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勝利のキス(2)

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 赤ペンの指輪は風呂にはいったら消えてしまった。

 赤い糸が切れたぞと小指の画像を送ったら、次の日に赤い刺繍糸で編んだものを小指にはめられた。

「これで消えないだろう?」

 そういうと口角をあげる。

「消えねぇけど目立つだろうが」
「お揃いのリングを買うまで我慢しろ」

 まさかリングを買おうと思っていたなんて。嬉しい、でも気恥ずかしさから素直にそうとはいえずに、

「はめねぇからな」

 可愛くない態度をとってしまった。それでも橋沼は気にすることなくスマートフォンの画面をこちらへと向けた。

「秀次が好きそうなのみつけたんだけどな」
「うっ」

 確かに好みのデザインだった。

「気に入ったようだな」
「あぁ? どうしたらそう思えんだよ」

 顔が緩まないようにと画面を睨んでいるのに。もしや喜びが押さえきれずに顔に出てしまったか。

 おかしいなと頬を掴んで動かしてみれば、

「可愛なぁ」

 頬を掴んでいる田中の手へ、橋沼が手を重ねて動かした。

「ちょっと、ふにふにとしすぎ」
「ひよこ口」

 今度は押しつぶされて、やめろと手を動かした。

「なんなんだよ」
「秀次のことをかまいたくて」
「だぁ、俺のシャツのボタンをちゃっかり外してんじゃねぇよ」

 油断も隙もない。やめさせようと橋沼の手をつかむが、

「上半身を描こうかと」

 傍に置いてあるスケッチブックを広げてみせる。

 弁当のおかず、食いかけのパン、手、唇、シャツの隙間からのぞく鎖骨、まさかと橋沼をみれば田中を指さす。

「なに描いてんだよ」
「秀次」

 シャツの隙間から橋沼の手が田中の肌をなでる。

「おぉい、誰が触ってイイといった」
「え、触るだろ?」

 当然だろうと目を瞬かせる。しかも胸のある箇所へと指が触れた。

「男の胸なんて触ってもつまらないだろうが」
「そんなことはないぞ。張があって触り心地がイイ。それに男でも感じるんだぞ」

 ここが、と、指ではじかれた。

「痛いだけだし。それとも誰かに試したとか?」

 恋人になったばかりだというのに、他の男の話を聞かされることになるのか。もしそうだとしたらプロレス技をかけてしまいそうだ。

「いいや。冬弥から聞いた」

 それを聞いてホッと息をはくと、橋沼がにやにやとしながらみている。

「なんだよ」
「今、嫉妬したよな」

 するに決まっているだろう。橋沼から元恋人の話しなんて聞きたくないし、独り占めをしたいのだから。

 だけど素直に口にできないのが田中だ。

「ともかく、これ以上さわるなら膝十字固めな」
「わかったよ」

 これ以上はしつこくすることなく手が離れた。

 シャツのボタンを止め、

「総一さんはマテを覚えような」

 まるでワンコにマテをさせるように顔の前に掌を向けた。

「ワンワン」

 橋沼がふざけて犬のふりをし、首の付け根に鼻を近づける。それがくすぐったい。

「あははは、ずいぶんとデカい犬だな」

 頭をなでて抱きしめると、ふ、と表情が真面目なものへとかわる。

「秀次のそういうところだよ、俺が我慢できなくなるのは」

 そういうところとはどこなのだろうか。自分では全然わからない。

「いわなきゃわかんねぇよ」

 橋沼の頭をかき混ぜるように撫でると、首にぬるりとした感触があり、舐められたと気が付いて頭を放した。

「ちょっと!」

 ふざけてないで答えろと睨みつければ、唇を舐める橋沼の姿が目に入る。

 得物を前に襲う気満々の肉食獣のようだ。

「膝十字固めっ」

 技を掛けてやるつもりが言葉しかでてきない。動揺しているせいかもしれない。

「やってほしいのか」 

 と逆に技を掛けられそうになる。

「そんなわけあるか」

 ひとまず橋沼から離れようと一歩後ろへ下がるが、

「隙だらけで押しに弱く、少し天然なところが好きだぞ」

 そういわれてムッときた。

 悔しまみれに技を掛けに向かえば、そのまま床に押さえ込まれてしまう。

「くそ、重すぎ」

 しかも、ワン・ツー・スリーとカウントを取りはじめて、

「俺の勝ちだな」

 と口角をあげて、

「勝利のキス」

 自分の唇を指でとんと叩き、田中にキスをと催促する。

 全ての面で橋沼には敵わないだろう。

 だが、悔しくはない。愛しい人なのだから。

「はいはい、おめでとさーん」

 田中は首に腕を回すと橋沼の唇へ勝利のキスを贈った。


<了>
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