獣人ハ恋焦ガレル

希紫瑠音

文字の大きさ
上 下
11 / 47
獣人ト出逢ウ

日常と大好きな獣人(シリル)④

しおりを挟む
 風呂の準備をするために部屋に向かう。シリルも自室へ入りドニが作ってくれたシャボンと着替えをもって風呂場へと向かった。

「このシャボンはいい匂いがするし泡立ちがよいんだ」

「もしやお友達が作ってくれたのかい?」

 オイルの話をした後なのでランベールはそれに気が付いたようだ。

「そうなんだ」
「それじゃ、シリルから先に。私に全部見せてくれるかい?」
「あぁ」

 目の前に立ったシリルを上から下までじっくりと見始める。成長した我が子を見るように、その眼は優しい色をしている。

「この頃はシリルの成長をじっくりとみることができなかったからね」
「そうだったな。ファブリスがランベールと一緒に入りたがるからな。好かれているな、叔父上は」

「まぁ、うん、そうだねぇ……」

 ごにょごにょと言葉を濁らせるランベールに、シリルは特に気にすることなく、ドニはなんだろうと小首をかしげる。

「さて、シリル、洗ってくれるかな」
「あぁ、まかせておけ」

 シャボンを手でこすり、マシュマロのような泡を立てていく。

 獣人にとって風呂はコミュニケーションの場である。

 互いの背中を流し、鍛え上げた肉身体を褒め合う。そして、湯船につかりながら話をして親睦を深めていく。

 それを初めて知ったのは屋敷に移り住んでからだ。残念なことにシリルの肉体はほめるところがないが、ランベールたちは違う。見事な毛並みと鍛えられた美しい身体をしていた 

 身体を洗いながら新たな傷はないかを確認していく。

 騎士だった頃にも傷はあったが、旅に出るようになってからは余計に気になるようになった。

「ここ、傷がある」
「あぁ、これはどうしても欲しい宝があってね。爪先がかすっただけだよ」

 そうランベールはいうが、そこそこ深い傷だ。

「ランベール、危険なことはしないでくれ」

 冒険家なのだから宝を手に入れたいのはしかたがない。だが、怪我をしていたことを後から知るのは胸が痛んで嫌だ。

 ぎゅっとランベールの傷のある場所へ腕を絡ませて顔をくっつける。身体が震え、尻尾と耳が垂れ下がる。

「そうだね。もう若くもないのだし。これからは危険な場所にはいかないよ」

 大きな手が優しく背中をなでる。

「約束してくれ」
「するよ、シリル」

 そっと顔を上げるとランベールの顔が近い。

「らんべーる」

 目元があつくなり涙が零れ落ちる。

 もしもランベールの身に何かがおきたらシリルはどうにかなってしまうだろう。

「泣かせるつもりはなかったのにねぇ。ほら、可愛い笑顔を見せて」

 涙を親指でぬぐってくれる。

「シリル、このままでは私が甥っ子に怒られてしまうよ」

 自分自身を抱きしめて震える仕草をするランベールに、シリルはクスッと笑うと、

「あぁ、よかった。笑ってくれたね。うん、かわいい」

 ふわりと笑顔を浮かべて、それを見た瞬間、胸の鼓動が激しく飛び上がった。

 優しく細められた目は色っぽくて綺麗だ。こんな素敵な雄が自分を甘やかしてくれるのだ。幸せで、胸がいっぱいになる。

 今まで何度かランベールに対して感じたことだ。彼の行動一つで簡単にかわってしまう。

「ランベール」
「ふふ、甘えられるのは嬉しいが早く身体を拭いて服をきなさい。湯冷めをしてしまうよ」
「そうだな。ランベールも湯冷めをしてしまうな」

 柔らかなタオルで身体を拭き、服を身に着ける。

 風呂から上がったらドニの作ってくれたオイルを塗るのだが、ランベールが塗ってくれた。

「いいにおいがするね」

 鼻を近づけて首のあたりの匂いを嗅ぐ。

「ランベールも塗ろうか」
「これはシリルのために作ってくれたものだろう? だから君が使いなさい」

 それが彼に対してのお礼にもなるんだよと言われ、シリルは瓶を大切そうに胸にだいた。 






 きっとファブリスに何か言われるだろう。そう思っていたのに触れられることもなかった。

「もうすぐ食事ができるから」
「そうか。オイルを置いてくる」

 呼びに来るまで部屋で目を冷やそうと思ったのだが、すぐにドアをノックされる。

「なんだ、もうできたのか」
「いや。話がある」
「入れ」

 ドアが開きファブリスが中へ入ってくる。

「話とは?」
「風呂から上がった後、目が赤かったから」

 こちらをみて何も言わなかったのでバレなかったと思っていたが、そうではなかったようだ。

「目に水が入って、なんていっても信じないよな」
「あぁ。違うんだろう?」

 ドアを開き部屋の中へと招く。

「なぁ、ファブリスは好きな人に対して胸が苦しくて泣きたくなるような経験はあるか?」
「あるさ」

 ふ、と、口元に笑みを浮かべ胸に手を当てる。

「シリル、好きの違いがわかるか?」
「違いとはなんだ」
「その好きな人に対してシリルはどう思っているんだ。恋愛対象としてか、友達や家族としてか」

 ランベールは幼き頃から傍にいてくれた。まるで父親のように。

