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第2話
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食堂は今日も混んでいる。
旭日は忙しそうに手を動かし、指示をだしている。
並びながらその姿を眺めていると、目が合い、頭を下げる。
夜久はそれに応えるように手を軽く上げて日替わり定食を受け取りテーブルへと向かう。
特に食事を一緒にとる人もおらず、空いている場所ならどこでもよかった。
「ねぇ、君。一人分なら空いているよ」
そう声を掛けられて、そちらへと目をやる。夜久が解りやすいようにと手をあげてくれた。
「ありがとうございます」
前の席に腰を下ろす。改めて声を掛けてくれた人を見れば、一つ下のフロアで働く八潮であった。
噂は女子から聞いていたので、一度は話をして見たいと思っていた。
「君、上のフロアで働いているよね」
正直にいうと、地味で目立たない自分を知っていたことに驚いた。それと同時に嬉しくもあった。
「はい。夜久といいます」
「僕は八潮。で、君の隣に座っているのは久世君で、僕の隣に座っているのが三木本君ね」
二人は同じ課の部下だそうだ。一緒に昼ご飯を食べるほどの仲だとは。自分の課とはえらい違いだ。
それにしてもなんだろう。やたらに見られている気がする。
八潮は物腰柔らかに笑いながら、隣の三木本は怖い顔をして、そして夜久の隣に座る久世は興味津々といった感じか。
何かしたかなと考えてみるが、接点があまりになくて思いつかない。
「えっと、あ、煮物ってメニューにありましたっけ?」
八潮のトレイにはご飯とみそ汁、漬物と煮物だけだ。
「旭日君がね、自分の賄いと肉野菜炒めを交換してくれたんだよ」
なんだ、誰にでも優しいんだ。ぼんやりとそうんなことをおもう。
「もしかして、煮物が良かったの?」
「あ、いえ、そういう訳じゃないです」
そういうところは旭日らしいじゃないか。そう考え直し、肉野菜炒めを食べ始める。
「ねぇ、君って岡谷君と同じ課だよね」
「え?」
何故、岡谷の名前が出てくるのかと八潮を見れば、
「ちょっと、八潮さんっ」
三木本がやめてくださいと口にする。
そういうことかと、自分を知っていた理由に気が付く。
二人は岡谷の知り合いで、夜久が同じ課だから声を掛けたのだ。
そうとわかると妙にがっかりとした気持ちになり、はやく食べてここから出ていこうとご飯を詰め込む。
「お先に失礼します」
「あ、まって」
八潮は引き止めたいようだが、三木本は夜久に早く行ってしまってほしいようだ。
三木本が岡谷とトラブルを起こし、何かしらなっかと八潮が夜久に聞きたかったのだろうか。
もし、そうだとして、残念ながら同じ課でも仕事以外の話はあまりしないので、話せるようなことは何もない。
それにしても、八潮たちのせいで気持ちが落ち着かない。
トレイを持ち、返却口へと向かうと、
「夜久さん」
声を掛けられて返却口から中を覗き込めば、洗い物をしている旭日がいる。
「……旭日君」
優しいから、知りあえば誰にでも声をかけるのだろう。
そう、それはただの挨拶であって、特別なものではない。
「仕事、がんばってね」
と、それだけ口にして、食堂を後にする。
自分と旭日の間に何かある訳でもない。よくよく思えば、互いの連絡先ですら知らないのだから。
何を勘違いしていたのだろう。馬鹿だなと職場へと戻り自分のデスクの椅子へと腰を下ろす。
恥ずかしい奴だ。自分自身に呆れ、デスクに顔を伏せる。
暫くの間、もんもんとしながらそうしていると、
「夜久さん」
声を掛けられて顔をあげれば、そこに旭日の姿がある。
「なんで?」
まだ忙しい時間帯だろうに、どうしてここにいるのだろう。
「声を掛けたのにうわの空だったから。疲れているのかなって心配で」
じわっと胸が熱くなる。
忙しいのに気に掛けてきてくれた。申し訳ないという気持ちと共に優越感を感じてしまう。
「大丈夫だよ。ごめんね、気を使わせちゃったかな」
「いえ。大丈夫ならいいんです」
そういうとデスクの上にカンロ飴を置いた。
「甘いけど、美味いんですよね、これ」
姐さんから貰ったモンですけどと言い、ニカッと笑う。
「ありがとう、旭日君」
「じゃ、そろそろ戻るんで」
またと手をあげて戻っていく。
天然なのか、あんなことをされたら、男の自分でもドキッとしてしまう。
しかも先ほどまでモヤモヤとしていた心が晴れ渡っていた。
「お前、顔が赤いぞ」
