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短編まとめ
苦手なアイツ
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机の上に置かれた数冊の本。全て図書館で借りたものだ。
現実より空想。俺は本の世界観にどっぷりとつかっている時間が好きだ。
校庭の東側にある洋館ふうな建物。そこは二階建ての図書館になっていた。種類豊富で、一日居ても飽きない。
この図書館は一般にも開放されていて、多くの人がこの場所に本を読みに来る。
俺も小さな頃からこの図書館にお世話になっており、いつかこの学校へと入りたいと思っていたのだ。
その願いも叶い、俺はこの学校の生徒となった。大好きな本と共に静かな高校生活を送るはずだった。
なのに……!
同じクラスにアイツの顔を見つけてしまった俺は、わなわなと肩を震わせる。
「永輝」
「式部、何でお前がこの学校にいる」
俺よりも10センチ高い183センチ。柔道をしているのでガッチリとした体をしていて、それでいていつも優しそうな表情をしている。そして、誰にでも好かれるような明るい性格。まるで太陽のように眩しい。
柔道の強豪校へと進学すると噂で聞いていたので安心していたのに。
「だって、ここ近いじゃない。それに永輝もいるし」
じりじりと近づいてくる武部から後ずさる。
そんな理由で、柔道よりもこの高校を選んだことが信じられない。
「馬鹿かお前は」
「ひどいなぁ。俺はスポーツより愛を選んだだけなのに」
愛だと?
恥ずかしいことを、さらっと口にする武部に、俺の方が恥ずかしくなってくる。
「何が『愛』だ。俺は貴様と馴れ合う気はない。平穏な時間を邪魔するなよ!」
びしっと指を差して断言すれば、
「邪魔はしないよ、永輝」
と良い笑顔を見せる。
「うっ!」
別に勝負なんてしていないんだけど、負けた気持ちになるのは何故だろう。
ムカつくから俺は武部の足を思い切り踏みつけて自分の席へと向かった。
この学校は男子校で、無論、どこを見渡しても男ばかり。
可愛い男の子はアイドルに仕立てられ、かっこよい男子は少しひ弱な男の子にモテたりする。
女子のいない空間、こんなことが普通に成り立ってしまうのだ。
ま、俺には無縁のことだ。別に顔が良いわけでもなくチビでもない。居たって普通の男子生徒だから。
だが、この頃の武部は、男が男と付き合うということが平気なこの学校で、俺に今までに無い程に付きまとうようになっていた。
教室で、朝の挨拶かわりの抱擁。これが実に汗臭くむさ苦しい。
昼間は一緒にランチタイム。何故か、お弁当のおかずを取られ、代わりに俺の好みの菓子パンかお菓子をくれる。
放課後は、別れ惜しそうに俺の手を握りしめて部活へと向かう。
これのお陰で、俺たちは公認のカップルとなっていた。しかも否定しても誰も信じてはくれない。
これではアイツの思うツボだ。
「お前のせいで公認のカップルにされたじゃないか!」
隙あれば何処か触ろうとする武部の手を払い怒鳴りつける。
だが相手にしてみれば、俺に構って貰いたいだけだから機嫌よく笑顔を浮かべている。
「ムカツクな、その顔!」
武部の頬を掴んで引っ張るが、嫌な顔をする所か喜んでいる。
「あぁ、もうっ」
俺は頬から手を離すと、くるりと背を向けた。何をやっても無駄な相手だ。無視をするに限る。
そう思って、図書室へと向かおうとしたその時、後ろから抱きしめる腕に、俺は身動きが取れなくなってしまった。
「武部!」
「本当に、永輝って可愛いんだろう」
武部が頬を俺の背中にくっつけているのだろう。スリスリっとした感触に一気に鳥肌が立つ。
「やめろっ」
肘で相手を押しやり引き剥がすが、すぐに武部に両腕をつかまれ、そのままフェンスへと押しやられてキスをされた。
啄むようにキスされ、それは徐々に深いモノへとかわり、歯列をなぞられて舌を絡められ、ゾクゾクと身体が痺れる。
「あっ、ん」
思わず声が出てしまい、頭の中が恥ずかしさで一杯になる。
「やっ」
「かわいい」
ちゅっと音を立てて唇が離れ、俺は力が抜けてずるずると落ちていく。
「おっと」
背中に腕を回し式部が俺を支え、そのまま服の下へと忍び込む。
「武部!」
このまま、エッチなことなどするつもりはない。
「好きだ、永輝」
中学の時に告られてから、その台詞を何十回聞いただろうか?
