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二度目の訪問(2)

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 土鍋から美味そうな匂いがする。

 白くふわふわと浮かぶ湯気と具沢山の鍋は、食べる前から気持ちが暖かくなる。

 久遠がよそってくれたものを受け取り、熱々を口に放り込むと旨さが口いっぱいに広がる。味付けも丁度良い。

「美味しいよ、渡部」
「よかったです」

 菜箸をもちながら嬉しそうに微笑み。

「先生、前から言おうと思っていたのですが、俺の事は久遠と呼んでください」

 名字だと父なのか俺なのか解らないからと言われ、確かにその通りなので素直にそう呼ばせて貰う事にした。

「あ、なら私の事は雅史と呼んでください」

 ついでに自分もとばかりに言うけれど、流石にそれは無理だ。 

 苦笑いする俺に、意味を汲み取ってくれたようで、

「残念です」

 と口にするが、すぐに、

「ですが、私は恭介君と呼ばせてもらいますからねっ」

 なんて言いだして、年上の男性に対して可愛いとか思ってしまった。

 拳を握りしめ、可愛さに打ち震える俺に、

「うちの子の料理、美味しいでしょう。遠慮なく沢山食べて下さいね」

と、久遠の作った料理に感動していると思われたようだ。親ばかな所も可愛い。

「はい。遠慮なく頂きます」 

 熱いのを口の中に入れ、はふっと息を吐く。鶏肉のつくねもやわらかくて美味しい。

「うまぁい」

 箸を咥えたまま口元を綻ばせる。朝食も美味かったし、渡部さんが自慢したくなるのわかるよ。 

「恭介君がいると、食卓が明るくなりますね」
「うん。それにすごく美味しそうにご飯を食べてくれるの。だから見ていて幸せになるんだ」

 さすが親子と思わせるそっくりな笑顔が俺の方へと向けられる。

「久遠の手料理が美味いから自然にこういう顔になるんだよ」

 と言ったところで、あることを思いだす。

 そうだった。俺はもう一つやらかしていたんだ。

「渡部さん、あの、家にまで泊めて頂いて……」
「あぁ。恭介君があまりに気持ちよさそうに寝ていたので、家に連れ込んでしまいました」

 寝顔を堪能させて頂きましたよと、茶目っ気たっぷりな表情でウィンクをした。

 なにそれ、恥ずかしすぎる。

「なんか、重ね重ね申し訳ありませんでした」

 と手で顔を覆い隠した。 

「酔った姿も、寝顔も、私に気を許してくれているから見せてくれたんだと、そう思っていますから。だから気にしないでくださいね」

 逆に嬉しいんですからと、。俺が気に悩まないようにと、そう思って言ってくれたのだろう。本当、優しい人だな。

「さ、食べましょう。でないと恭介君のお皿の中が大変なことになっちゃいますしね」
「はい、って、え!?」」

 いつの間にか俺の皿の上はてんこ盛りになっていて。

「うお!?」
「ふふ、お父さんと話している隙に盛ってみました」

 と久遠が菜箸をカチカチと挟む。

 やられた。だが、まだまだお腹の中は余裕がある。 

 どんどんきやがれとばかりに皿の中の物を食べれば、久遠が笑いながら隙を見て具材をのせていった。






 お見舞いに来たはずなのに、すっかりごちそうになってしまった。あっという間に時間が過ぎ、そろそろおいとましようと席を立つ。

「ご馳走様でした。美味しかったです」

「はい。また来てくださいね」

 久遠がそう言ってハンガーラックに掛けてある俺の上着を取り出し手渡してくれる。

「ありがとう」

 それを着こみ、今から寒い中を帰ることを思うと、ここから離れたくなくなる。

 だが、俺が居たら渡部さんが休めないので玄関へと向かった。

「それではおやすみなさい」

 と玄関のドアを開く。

 その隙間から冷たい空気が流れてきて、俺は小さく身震いをする。

 すると渡部さんがサンダルをはこうとしていて、外まで見送ろうとするのを引き止めたが、少しだけですからと一緒に外へと出た。 

「ここまででいいですから。外は寒いですし、中へ入ってください」

 そう言うけれども、渡部さんは良いからといいながらバイクの傍までついてくる。 

「渡部さん、ひき始めだからと、無理はいけません」

 養護教諭として見過ごせませんと、まるで生徒を相手にするように、家の中へと戻るように言う。 

「すぐに寝ますから、ね?」

 きっと俺が帰るまでは外にいるんだろうな。だからこれ以上は言うのをあきらめて帰ることにする。

「本当にそうしてくださいね。後、今度お礼させてください」

 風邪が治ったら飲みましょうとビールを飲むような仕草をする。 

「はい。楽しみにしていますから」

 余程飲むのが好きなようで、笑みがこぼれる。 

「それでは、おやすみなさい」

「気を付けて帰ってくださいね」

「はい。渡部さんもお大事に」

 バイクのエンジンをかけてヘルメットをかぶれば、渡部さんが手を振ってくれる。

 俺はそれに応えるように手を上げバイクをスタートさせた。
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