獣人ハ恋焦ガレル

希紫瑠音

文字の大きさ
上 下
45 / 47
獣人ハ恋ニ落チル

しおりを挟む
 ゾフィードがドニに優しいのは友達だから。

 その言葉が思った以上にショックだった。それは夢のような時間を過ごした後だったからかもしれない。

 今だゾフィードに触れられた個所が熱く疼く。それがあさましく思え、そして目から涙があふれだした。

 そんなドニに呆れたか、ゾフィードがため息をついた。

 ここで泣くのはズルいよなと、ドニは涙を拭い笑みを浮かべようとしたが失敗した。きっと顔が引きつっているだろう。

 へいきだと口にするが、ゾフィードに抱きしめられた。

 あぁ、またやってしまった。泣いた者を慰めるのも友として当然、そう思っているのだろう。

 それを勘違いして期待をしてしかけて我に返る。あとで返ってくるダメージが大きいのを知っているから気付けた。

 少しだけ胸の重苦しいがまだこれくらいなら耐えられる。ただしこれ以上優しくされたらわからない。

 ごめんねと謝ってこれでお終い。そうしたかったのにゾフィードの視線はまっすぐにドニを見ていた。

 こんなふうに見つめられてはドニの気持ちは落ち着かない。しかも手が頬に優しく触れるのだからダメだと思っても期待をしてしまいそうになる。

「ドニ、覚えているか。獣人が愛しい者にする行為を」
「うん。鼻先を舐めるんだよね」

 口の中が渇き声がかすれる。

 今、それを口にするなんて。心臓がうるさいくらいに音をたてはじめた。

「そうだ」

 と、ゾフィードがドニの鼻先をぺろりと舐めた。

 その瞬間、ドニは驚き、後ろに下がって尻もちをついた。

「驚かせてしまったか。すまない」
「ゾフィード、それって」
「好きだ」

 ずっと欲しかった言葉だ。

 気持ちの高ぶりが収まらず、折角止まった涙が再び目からあふれ出た。

「ドニ!?」
「ごめ、俺、ずっと、その言葉が欲しかったから、驚い……、ん」

 唇が重なり合う。それはすぐに離れ、そして額がくっつき鼻先が触れる。

「ドニに告白をされた時、俺が獣人だからだろうとお前の気持ちを信じていなかった。だが、団長がお前を好きだといっても付き合わなかったよな。一途に想ってくれていたことを疑ってしまった。それがわかってから、ドニに優しくしようと自分に誓ったんだ」

 ゾフィードが優しかったのはそういう理由だった。

「嬉しいよぅ。俺の気持ちが伝わって」

 ぐりぐりと頭を動かすと、ゾフィードがくすっと笑う。

「すまんな。俺は鈍感だから団長に当て馬のようなことをさせてしまったし、ランベール様にも援護射撃のようなことをさせてしまった」
「そうだよっ。これからはいっぱい愛してもらうんだからねっ」

 と、ゾフィードの唇へ口づけてゾフィードを見つめれば、目を細めてドニの頬を指でなでる。

「そうだな。それならこれ以上のキスを贈ろう」

 口を開けと言われて、うっすらと唇を開くと舌が中へと入りこむ。

 自分たちとあまり変わらぬ舌の長さと厚さだが、ざらざらとした感触が歯列をなぞっていく。

「はぁっ」

 それがすごく気持ちよくて下がじくじくとしはじめた。

「ん、ファブリスの菓子を食べているときのような顔だな」
「ふぁ?」

 唇をついばみ、そして再び舌がはいりこんだ。

「むふん」

 蕩けるような口づけに、力が抜けてゾフィードの胸に頬を押し付ける。

「ドニ、掌を上に向けろ」

 そういわれて掌を上へと向けると、ゾフィードが耳につけていた赤い宝石のピアスを外して落とした。

「受け取ってほしい」

 まさか、ゾフィードから宝石を渡されるとは思わず、目をぱちぱちとさせて掌のピアスを眺める。

「これって」
「いや、これはお前に贈るアクセサリーができるまでの間、俺のものだという証だ」

 俺のものという証。それに触れて一気に熱が上がる。

「あ、う」

 こういうのははじめてだからいつものようにはできない。

「あぁ、やばいな。お前は意外と可愛い奴なんだな」

 真っ赤だと手の甲で頬を撫でられた。

「だって、ゾフィードが」
「俺と番になってくれ」

 撫でていた手が唇を撫でて首筋をたどる。

「うん。ゾフィード、俺を幸せにしてね」
「あぁ、もちろんだとも」

 互いの鼻先にキスをする。

「あぁ、興奮して眠れないかも」
「大丈夫だ。俺が抱きしめていてやろう。そうすればぐっすりだ」

 その言葉の通り。ドニはすぐに深い眠りについた。



 