そんな言葉を何度言われようとも、ただ迷惑でしかない。
「俺はお前が大っ嫌いだよ」
と弁慶の泣き所を蹴とばしてやれば、流石にそこは痛かったようで腰から手が離れた。
「二度とこんなマネをしたら一生口を聞いてやらないからな。覚えておけ、馬鹿」
肩で息を吐きながらそう言うと、目をまん丸くさせていた武部が、盛大に吹いて大笑いしはじめた。
「くくっ、わかった、二度としない……」
馬鹿と口にしたのは俺の方なのに、なんだか馬鹿にしてないか?
武部って男はやっぱりムカつく奴だ。
俺はいつまでも笑っている武部に背を向け、屋上から出て行った。
※※※
なんだかんだで式部のペースにもっていかれる。
大好きな図書館にいるというのに、頭の中は手にした物語の世界ではなくアイツのことばかりだ。
「信じられない……」
俺の静かな生活は武部という存在によって崩れ去ってしまったのだ。
集中できないのならばここに居ても仕方が無い。俺は本を閉じると図書館を後にした。
部活が終わる頃に図書館を出てしまった自分を呪う。
肩を叩かれて振り向くと、そこには今一番会いたくない相手が立っていた。
俺はその存在を無視して校門に向かって歩き出す。
「永輝、待ってよ」
後ろから追いかけて来るが無視して早歩きをする。
「永輝ってば!」
だが悲しいかな、向こうは俺よりも歩く速度は早い。そのうち隣に並ばれ、そして俺の足を止める為に前に出た。
「一緒に帰ろうよ」
にっこりと微笑む武部を無視し、俺はその横をすり抜けていく。
が、そこで腕を掴まれて、引き寄せられてしまう。
「なっ、何を」
すると体がふわりと浮いて簡単に抱き上げられてしまう。
「武部、離せ」
俺は武部を睨みつけるが、今度はアイツに無視をされたまま歩いていく。
流石に目立つわけで、武部の部活の先輩が俺らをからかってくるし、下校途中の生徒には見られるしで、俺は顔から火が出る。
「おろせ、恥ずかしいだろう!」
身を動かすが、がっちりと抱かれていて離れられない。
「俺のこと、無視しない?」
「はぁ?」
「無視しないで、一緒に帰ってくれるなら離してあげる」
「……解った。無視しないから離せ」
俺がそういうと、武部は俺をそっと地面へと下ろしてくれた。
だが、おろすと同時に俺の怒りは頂点を迎えており、武部の胸倉を掴んだ。
「だから俺はお前が大っ嫌いなんだよ」
と怒鳴り散らした。
俺に何を言われようが、式部は嬉しそうにしている。
やっぱりアイツが苦手だわと、しみじみと感じた。
【了】
現実より空想。俺は本の世界観にどっぷりとつかっている時間が好きだ。
校庭の東側にある洋館ふうな建物。そこは二階建ての図書館になっていた。種類豊富で、一日居ても飽きない。
この図書館は一般にも開放されていて、多くの人がこの場所に本を読みに来る。
俺も小さな頃からこの図書館にお世話になっており、いつかこの学校へと入りたいと思っていたのだ。
その願いも叶い、俺はこの学校の生徒となった。大好きな本と共に静かな高校生活を送るはずだった。
なのに……!
同じクラスにアイツの顔を見つけてしまった俺は、わなわなと肩を震わせる。
「永輝」
「式部、何でお前がこの学校にいる」
俺よりも10センチ高い183センチ。柔道をしているのでガッチリとした体をしていて、それでいていつも優しそうな表情をしている。そして、誰にでも好かれるような明るい性格。まるで太陽のように眩しい。
柔道の強豪校へと進学すると噂で聞いていたので安心していたのに。
「だって、ここ近いじゃない。それに永輝もいるし」
じりじりと近づいてくる武部から後ずさる。
そんな理由で、柔道よりもこの高校を選んだことが信じられない。
「馬鹿かお前は」
「ひどいなぁ。俺はスポーツより愛を選んだだけなのに」
愛だと?
