上 下
5 / 8

後輩と同期の話を立ち聞きする

しおりを挟む
 豊来は強引な所もあるが、いつもそういうわけではない。

 昼休みも毎日くるわけではなく、仕事で外に出ているときもあるから一週間くらい姿を見ない時もある。

 そのときはメールが送られてくる。チャットアプリはやらないと断っているからだ。

 今日も静かな昼だ。

 自分のペースで昼休みを過ごすのを選んだのだから邪魔されないほうがいいのに、少しだけ寂しさを感じてしまう。

「本を読んでいたのを邪魔されて、キスされたんだよな」

 同性にキスをされるなんて思いもよらなかった。

 しかも連絡先は勝手に交換しているしGPSのアプリもいれられてしまった。

 文辻はごくごく普通の男だ。見た目がいいわけでも面白いわけでもない。それなのに好意を持たれているのだ。

 少し前までは苦手な男だった豊来が、今では文辻の中へと入り込んでいる。

「あぁ、もう、本を読むのはあきらめよう」

 とても本を読む気分にはなれない。

 時間をつぶすのにコンビニでも行こうかとスマートフォンを持ってデスクを離れる。

 途中、給湯室がある。

 小さなキッチンと冷蔵庫が置かれていて、お茶を用意するために使う場所なので二・三人中にいると窮屈な場所だ。その中に見慣れた姿があった。

 豊来だ。それと水守。総務と営業は別フロアなのに何故ここにいるのか。

「お前さ、文辻のこと、やりすぎだぞ」
「またその話しですか? 俺は引くつもりはありませんよ。それに押しに弱いですし」

 押せばどうにかなる、そういいたいのか。顔がいいからと誰でも落ちるとはかぎらないのに。

「俺に対してだけですよ。ね、文辻さん」

 話を聞いていたのがバレていたのか。豊来が顔をのぞかせる。

「俺は簡単な男じゃないから」
「はい。経理部の文辻さんは簡単じゃありませんよ」
「くっ、むかつく」

 豊来の頬を摘まんで引っ張る。言い返そうにも豊来の悪いところが浮かばない。

 営業成績は悪くないし、恋人もいただろうし。経験が豊富そうだ。

「こらこら、こいつの顔だけはやめてあげて。武器の一つなんだからさ」
「ふへへ、いいれすよぉ。スキンシュプだいかんれい」

 なにをやっても喜ばれるとはどういうことだ。

 文辻は手を離すと二人から一歩後ろに下がる。

「今度は俺の番ですよね?」
「やめなさい。どさくさにまぎれて変なところを触りかねないから」
「ところでふたりはどうしてここに?」
「文辻さんに会いに行こうとしたら水守さんに邪魔されてここに連れ込まれたんです」
「だって心配だろうが」

 なんか、水守が母親のように見えてきた。

「こいつ、人の好い好青年て感じなのに。文辻が相手だと暴走するし」

 文辻だって豊来に対して容姿の優れた人当たりの良い男としか見ていなかった。

 どちらかが会社を辞めるか定年になるまで仕事のことでしか関わることはないだろう。

「豊来はさ、なんで俺なんか相手にするんだよ」
「うーん、切っ掛けは水守さんですかね」
「え、俺ぇ?」

 自分を指さす水守に豊来は頷いた。

「伝票の締め切りは必ず守れよといいながら、経費で落ちない伝票を締め切り過ぎた後に持っていくから気になって」

「ほぉん」
「文辻って懐かない猫みたいじゃないか」
「あ、わかります。人慣れしていないみたい猫」
「随分な言い方だな、お前ら」

 人見知りという訳ではない。同じ課の人とは仕事以外でも話をする。水守以外の同期の女子とだって席が近いからよく話す。

 友達の多さと言われたら、少ないほうだろうが。

「で、懐かせたいと?」

 腕を組んで二人を睨めば、

「たまに一緒に遊んでくれたら嬉しいかも」
「俺にだけ甘えてほしいですね」

 返事の意味はわかりますよね、と豊来に言われてしまう。

 水守は友達として、豊来は……。

「そもそも俺は猫じゃないし」

 返事をしたくないからそう口にしたのに、頬が熱い。

「これは期待してもいい感じですかね」
「いや、ほだされてるだけだろ」
「どっちでもない。お前ら、一つ下のフロアだろ、自分のところの給湯室を使え」
「今更そこですか」
「はは、照れるな」