昼から戻ってきた岡谷に言われて頬に手を当てると、確かに熱い気がした。
旭日は忙しそうに手を動かし、指示をだしている。
並びながらその姿を眺めていると、目が合い、頭を下げる。
夜久はそれに応えるように手を軽く上げて日替わり定食を受け取りテーブルへと向かう。
特に食事を一緒にとる人もおらず、空いている場所ならどこでもよかった。
「ねぇ、君。一人分なら空いているよ」
そう声を掛けられて、そちらへと目をやる。夜久が解りやすいようにと手をあげてくれた。
「ありがとうございます」
前の席に腰を下ろす。改めて声を掛けてくれた人を見れば、一つ下のフロアで働く八潮であった。
噂は女子から聞いていたので、一度は話をして見たいと思っていた。
「君、上のフロアで働いているよね」
正直にいうと、地味で目立たない自分を知っていたことに驚いた。それと同時に嬉しくもあった。
「はい。夜久といいます」
「僕は八潮。で、君の隣に座っているのは久世君で、僕の隣に座っているのが三木本君ね」
二人は同じ課の部下だそうだ。一緒に昼ご飯を食べるほどの仲だとは。自分の課とはえらい違いだ。
それにしてもなんだろう。やたらに見られている気がする。
八潮は物腰柔らかに笑いながら、隣の三木本は怖い顔をして、そして夜久の隣に座る久世は興味津々といった感じか。
何かしたかなと考えてみるが、接点があまりになくて思いつかない。
「えっと、あ、煮物ってメニューにありましたっけ?」
八潮のトレイにはご飯とみそ汁、漬物と煮物だけだ。
「旭日君がね、自分の賄いと肉野菜炒めを交換してくれたんだよ」
なんだ、誰にでも優しいんだ。ぼんやりとそうんなことをおもう。
「もしかして、煮物が良かったの?」
「あ、いえ、そういう訳じゃないです」
そういうところは旭日らしいじゃないか。そう考え直し、肉野菜炒めを食べ始める。
「ねぇ、君って岡谷君と同じ課だよね」
「え?」
何故、岡谷の名前が出てくるのかと八潮を見れば、
「ちょっと、八潮さんっ」
三木本がやめてくださいと口にする。
そういうことかと、自分を知っていた理由に気が付く。
二人は岡谷の知り合いで、夜久が同じ課だから声を掛けたのだ。
そうとわかると妙にがっかりとした気持ちになり、はやく食べてここから出ていこうとご飯を詰め込む。
「お先に失礼します」
「あ、まって」
八潮は引き止めたいようだが、三木本は夜久に早く行ってしまってほしいようだ。
三木本が岡谷とトラブルを起こし、何かしらなっかと八潮が夜久に聞きたかったのだろうか。
もし、そうだとして、残念ながら同じ課でも仕事以外の話はあまりしないので、話せるようなことは何もない。
それにしても、八潮たちのせいで気持ちが落ち着かない。
トレイを持ち、返却口へと向かうと、
「夜久さん」
声を掛けられて返却口から中を覗き込めば、洗い物をしている旭日がいる。
「……旭日君」
優しいから、知りあえば誰にでも声をかけるのだろう。
そう、それはただの挨拶であって、特別なものではない。
「仕事、がんばってね」
と、それだけ口にして、食堂を後にする。
自分と旭日の間に何かある訳でもない。よくよく思えば、互いの連絡先ですら知らないのだから。
何を勘違いしていたのだろう。馬鹿だなと職場へと戻り自分のデスクの椅子へと腰を下ろす。
恥ずかしい奴だ。自分自身に呆れ、デスクに顔を伏せる。
暫くの間、もんもんとしながらそうしていると、
「夜久さん」
声を掛けられて顔をあげれば、そこに旭日の姿がある。
「なんで?」
まだ忙しい時間帯だろうに、どうしてここにいるのだろう。
「声を掛けたのにうわの空だったから。疲れているのかなって心配で」
じわっと胸が熱くなる。
忙しいのに気に掛けてきてくれた。申し訳ないという気持ちと共に優越感を感じてしまう。
「大丈夫だよ。ごめんね、気を使わせちゃったかな」
「いえ。大丈夫ならいいんです」
そういうとデスクの上にカンロ飴を置いた。
「甘いけど、美味いんですよね、これ」
姐さんから貰ったモンですけどと言い、ニカッと笑う。
「ありがとう、旭日君」
「じゃ、そろそろ戻るんで」
またと手をあげて戻っていく。
天然なのか、あんなことをされたら、男の自分でもドキッとしてしまう。
しかも先ほどまでモヤモヤとしていた心が晴れ渡っていた。
「お前、顔が赤いぞ」
昼から戻ってきた岡谷に言われて頬に手を当てると、確かに熱い気がした。
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