  ファブリスに綺麗な布と革ひもを貰い小さな袋を作った。

 その中にあずかりものを入れて首にぶら下げる。 

「ゾフィード、ピアスはどうしたのだ。成人の儀で贈られたものだろう?」

 番のない獣人は親から贈られたアクセサリーを身に着ける。

 まさか、そんな大切なものだったとは。

 なんて愛おしいのだろう。ドニは袋をそっと撫でる。

「俺が預かっているんだ」

 とファブリスにいうと、おっというような顔をし、ゾフィードの肩に手を置いた。

「そうか。やっと素直になったのか」
「あの変態にだぞ? 気の迷いかと思うだろう」

 素直にそこはうなずいておけばよいものを。それでも、番になってくれという言葉があるからドニは笑っていられる。

 ロシェに伝えたいのだが姿が見えない。

「ファブリス、ロシェは?」
「まだ休んでいる」
「あ、お仕置きされたんだっけ」

 起きれないほどにお仕置きは激しかったのだろう。自分たちのお仕置きを思い出し頬がじわっと火照り出す。

 だがそれは二人の行為に対して照れていると思われたようでファブリスからの突っ込みはない。

「ロシェに余計なことを聞くなよ」

 お仕置きの内容はどうだったかと聞いてはいけないということか。気にはなるが黙っていることにする。

「わかった。ロシェに怒られるものね」
「そういうことだ」

 朝は焼き立てのスコーンと花苺のジャム。ドニには生クリームが付いていた。

「わぁ、嬉しい」

「ドニはこれがあればたくさん食べるからな」

 温かいミルクがコップの中に入っていた。

「うん」
「午後にはここを立つから、荷物の整理をしておいてくれ」
「わかった」

 しばらくは話をしながら朝食を堪能していたら、不機嫌な顔をしたロシェがダイニングへとやってくる。

 そしてファブリスを見るや否や、シャツの胸元をつかんで引っ張った。

「この性欲の塊がっ! 今日は帰る日だとわかっていたのに、何度も何度も突っ込みやがって」
「あぁ。だが、我慢できなかったんだ」

 キューン。

 鳴きながら、しょんぼりと耳と尻尾が垂れていた。

「はわ、かわっ」

 甘えるファブリスは可愛いなとデレっとしかけたところに、

「もう浮気か」

 頭を撫でていた手が、こんどはぎりぎりとつかんでいる。

「いたいっ、だって、あれはファブリスが悪いよぉ」
「うるさい、変態め」

 よそ見をするな、そう耳打ちされて唇をふさがれた。

「はぅんっ」

 嫉妬をしている。それが嬉しくて頬が緩んだ。

「なんだ、やっとくっついたか」

 ロシェがそう口にする。怒っていたのに今はいつもの彼に戻っていた。

 まさか見られていようとはおもわず、ゾフィードの耳と尻尾がピンと立ち上がり、それを見てファブリスがにやりと笑う。

「耳と尻尾は素直だな」
「なっ」

 焦るゾフィードに、ロシェとドニがうなずいた。

「ドニ、よかったな」

 ロシェがドニの手を掴んで、滅多に見せない笑みを浮かべた。

「可愛いな、その顔」

 じっとファブリスが顔を近づけてみていて、やめろと照れ隠しのようにロシェが脇腹を殴った。

「あははは、いいね、こういうの」

 そっとゾフィードの手を握りしめると、

「あぁ。これから先も一緒に笑いあって暮らせたらいいな」

 その言葉と共に指を絡ませる。

「うん」

 鼻先が触れ合い、そして笑顔を向けた。


<了>
しおりを挟む
<獣人、恋慕ノ情ヲ抱ク>シリーズ

獣人ハ恋ヲスル
・獣人剣士(家事が得意)×少年剣士(火傷があり、コンプレックスに)【R18】

獣人ハ恋シ家族ニナル
・獣人(人の好い)×人の子(家事が得意で手先が器用)・子育て【R18】

獣人ハ甘ヤカシ、甘ヤカサレル
・人の子(年上・医者)×獣人(パン屋)/歳の差【R18】

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

繋がれた絆はどこまでも

mahiro
BL
生存率の低いベイリー家。 そんな家に生まれたライトは、次期当主はお前であるのだと父親である国王は言った。 ただし、それは公表せず表では双子の弟であるメイソンが次期当主であるのだと公表するのだという。 当主交代となるそのとき、正式にライトが当主であるのだと公表するのだとか。 それまでは国を離れ、当主となるべく教育を受けてくるようにと指示をされ、国を出ることになったライト。 次期当主が発表される数週間前、ライトはお忍びで国を訪れ、屋敷を訪れた。 そこは昔と大きく異なり、明るく温かな空気が流れていた。 その事に疑問を抱きつつも中へ中へと突き進めば、メイソンと従者であるイザヤが突然抱き合ったのだ。 それを見たライトは、ある決意をし……?

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

処理中です...