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第1話
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上司と同僚に恵まれていない。
やたらと仕事を押し付ける上司、仕事より合コンの女子、コミュニケーションがとれない後輩、女子だけに良い人ぶる先輩……、まわりがこんなだと他の部署が羨ましく感じてしまう。
協力したり相談したりを気軽にできる、そんな同僚は夜久星哉のまわにはいない。
時間きっかりに先輩の岡谷がフロアを後にする。残されているのは後輩の筒木だけだ。
彼は岡谷の被害者だった。女子の仕事を引き受けて、自分の分は後輩に丸投げをする。気の毒で手伝おうかと声を掛けるが、大丈夫だと断られてしまう。しかも残られる方が迷惑といわんばかりだ。
何度かそういう目にあったので、この頃は声を掛けるのをやめた。
だが、今日は課長に押し付けられた仕事が残っており、夜久も残らなければならない。
筒木と二人きりの職場は重苦しい空気が流れ、ここにいると息がつまりそうだ。
帰りたいけれど終わるまでは帰れない。だが、どうにも我慢できず、少し気持ちを切り替えようと席を立つ。
食堂は十一時から十四時まで食事の提供をしている。
それ以降は定時の十八時まで。食堂責任者の旭日光大が残っていて、小腹がすいた社員のために手作り菓子を売っていた。
残業の合間に休憩をと、缶コーヒーよりも珈琲マシンがいれたものを求める社員が食堂にいたりするのだが、今日はそこに旭日の姿がある。
「旭日君」
背が大きくて少し強面。だが、作る料理はいつも美味い。
パートのおばちゃんたちをうまくまとめていて、沢山いる社員のにほぼ顔を覚えている。
「あ、夜久さん。残業ですか」
確か歳は自分よりも三つ歳年下で、二十四歳だといっていた。元ヤンだとかそういう噂を聞いたことがある。確かに怒ると迫力がありそうだが、人懐っこくて良い青年だ。
「あぁ。少し休憩と思ってここにきたんだけど、旭日君がいるなんてラッキーだな」
「珈琲?」
「うん。お願い」
旭日が煎れてくれる珈琲は美味い。
はじめてそれを飲んだのは一カ月前のことだ。
その日は酷く疲れていた。女子社員がミスをし、その尻拭いをしていた。
いつもは真っ先に手伝いを申し出る岡谷なのに、その日は用事があるらしく帰ってしまった。筒木はもともと手伝う気がないようで何も言ってこない。
女子達は既に帰った後だし、課長は会議がある。しかも、ミスした子ですら帰ってしまったのだ。
腹が立つよりも人間関係に疲れてしまった。
食堂で伏せっていた所に、いい匂いが鼻孔をくすぐり、顔をあげればそこに珈琲が置かれていた。
「え、これ」
すぐそばに旭日の姿があり、驚いた。
昼に顔を合わせるが、向こうは食堂の兄ちゃんってだけだ。とくに話したことなど無かった。
「お仕事、お疲れさんです。珈琲、よかったら」
と厨房へと戻っていく。
パートのおばちゃんに指示をする声を聞いたことはあるが、昼は戦争だ。口調は乱暴だし見た目のこともあり怖い人だと思っていたが、敬語だし、意外と柔らかく話をするんだなと思った。
「美味い」
ホッとする。
心のこもった珈琲だから余計に美味く感じるのだろう。
「ついでにこれもどうぞ。売れ残りですが」
チョコチップの入ったマフィンだ。
腹が減っていたのでありがたくそれを頂戴する。
「あぁ、美味い」
「会社員って大変そう」
椅子を引き、向い合せに腰を下ろす。朝日の手にも珈琲の入ったコップがある。
「そうなんだ。うちの課は協力性がなくてね」
「あ……、つらいですよね、それ。俺も姐さん達をまとめるの大変ですから」
パートのおばちゃん達を姐さんと呼ぶとは。
「君、可愛がられているだろう?」
「そうですね。息子みたいだって言われます」
「そうだろうな」
納得だ。くすくすと笑い声をあげると、彼のキツイ目が優しく細められる。
なんか、癒されるなとほっこりとした気持ちとなった。
「ごめんな。愚痴ってしまって」
「いいっすよ。また吐きだしたくなったら聞きますから」
「ゴチソウサマ、えっと……」
食堂の兄ちゃんとしか覚えていなかった。
「旭日です。覚えてくださいね、夜久さん」
こちらの名前を知っていたことに驚いた。
「え、名前」
「社員証」
首からぶら下げている社員証を指さしていう。
「これを切っ掛けに」
話をしたのを切っ掛けに名前を覚える。確かに覚えるにはいい方法だ。
社員食堂は沢山の人が利用する。旭日はそれでなくとも目立つから顔を覚えやすいだろうが、向こうからしてみたら話をしない限りは誰が誰だかなんて解らないだろう。
「あぁ、そうだね」
旭日君、そう口にすると、彼は嬉しそうに笑った。
