社員食堂で休息を

希紫瑠音

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第2話(2)

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 午後の業務が始まり、仕事は順調に進んでいく。このままいけば定時で上がれそうだ。

 それなら、旭日を食事に誘おうかと考える。慰めて貰ったり、珈琲を煎れて貰ったりと普段お世話になっているお礼をしたい。

 連絡先を聞いておけばよかった。そうすれば都合をきけたのに。

 何故だろうか、会いたいときは食堂へ行けばいいやと、思っていたからだ。

 時計を見る。15時を少し回ったところ。仕事もひと段落ついたので食堂へ行って予定を聞いてこよう。

 お菓子目当てで食堂を利用する人もいるので、それだけ聞いたら戻るつもりだったのだ。

 食堂の中へと入る前。女子の楽しそうな声が中から聞こえてくる。

 そっと覗き込めば、ある一角で女子社員と旭日が話をしていた。

 大柄で目つきが悪く、いっけん、怖い人だと思ってしまう。だが、人懐っこくて優しい良い青年だということはすぐに解る。

 女子にモテないわけがない。見た目とのギャップがたまらないと思っている人もいるだろう。

 それを目の当たりにして、夜久は入口で立ったまま動けなくなった。

 そう、自分は女子に嫉妬していたのだから。

「参ったなぁ」

 気が付きたくなかった。その感情を。

 踵を返す。

 心臓がうるさいほど叫んでいる。

 旭日の隣は誰にも渡したくない。あの手に包まれ甘やかしてほしい。

自動販売機の前、拳をぶつける。

「どうしたの?」

 声を掛けられてそちらへと顔を向けると、そこに八潮がたっている。

 昼のことを思いだして、思わず一歩下がってしまった。

「お昼に岡谷君の話をしたからかな」
「え、いや、別に」

 確かに岡谷の話しが関係しているが、あれは勝手に自分が拗ねただけだ。八潮は悪くない。

「岡谷君と仲が良くないの?」
「そういう訳ではないです」

 夜久の課の人間は仕事上の付き合いしかない。互いに無関心だ。

「いや、ね、前に岡谷君と三木本君がもめていてね。どんな子なのか気になっただけなんだ」
「そうでしたか。すみません、俺、あまりよくわからないです」

 だから八潮たちが岡谷を知っていたのかと納得した。

「わかった。ごめんねぇ、気になるとさ、首を突っ込みたくなっちゃうんだよね」
  
 この話はこれで終わりそうだ。もう用はないだろうから立ち去るだろうと思っていたのに、

「あの……」
「なんで自動販売機に喧嘩を売っていたの?」

 販売機を殴っていたことがどうしても気になるのだろう。本当に首を突っ込んできた。

 岡谷のことを聞いてきたのもそうだ。だから三木本がはやく行ってほしいというような表情を浮かべていたのだろう。

 仕事のことなら聞いて貰えるのは嬉しい。だけどプライベートなことだし、内容が内容なので放っておいてほしい。

「仕事でイライラしていて。申し訳ありません」
「いや、別に謝らなくてもいいよぉ。ただ、手の方、大丈夫?」

 殴った方の手へと八潮の手が触れた。

「少し赤くなってるね」
「これは、自分でしたことですので」

 さっと手を後ろに隠すと、八潮がひとつため息をつく。

 心配してくれただけなのに、流石にこれは態度が悪いか。

「あの、俺、戻りますね」
「待って。これで手を冷やしなさいな」

 そういってブラック珈琲を一本手渡される。

「ありがとうございます」

 自分が悪いのに八潮に嫌な態度をとった。それなのに気を遣い優しくしてくれた。

 戻ろうとしたが、踵を返し戻っていく。まだそこに八潮の姿がった。

「あれ、どうしたの?」
「俺、態度悪かったですよね。すみません」
「なに、別に気にしなくていいよ」

 正直に、自分の名前を知っていてくれたことが嬉しかったこと、だが、それは岡谷と同じ課だったからだとしり悲しくなったことを話す。

「そうだね、切っ掛けは岡谷君だけど、夜久君が一生懸命な所を何度も見ているよ。君の所、女子が強いからね」

 確か課長は八潮と同期だ。まさか、仕事をしている所を見てくれていたとは。

「それに旭日君から君の名前をよく聞くしね。お友達なんでしょ?」
「え、旭日君から、ですか」
「うん。旭日君って滅多に他の人の話をしないんだけどね。君の名前は良く聞くから」

 まさか、自分の話しを八潮にしていたなんて。

「おや、もしかして恋人なのかな」
「え、な、何を言って」
「だって、すごく嬉しそうな顔をしているから」

 そう言われて手で顔を覆い隠す。

 顔に出ていたなんて恥ずかしい。

「あ……、友達として、ですよ」

 ちらっと八潮を見ると、表情を緩めていた。

「うん、うん。旭日君、良い男だよねぇ」

 やたらと楽しそうな八潮に、完全にばれたなとがっくりと肩を落とす。

「八潮課長……」

 面白がっているなと恨めしく見れば、肩に手を置き、

「いやぁ、僕ね、恋バナ大好き」

 なんだ、その女子みたいな台詞。

 だが、こんな話を相談できるほど仲の良い友人はいないし、八潮は同性の恋愛にも抵抗はないようだ。

 どうせばれてしまったんだ。相談しても構わないだろうか。

「あの、また話を聞いてもらっても」
「いいよぉ」

 いつでもおいで。そう八潮はいってくれた。

 優しいし甘やかすのがうまい。まるで旭日のようだと、彼を思いだして胸が痛んだ。
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