恥ずかしいことを、さらっと口にする武部に、俺の方が恥ずかしくなってくる。
「何が『愛』だ。俺は貴様と馴れ合う気はない。平穏な時間を邪魔するなよ!」
びしっと指を差して断言すれば、
「邪魔はしないよ、永輝」
と良い笑顔を見せる。
「うっ!」
別に勝負なんてしていないんだけど、負けた気持ちになるのは何故だろう。
ムカつくから俺は武部の足を思い切り踏みつけて自分の席へと向かった。
この学校は男子校で、無論、どこを見渡しても男ばかり。
可愛い男の子はアイドルに仕立てられ、かっこよい男子は少しひ弱な男の子にモテたりする。
女子のいない空間、こんなことが普通に成り立ってしまうのだ。
ま、俺には無縁のことだ。別に顔が良いわけでもなくチビでもない。居たって普通の男子生徒だから。
だが、この頃の武部は、男が男と付き合うということが平気なこの学校で、俺に今までに無い程に付きまとうようになっていた。
教室で、朝の挨拶かわりの抱擁。これが実に汗臭くむさ苦しい。
昼間は一緒にランチタイム。何故か、お弁当のおかずを取られ、代わりに俺の好みの菓子パンかお菓子をくれる。
放課後は、別れ惜しそうに俺の手を握りしめて部活へと向かう。
これのお陰で、俺たちは公認のカップルとなっていた。しかも否定しても誰も信じてはくれない。
これではアイツの思うツボだ。
「お前のせいで公認のカップルにされたじゃないか!」
隙あれば何処か触ろうとする武部の手を払い怒鳴りつける。
だが相手にしてみれば、俺に構って貰いたいだけだから機嫌よく笑顔を浮かべている。
「ムカツクな、その顔!」
武部の頬を掴んで引っ張るが、嫌な顔をする所か喜んでいる。
「あぁ、もうっ」
俺は頬から手を離すと、くるりと背を向けた。何をやっても無駄な相手だ。無視をするに限る。
そう思って、図書室へと向かおうとしたその時、後ろから抱きしめる腕に、俺は身動きが取れなくなってしまった。
「武部!」
「本当に、永輝って可愛いんだろう」
武部が頬を俺の背中にくっつけているのだろう。スリスリっとした感触に一気に鳥肌が立つ。
「やめろっ」
肘で相手を押しやり引き剥がすが、すぐに武部に両腕をつかまれ、そのままフェンスへと押しやられてキスをされた。
啄むようにキスされ、それは徐々に深いモノへとかわり、歯列をなぞられて舌を絡められ、ゾクゾクと身体が痺れる。
「あっ、ん」
思わず声が出てしまい、頭の中が恥ずかしさで一杯になる。
「やっ」
「かわいい」
ちゅっと音を立てて唇が離れ、俺は力が抜けてずるずると落ちていく。
「おっと」
背中に腕を回し式部が俺を支え、そのまま服の下へと忍び込む。
「武部!」
このまま、エッチなことなどするつもりはない。
「好きだ、永輝」
中学の時に告られてから、その台詞を何十回聞いただろうか?
そんな言葉を何度言われようとも、ただ迷惑でしかない。
「俺はお前が大っ嫌いだよ」
と弁慶の泣き所を蹴とばしてやれば、流石にそこは痛かったようで腰から手が離れた。
「二度とこんなマネをしたら一生口を聞いてやらないからな。覚えておけ、馬鹿」
肩で息を吐きながらそう言うと、目をまん丸くさせていた武部が、盛大に吹いて大笑いしはじめた。
「くくっ、わかった、二度としない……」
馬鹿と口にしたのは俺の方なのに、なんだか馬鹿にしてないか?
武部って男はやっぱりムカつく奴だ。
俺はいつまでも笑っている武部に背を向け、屋上から出て行った。
※※※
なんだかんだで式部のペースにもっていかれる。
大好きな図書館にいるというのに、頭の中は手にした物語の世界ではなくアイツのことばかりだ。
「信じられない……」
俺の静かな生活は武部という存在によって崩れ去ってしまったのだ。
集中できないのならばここに居ても仕方が無い。俺は本を閉じると図書館を後にした。
部活が終わる頃に図書館を出てしまった自分を呪う。
肩を叩かれて振り向くと、そこには今一番会いたくない相手が立っていた。
俺はその存在を無視して校門に向かって歩き出す。
「永輝、待ってよ」
後ろから追いかけて来るが無視して早歩きをする。
「永輝ってば!」
だが悲しいかな、向こうは俺よりも歩く速度は早い。そのうち隣に並ばれ、そして俺の足を止める為に前に出た。
「一緒に帰ろうよ」
にっこりと微笑む武部を無視し、俺はその横をすり抜けていく。
が、そこで腕を掴まれて、引き寄せられてしまう。
「なっ、何を」
すると体がふわりと浮いて簡単に抱き上げられてしまう。
「武部、離せ」
俺は武部を睨みつけるが、今度はアイツに無視をされたまま歩いていく。
流石に目立つわけで、武部の部活の先輩が俺らをからかってくるし、下校途中の生徒には見られるしで、俺は顔から火が出る。
「おろせ、恥ずかしいだろう!」
身を動かすが、がっちりと抱かれていて離れられない。
「俺のこと、無視しない?」
「はぁ?」
「無視しないで、一緒に帰ってくれるなら離してあげる」
「……解った。無視しないから離せ」
俺がそういうと、武部は俺をそっと地面へと下ろしてくれた。
だが、おろすと同時に俺の怒りは頂点を迎えており、武部の胸倉を掴んだ。
「だから俺はお前が大っ嫌いなんだよ」
と怒鳴り散らした。
俺に何を言われようが、式部は嬉しそうにしている。
やっぱりアイツが苦手だわと、しみじみと感じた。
【了】
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