 哀情を注がれるたびに嬉しくて、本当の家族だったらいいのにと何度も思った。

 だが、年月がたつにつれ、一緒にいるのが幸せという気持ちと共にもやもやとした感情が生まれた。

 ランベールは大人で、自分とは二十も年が離れている。いつか綺麗な雌と婚姻をするのだろう。

 もしもファブリスやゾフィードが婚姻をしたのなら、心からおめでとうと言えるのに、ランベールに対しては考えるだけでも胸が痛くなる。

「そうか、僕はランベールのことを恋愛対象として好きなんだな」

 だからあの時、切なくて涙がこぼれ落ちたのだろう。

「そうか」

 ファブリスが肩を抱く。彼にもたれるように頭を傾けると、なでてくれた。

「ファブリス、話を聞いてくれてありがとう。僕はいい友達を持ったよ」
「そういってくれて嬉しいぞ、シリル」

 ファブリスはまるで先生のように色々と教えてくれる。

「さて、そろそろ準備も終わるからダイニングルームへ」
「わかった」

 ファブリスが部屋を出て一人になるとベッドに横になり天井を見つめる。

 ランベールに対する気持ちに気が付いたら、より、彼のことを考えてしまう。

 きっと恋人としては見てもらえない。だが、ランベールは事情を知っているゆえにシリルに甘い。

 成人の儀を迎えるまでは恋人も作らずにいてくれるだろう。せめてそれまでの間、ランベールを独占したい。

「それくらいは許してく欲しい」

 後は思い出と共にこの屋敷で一生を終えよう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

騎士さま、むっつりユニコーンに襲われる

雲丹はち
BL
ユニコーンの角を採取しにいったらゴブリンに襲われかけ、むっつりすけべなユニコーンに処女を奪われてしまう騎士団長のお話。

【完結】ハシビロコウの強面騎士団長が僕を睨みながらお辞儀をしてくるんですが。〜まさか求愛行動だったなんて知らなかったんです!〜

大竹あやめ
BL
第11回BL小説大賞、奨励賞を頂きました!ありがとうございます! ヤンバルクイナのヤンは、英雄になった。 臆病で体格も小さいのに、偶然蛇の野盗を倒したことで、城に迎え入れられ、従騎士となる。 仕える主人は騎士団長でハシビロコウのレックス。 強面で表情も変わらない、騎士の鑑ともいえる彼に、なぜか出会った時からお辞儀を幾度もされた。 彼は癖だと言うが、ヤンは心配しつつも、慣れない城での生活に奮闘する。 自分が描く英雄像とは程遠いのに、チヤホヤされることに葛藤を覚えながらも、等身大のヤンを見ていてくれるレックスに特別な感情を抱くようになり……。 強面騎士団長のハシビロコウ‪✕‬ビビリで無自覚なヤンバルクイナの擬人化BLです。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

sugar sugar honey! 甘くとろける恋をしよう

乃木のき
BL
母親の再婚によってあまーい名前になってしまった「佐藤蜜」は入学式の日、担任に「おいしそうだね」と言われてしまった。 周防獅子という負けず劣らずの名前を持つ担任は、ガタイに似合わず甘党でおっとりしていて、そばにいると心地がいい。 初恋もまだな蜜だけど周防と初めての経験を通して恋を知っていく。 (これが恋っていうものなのか?) 人を好きになる苦しさを知った時、蜜は大人の階段を上り始める。 ピュアな男子高生と先生の甘々ラブストーリー。 ※エブリスタにて『sugar sugar honey』のタイトルで掲載されていた作品です。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

嫌われ者の僕はひっそりと暮らしたい

りまり
BL
 僕のいる世界は男性でも妊娠することのできる世界で、僕の婚約者は公爵家の嫡男です。  この世界は魔法の使えるファンタジーのようなところでもちろん魔物もいれば妖精や精霊もいるんだ。  僕の婚約者はそれはそれは見目麗しい青年、それだけじゃなくすごく頭も良いし剣術に魔法になんでもそつなくこなせる凄い人でだからと言って平民を見下すことなくわからないところは教えてあげられる優しさを持っている。  本当に僕にはもったいない人なんだ。  どんなに努力しても成果が伴わない僕に呆れてしまったのか、最近は平民の中でも特に優秀な人と一緒にいる所を見るようになって、周りからもお似合いの夫婦だと言われるようになっていった。その一方で僕の評価はかなり厳しく彼が可哀そうだと言う声が聞こえてくるようにもなった。  彼から言われたわけでもないが、あの二人を見ていれば恋愛関係にあるのぐらいわかる。彼に迷惑をかけたくないので、卒業したら結婚する予定だったけど両親に今の状況を話て婚約を白紙にしてもらえるように頼んだ。  答えは聞かなくてもわかる婚約が解消され、僕は学校を卒業したら辺境伯にいる叔父の元に旅立つことになっている。  後少しだけあなたを……あなたの姿を目に焼き付けて辺境伯領に行きたい。

処理中です...