その日から残業があると食堂へと向かうようになっていた。
やたらと仕事を押し付ける上司、仕事より合コンの女子、コミュニケーションがとれない後輩、女子だけに良い人ぶる先輩……、まわりがこんなだと他の部署が羨ましく感じてしまう。
協力したり相談したりを気軽にできる、そんな同僚は夜久星哉のまわにはいない。
時間きっかりに先輩の岡谷がフロアを後にする。残されているのは後輩の筒木だけだ。
彼は岡谷の被害者だった。女子の仕事を引き受けて、自分の分は後輩に丸投げをする。気の毒で手伝おうかと声を掛けるが、大丈夫だと断られてしまう。しかも残られる方が迷惑といわんばかりだ。
何度かそういう目にあったので、この頃は声を掛けるのをやめた。
だが、今日は課長に押し付けられた仕事が残っており、夜久も残らなければならない。
筒木と二人きりの職場は重苦しい空気が流れ、ここにいると息がつまりそうだ。
帰りたいけれど終わるまでは帰れない。だが、どうにも我慢できず、少し気持ちを切り替えようと席を立つ。
食堂は十一時から十四時まで食事の提供をしている。
それ以降は定時の十八時まで。食堂責任者の旭日光大が残っていて、小腹がすいた社員のために手作り菓子を売っていた。
残業の合間に休憩をと、缶コーヒーよりも珈琲マシンがいれたものを求める社員が食堂にいたりするのだが、今日はそこに旭日の姿がある。
「旭日君」
背が大きくて少し強面。だが、作る料理はいつも美味い。
パートのおばちゃんたちをうまくまとめていて、沢山いる社員のにほぼ顔を覚えている。
「あ、夜久さん。残業ですか」
確か歳は自分よりも三つ歳年下で、二十四歳だといっていた。元ヤンだとかそういう噂を聞いたことがある。確かに怒ると迫力がありそうだが、人懐っこくて良い青年だ。
「あぁ。少し休憩と思ってここにきたんだけど、旭日君がいるなんてラッキーだな」
「珈琲?」
「うん。お願い」
旭日が煎れてくれる珈琲は美味い。
はじめてそれを飲んだのは一カ月前のことだ。
その日は酷く疲れていた。女子社員がミスをし、その尻拭いをしていた。
いつもは真っ先に手伝いを申し出る岡谷なのに、その日は用事があるらしく帰ってしまった。筒木はもともと手伝う気がないようで何も言ってこない。
女子達は既に帰った後だし、課長は会議がある。しかも、ミスした子ですら帰ってしまったのだ。
腹が立つよりも人間関係に疲れてしまった。
食堂で伏せっていた所に、いい匂いが鼻孔をくすぐり、顔をあげればそこに珈琲が置かれていた。
「え、これ」
すぐそばに旭日の姿があり、驚いた。
昼に顔を合わせるが、向こうは食堂の兄ちゃんってだけだ。とくに話したことなど無かった。
「お仕事、お疲れさんです。珈琲、よかったら」
と厨房へと戻っていく。
パートのおばちゃんに指示をする声を聞いたことはあるが、昼は戦争だ。口調は乱暴だし見た目のこともあり怖い人だと思っていたが、敬語だし、意外と柔らかく話をするんだなと思った。
「美味い」
ホッとする。
心のこもった珈琲だから余計に美味く感じるのだろう。
「ついでにこれもどうぞ。売れ残りですが」
チョコチップの入ったマフィンだ。
腹が減っていたのでありがたくそれを頂戴する。
「あぁ、美味い」
「会社員って大変そう」
椅子を引き、向い合せに腰を下ろす。朝日の手にも珈琲の入ったコップがある。
「そうなんだ。うちの課は協力性がなくてね」
「あ……、つらいですよね、それ。俺も姐さん達をまとめるの大変ですから」
パートのおばちゃん達を姐さんと呼ぶとは。
「君、可愛がられているだろう?」
「そうですね。息子みたいだって言われます」
「そうだろうな」
納得だ。くすくすと笑い声をあげると、彼のキツイ目が優しく細められる。
なんか、癒されるなとほっこりとした気持ちとなった。
「ごめんな。愚痴ってしまって」
「いいっすよ。また吐きだしたくなったら聞きますから」
「ゴチソウサマ、えっと……」
食堂の兄ちゃんとしか覚えていなかった。
「旭日です。覚えてくださいね、夜久さん」
こちらの名前を知っていたことに驚いた。
「え、名前」
「社員証」
首からぶら下げている社員証を指さしていう。
「これを切っ掛けに」
話をしたのを切っ掛けに名前を覚える。確かに覚えるにはいい方法だ。
社員食堂は沢山の人が利用する。旭日はそれでなくとも目立つから顔を覚えやすいだろうが、向こうからしてみたら話をしない限りは誰が誰だかなんて解らないだろう。
「あぁ、そうだね」
旭日君、そう口にすると、彼は嬉しそうに笑った。
その日から残業があると食堂へと向かうようになっていた。
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