 二対一では勝ち目がない。

「もういい」

 いつものように逃げようと思ったのに、手を握りしめられてしまう。

「水守さん。ふたりになりたいんで」
「無理やり何かするようなことはないようにな」
「わかってます」

 文辻ではなく水守が給湯室から出ていき、豊来に両腕を掴まれていた。

「無理やりはよくないぞ」
「でも文辻さんは好きですよね、こういうの」

 いつ、好きだといった!

 こういうシチュエーションに慣れていないから戸惑ってしまうだけだ。

「どうせ俺は押せば何とかなる男だよ」
「おや、簡単ではないのでは?」
「揚げ足を取るな」

 豊来は文辻のペースを崩してくれる。

 迷惑だけど、ひとりだった頃よりも少しだけ楽しいと思う自分がいる。

「で、何で顔が近づいている訳?」
「え、ここはキスする流れじゃ」

 豊来がよせる想いと自分の想いはまだ同じではないだろう。

「こんなところでする気か」

 いつ、誰がこの前を通るか解らない。

「それならあそこへ行きましょう」

 そういうとトイレの個室へと連れていかれて唇を奪われた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

年上が敷かれるタイプの短編集

あかさたな!
BL
年下が責める系のお話が多めです。 予告なくr18な内容に入ってしまうので、取扱注意です! 全話独立したお話です! 【開放的なところでされるがままな先輩】【弟の寝込みを襲うが返り討ちにあう兄】【浮気を疑われ恋人にタジタジにされる先輩】【幼い主人に狩られるピュアな執事】【サービスが良すぎるエステティシャン】【部室で思い出づくり】【No.1の女王様を屈服させる】【吸血鬼を拾ったら】【人間とヴァンパイアの逆転主従関係】【幼馴染の力関係って決まっている】【拗ねている弟を甘やかす兄】【ドSな執着系執事】【やはり天才には勝てない秀才】 ------------------ 新しい短編集を出しました。 詳しくはプロフィールをご覧いただけると幸いです。

【完結】 『運命』なんてクソ喰らえ!

ハリネズミ
BL
 神楽坂 夕は、商店街の抽選会で一等『豪華温泉旅館ペア宿泊チケット』を当てた。だが、とある理由から素直に喜べなかった夕は辞退しようとするもスタッフの説得により、思うところはあるもののチケットを使うことを決めた。  ひとり旅を満喫中、立ち寄った喫茶店で『運命の人』を理由に一方的な別れ話を耳にして固まる夕。実は夕も『運命の人』を理由に長年付き合っていた恋人にフラれた経験があったのだ。  『運命の人』を理由にフラれたふたりの『運命』は──どうなるのか。 ※があるものは大人の夜の表現があるものです。ご注意ください。 ※基本10時、16時の2回更新で、加えて20時もある場合があります。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

イケメンに惚れられた俺の話

モブです(病み期)
BL
歌うことが好きな俺三嶋裕人(みしまゆうと)は、匿名動画投稿サイトでユートとして活躍していた。 こんな俺を芸能事務所のお偉いさんがみつけてくれて俺はさらに活動の幅がひろがった。 そんなある日、最近人気の歌い手である大斗(だいと)とユニットを組んでみないかと社長に言われる。 どんなやつかと思い、会ってみると……

【BL】婚約破棄されて酔った勢いで年上エッチな雌お兄さんのよしよしセックスで慰められた件

笹山もちもち
BL
身体の相性が理由で婚約破棄された俺は会社の真面目で優しい先輩と飲み明かすつもりが、いつの間にかホテルでアダルトな慰め方をされていてーーー

友達が僕の股間を枕にしてくるので困る

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
僕の股間枕、キンタマクラ。なんか人をダメにする枕で気持ちいいらしい。

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

処理中です...