみれで膝はガクガク笑っている。

 だが痛みを伴った衝撃は襲ってこず。俺の顎に吾妻の指の感触を感じ、そして唇に柔らかいモノが触れた。

 予想外の感触にそっと瞳を開ければ、目の前には吾妻の顔があり、俺の唇をふさいでいた。

「ん? んんっ」

 俺のファーストキス。奪った相手がよりにもよって吾妻だなんて。ある意味、殴られるよりも衝撃を受けた。

 逃げなければと離れようとした俺の腰に腕が回り、あっけなく吾妻の腕の中に捕らえられてしまう。

 吾妻の温もりと匂い。いつも屋上で煙草を吸っているという噂とは違い、その匂いは無く爽やかな香りがする。

 キスはまだ続いていて、啄むように何度かされ、やっと唇が離れるが、

「口、開けろよ」
「え? んっ」

 親指を突っ込まれて、うっすらと開いた口に、今度は舌が入り込む。

「ん、ふっ、ふぁぁ……」

 こういうことに疎い俺はキスの仕方なんて解らない。ただ、吾妻に翻弄されていく。

 体が甘く痺れて力が抜けて、くずれそうになる俺をしっかりと抱きしめる。

 やっと唇が離れたが、吾妻が照れながら俺を睨む。

「おま、ちょ、やべぇ……。んな顔すんなよ」

 ヤりたくなんだろう、と、吾妻はぽつりと呟いた。

 この流れから言って、やりたいとは喧嘩のことではじゃないですよね?

「じょ、冗談じゃないよ!」

 流石にキスでぼんやりとしていた頭の中がすっと冷めていく。

 何を考えているのだろうか。そもそも、俺はいたって平凡な男だぞ。そんなことを思う理由がわからない。

「はぁ? だって、OKしたんだろーが」

 なんて言う。

 一体、何を、だ?

 主語のない言葉の意味を理解出来る頭は俺になく。

「OK? 何を、俺が、いつ??」
「何をって、アンタが目つぶっから。してイイんだと思って」
「……えっと、なんだって?」

 いくらなんでもだ。目をつぶったからといってキスをされたんじゃたまったものではない。

 常識的に考えれば解ることだろう。呆れて何も言えない。

「だってよ、フツー、解んだろーよ。体育館の裏に呼び出したら、愛の告白って」

 その言葉に、俺は心の中でつっこみをいれる。

 いや、お前相手に誰も思わないから。

 だって、相手はあの吾妻だ。喧嘩とか喝上げとか嫌な方向にしか浮かばないだろうが。しかも告白されるなんて思わないぞ。

「あの、何を言っているかサッパリ解らないのですが」
「ち、鈍いな、アンタ」

 怖い顔で舌打ちをされた。

「好きだって言ってんだよ」

 一瞬、言われた言葉を理解出来なくて、口をあんぐりと開く。

「はぁぁ!?」

 じわじわと吾妻声で「好きだ」という言葉が、頭の中でぐるぐるとまわりだす。

 照れくさそうに俺を見つめる吾妻。お前の照れた姿なんぞ全然かわいくないから。

「無理」

 精神的に無理だ。それに吾妻は男だし付き合う姿が想像できない。

「ナニ?」

「無理だ~!!」

 俺はそう叫んで吾妻を突き飛ばすと一目散に逃げ出した。

 後ろから大きな声で、

「オイ、コラ、待て! 優、おい、木邑優きむらすぐる!!」

 フルネームまで知られている。それが余計に怖くて無我夢中に教室へと向かった。
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